|
韓国では概念というのはどうやっても探そうとしても探せない、腐ってしまった女たちがとても多い。
基本的な人性とか概念がまったく揃っていないくせに、社会へ進出してみようって、いろいろな不合理な問題たちを起こす。
能力といえば、ぜんぜん粗末だし、ただ運がよくて(タイミング)席を占めた上に、チームをめっちゃくっちゃにしてしまったあるオンナ。微物に過ぎない女の子、水準が低すぎる、仕事はほとんどのんびりばかりしてる微物スターフなど、またはべらぼうのやろうばかりのみでチームを運用する、汚いところだ。
我慢するほど我慢してきたが、決断を急がなきゃってそれとももっとチャンスを待ちながら耐えなきゃって、簡単に判断が立たない。
結局はうちの教育の間違いから芽生えた問題ですが、私は自殺の衝動さえ感じるほど、たいへん苦しいのだ。私は、社会がどう変わらなければならないか、その正しい道を明確に知っている。しかし、世の中がそして親の育て方がささえないのはもちろん、私は深い沼に落とし込まれている。
歴史を見れば、たくさんのすばらしい人物が出ていたが、彼たちが実際にすごくまたはいちばん優れたから歴史に刻まれたのはない。歴史に華やかに浮くのを支えたいろいろな社会的な環境がなかったら、彼らは歴史に静かに埋まってしまっただろう。彼らが実際に優れたかそうじゃないかにかかわらず。
それが現実だ。だから、一人の人間の人生はそれだけ、『運』がいちばん大きい要素のことだ。社会が歴史がどう流れていくのかとはぜんぜん別の問題だ。これに目覚めるとたん、私のように、能力と頭と良心と暖かい人間性をもてるが、あるほかの環境や理由のため、その優秀さがぜんぜん発揮されないのはおろか、さらに世の中の粗末のやろうたちに無視されつ利用されつ生きている、悲運の人には生きていこうという最小限の意欲が無惨に踏まれてしまうのものだ。
|