日々是好日

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迷い

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 自らの都合だけで 考えると 迷いになる。

             御前加那子


迷いもするし
悩みもするし
落ち込んだり
嘆いたり

それでこそ
人。

答えをだしたことが
正解とは 限らないけど
間違ったって
いいんじゃない?

慣れなれ

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変化することを

おそれていては

何も 

変化しない
              御前加那子

いつの間にか

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 しらないところで

 ほんのちょっと

 役にたっていることも

 あるかもしれない        御前加那子

自未得度

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 菩提心を 発すといふは 己れ 未だ度らざる前に
 
 一切衆生を 度さんと発願し 営むなり、

 設ひ在家にもあれ、設ひ出家にもあれ、

 或は 天上にもあれ、或は人間にもあれ、

 苦にありといふとも、楽にありといふも、

 早く自未得度先度佗の 心を発すべし  

                  修証義より


カナー訳:仏心を起こすということは 自分が悟りきっていなくても
     まず 迷いの境地にいる人々を 救い出そうと
     悟りの境地へ 送り出そうと 行うことである。

     たとえ在家でも出家でも 形式がどうであれ
     天の人であっても 人間であろうとも
     神も仏も人も 皆 その条件は同じである。

     自分自身が 苦しいときでも 楽しいときでも
     否、苦しいときにこそ
     自分自身の 悟りは 後回しにして
     人々を救おうとする 心をおこさなければならない。


カナー訳は オリジナルです。
修証義には ちゃんと訳が ついてる出版物がありますから
「ちょっと〜直訳じゃないじゃないですかー!」
なんて 怒らずに読んでくださいね。

タイやカンボジアのような
小乗仏教の考えは 修行して悟る者が救われる であり
修行できない女性などは 修行僧に喜捨することで救われる と考えます。
ですから、自分が悟ってないのに 人を悟らせようなど 問題外。

琉球には 仏教は 大乗仏教が入ってきます。
しかし 仏教が定着する前から 南アジアと貿易のある琉球には
独自の 民間宗教が定着し 南アジアの小乗仏教的発想が 色濃く残ります。

ウガンサーや ハンダンサーたちは (俗にいうユタ)
道をあけないうちは 人のことをしてはいけない
決まりがあります。
つまりは 悟りを得ないうちは 人を救おうとしてはいけない。ということです。

私は とても悩みます。
悟りとは 何か。
道をあけるとは 何か。

ウガンサーとして 人の御願をしている人も
それが正しい行為であるのか、無論 わが身も。

修証義は 自問自答するのに 時間がかかるテキストです。

苦しい時に 未熟で考えの浅い自分が 人を救おうとしたとき
結果 助かるのは 自分だけではないか。
そもそも 仏心とは何か。


答えとは 無であって
正解がないから 人を成長させるものである。

菩薩とは 人々の苦しみの中にたち 
自らの極楽をわすれ、悟りも描かず
ただ 衆生に寄り添い許す お姿である。

これは あくまでも 私の考えであって
ちゃんと仏教の勉強をされたかたがたに 教えていただければ
もっと決まった定義があるのかもしれない。

皆 弱者である。
だれしも 救われたいと願っている。
そんな 気持ちであるときこそ

人を救っていくことを願う。

それが 自分をも 救う手段になっているのだから。

あぁあぁ 言い回しが 難しいなぁ。
あんまり説明すればするほど 逆の発想もわいてしまって
ますます わからなくなるなぁ。(一寸愚痴)

ま、要するにさ、
皆 仲良くしましょうね。ってことです。
(もっとも 難しいことだけど)






      

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 時に安んじて

 順に処れば

 哀楽入る 能わず     荘子


カナー訳: 時のながれに 身を任せ
      自然の従い なるようになるまま生きていけば
      悲しみも喜びも 心振り回されることはない


今日は
凹んだ。

常に 怒ったような顔をして
目付きのわるい 私ではありますが

凹みます。

凹んだからといって 何か変わるわけでもなく
時間がたてば 何に凹んでいたかもわすれてしまい

凸の日も きっとあって
平均した結果 □ だったりするんだろうな。

悲しいことのほうが 記憶に残りやすい人と
楽しいことばかり 覚えている人がいるんだそうだ。

楽しいことを 沢山記憶にとどめていられることが
幸せ だと思う。

それでは 楽しい時は 大いに喜び
悲しい時は 大いに悲しむことになるのだが
そうすると
荘子の この考えに 矛盾してしまう。

喜怒哀楽が あったほうが 人らしい。と考えるのは 幸せの印なのか。

あいにく(?)
私は 荘子派で
喜びにも 悲しみにも 比較的冷たいのである。
無関心というより 冷たいのだ。
これもまた 寂しいような 気もする。

 


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