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[編集] 明治以降
時代は明治となり、1871年(明治4年)に廃藩置県によって福岡藩は福岡県となる。1872年に福岡県は32区に分けられ、城下町福岡は第一区、町人町博多は第二区とされた。そののち32区は16区に再編成され、福岡は第一大区、博多は第二大区となった。1876年には16区は9区に再々編成され、福岡と博多を統合して第一大区とされた。1878年には郡区町村編制法施行によって福博は福岡区となった。
1889年4月1日「市制及び町村制」の公布により博多・福岡に於いて市制を施行しようとする際、市名を「博多市」とするか「福岡市」とするか、博多と福岡の間で大論争が巻き起った。4月1日時点での人口は博多25677人、福岡20410人、東中洲ほか四字1530人であった。「福岡市と博多市を分離独立するべき」など極端な論調まで飛び出すもののまとまらず、翌年3月、県令により博多・福岡をまとめて1つの市として発足させることとなり、市名を「福岡」とすることになった。議場は東中洲の「共進会館」に置かれた。
福岡市としての発足のさいに仲裁案として同年に開通することになった九州鉄道の駅名を「博多駅」とすることによって県は議論の決着を図ろうとした。博多駅の立地は現在の地下鉄祇園駅付近であって博多の辺縁に位置した。福岡市境の農耕地だったため駅舎建設が容易であり、また門司・熊本方面へ鉄道を結ぶに好都合であったと考えられる。しかし駅名による決着に納得のいかない博多側の議員が翌1890年に市名を「博多市」と改名する案を提出。議員数は博多側17人・福岡側13人であったが軟禁等妨害工作によって票は13対13の同数に割れ、結局、旧福岡藩士であった不破国雄議長の一票(議長席を降りて一議員として投票)によって否決された。よって市町村制度下において「博多市」という市が存在したことは過去においても一度もない。その後も度々市名変更の議論が巻き起こったものの、現在まで市と(市の玄関と言う意味で中心となる)駅とで名前が異なる状態が続いている。またこの混乱当時、旧福岡藩士中心だった玄洋社壮士たちは「福岡市」を支持して反対工作を展開した。
1896年には博多電灯会社が設立、発電所が東中洲に建設される。1898年に稼動開始され、岩田屋呉服店(のちの岩田屋)など博多の商店で電灯が点された。また1898年には同じく東中洲に福岡電話交換局が設置された。1910年には福博電気軌道が路面電車を運行させた。
明治時代の川上音二郎を筆頭に、博多は文化の町として多くの人間を輩出した。1934年(昭和9年)に開店した喫茶店「ブラジレイロ」が文学サロンとなり、火野葦平、夢野久作、原田種夫らが足を運んだ。
太平洋戦争末期の1945年6月19日の福岡大空襲により博多・福岡は焼夷弾により被災。およそ2時間の爆撃により焦土と化し、この空襲により福岡市内で死者902人・行方不明者244人・負傷者1078人の被害を出した。博多の町も被害甚大で、同年の博多祇園山笠は中止となる。
1962年の「住居表示に関する法律」が1966年に福岡市でも施行され、博多の旧来からの町名が失われた。このことは「町名町界整理」と呼ばれ、博多祇園山笠の運営をおこなう「流」や、流を構成する町々に多大な混乱を引き起こした。結果、流の再編がなされて現状へと至る。
1963年、博多駅が現在の位置へと南東約600mに移転。併せて駅周辺地区の区画整理事業が行われる。
明治時代に行政上から消失した博多の地名は、福岡市が政令市に昇格した1972年4月1日に「博多区」としてその名称を復活させた。
[編集] 「博多」の定義
[編集] 用例の類型
現在、「博多」と「福岡」は同じ地域を指す地名として認識されることが多く、福岡市や福岡都市圏のことを「博多」と呼び変えることも少なくない。「博多」という言葉を用いた場合、その言葉が指し示す範囲には曖昧性・多義性があり、人により差異はあるものの、概ね以下のような類型で用いられる。
1. 博多区北西部の博多川(那珂川分流)と御笠川に挟まれた、旧来の町人町に該当する地域。狭義での「博多」。博多部。博多川対岸の中洲地区を含めることもある。
2. 上記に、博多駅周辺・キャナルシティ博多周辺・博多埠頭および中央埠頭周辺・御笠川対岸の千代地区などを含めた博多区内の地域。
3. 福岡市の行政区の一つである博多区。
4. 博多湾沿岸地域。古代から中世における用例。
5. 福岡市そのもの。時には「博多市」と間違って呼ぶことも。
6. 福岡県の4つの地域区分の一つである福岡地方。
7. 福岡市を含めた福岡都市圏全体を称して。
[編集] 限定定義としての博多
狭義として、博多の地名が指し示すのは戦国時代には自治都市であって江戸時代には町人町として栄えた地域に限定される。地理的には博多区北西部の那珂川と御笠川に挟まれた地域となる。北西端は明治時代の海岸線にほぼ相当する那の津通り近辺、南東端はかつて房州堀が存在した国体道路近辺となる。よって現在の博多駅の立地も含めて博多区のほとんどは厳密に言えば「博多」には該当しない。この地域では博多祇園山笠や博多松囃子などの伝統行事が受け継がれ、またこの地域では複数町からなる「流」が構成される。行政上の区画としての定義はないが、当該の全地域は博多小学校・博多中学校の校区に含まれる。
この限定定義での地域を博多部(はかたぶ)と呼ぶ。博多部に対して、那珂川以西の旧城下町は福岡部(ふくおかぶ)と呼び、福岡部と博多部の両者を別物と区別した上で総称する際には福博(ふくはく)という言葉を用いる。ただし福岡部という名称は博多部とセットで用いられることが殆どである。
博多部で用いられる独自の方言が博多弁である。那珂川対岸の福岡部では、博多弁と異なる福岡弁が用いられる。
この限定された定義のみをして「博多」という言葉の本義とする意見は一部では強い。[3]
[編集] 用例の拡大
明治時代に行政上として消滅した博多の地名は1972年に博多区として復活するも、その区域は旧来の博多(狭義)から大幅に拡張されたものであった。またJR九州・JR西日本の駅名が「博多」であることから、旅行者や出張・転勤者に「福岡=博多」という認識が生まれた。マスメディアにおいても似たような認識で「博多」の地名が用いられる。
福岡市とは別に博多市(はかたし)があるとか、静岡県静岡市や清水市のようにもともと博多市があって福岡市に吸収合併されたというような誤解もあるが、市町村制度下において博多市という都市が存在したことは過去において全くない。
いっぽう福岡県内においては、福岡市または福岡地方の市町村について、福岡県内の他の行政区分(北九州地方・筑後地方・筑豊地方など)との区別を際立たせるために「博多」「博多のほう」と称する場合がある。これは「福岡」だけでは、その「福岡」が都道府県名なのか市名なのか曖昧なため、誤解を防ぐ目的がある。
[編集] 博多駅
山陽新幹線(東海道・山陽新幹線の終着駅)や鹿児島本線などで博多駅に到着すると、第一声で「はかたー」と駅構内アナウンスがあり、そのため「博多」の名が強く印象付けられる。政令指定都市のうちで博多と同じく行政上の県・市の名称と、都市の代表駅(中心駅)、またはターミナル駅の名称が異なる例としては、北九州市の小倉駅、さいたま市の大宮駅や浦和駅がある。ただしこれらはかつて小倉市・大宮市・浦和市が存在したのに対して、博多市なる都市は過去にも存在していない。
支店経済都市である福岡市に出張や転勤する際に「博多に行く」という言葉がしばしば用いられ、また福岡転勤者(特に単身赴任者)を「博多にチョンと軽く腰掛けに来る」という意味の「博チョン族」と呼ぶことさえあるが、その支店が必ずしも福岡市内の博多部内や博多区内にあるとは限らない。ちなみに、ここでの「博多」はサラリーマンの希望赴任先ナンバー1と言われていた。[4]
年末年始やゴールデンウィークやお盆の帰省ラッシュの報道において、新幹線の乗車率の話題とともに博多駅の名が用いられることも「博多」を印象付ける原因の一つである。
なお、福岡市内には大手私鉄である西日本鉄道の「西鉄福岡(天神)駅」が福岡市中央区天神に存在するが、福岡市内にJR「福岡駅」は存在せず、JR「福岡駅」は富山県高岡市にある。また、福岡市博多区の南側にJR「南福岡駅」が、福岡県春日市(筑紫郡那珂川町との境界部分)にJR博多南線「博多南駅」がある。ただし「上福岡駅」は埼玉県ふじみ野市(旧上福岡市)に存在する東武鉄道の駅名である。
港名は「博多港」であり、「福岡港」は博多臨港線の廃止貨物駅に使われていたのみである。志賀島と糸島半島を結ぶ線から内側の湾名は、国土地理院の定義では西部域を「福岡湾」、東部域を「博多湾」とするが、一般的には総じて「博多湾」と呼ばれ、地図によっては両者が併記される。
「博多空港(はかたくうこう)」は福岡空港の完全な誤用である。
[編集] メディア
バラエティ番組のみならず報道番組といったテレビ番組や全国区の雑誌の記事や漫画などのマスメディアでは、しばしば曖昧な定義で「博多」という言葉が利用され、時には福岡市を「博多市」と誤って紹介することすらある。
ターミナル駅であり他県との玄関口となる博多駅をはじめ、博多どんたく・博多祇園山笠・博多ラーメン・博多明太子など全国的に知られた祭事や土産品や施設などに「博多」という言葉が用いられる。そのため、九州外での認知度としては「福岡」よりも「博多」の方が高い事がままある。東日本方面で福岡方面を指す場合、「福岡のほう」と言うよりも「博多のほう」と言う方が通りが良いのも否定できない。全国区で活躍するタレントや歌手が自らの出身を分かりやすく「博多」と言うこともその証左である。
福岡市出身の漫画家・うえやまとち作の漫画『クッキングパパ』では、天神や百道などを含め、福岡市の意味としてその大部分を「博多」と表現している。しかし漫画の舞台は博多部でもなければ博多区でさえない東区の香椎である。西尾維新作の小説『新本格魔法少女りすか』では冒頭部に「博多市」の名が登場するが、これは福岡市をモデルとした架空の都市としての性格が強い。
[編集] 特産品
福岡県産のブランド農産物が全国の市場に向けて出荷される際、マーケティング戦略として「博多」の知名度にあやかったネーミングがなされている。その例として、イチゴの博多あまおう、博多なす、博多万能ねぎ、はかた地どりなどがある。これら博多ブランド農産物の生産地には、熊本県に隣接するみやま市や、大分県に隣接する豊前市なども含まれる。
[編集] 「博多」を冠する主な施設・企業等
必ずしも博多部にあるものばかりではない。
[編集] 商業・娯楽施設
* アサヒビール博多工場
* キャナルシティ博多
* 博多駅地下街
* 博多温泉
* 博多スターレーン
* 博多デイトス
* 博多の森 - 東平尾公園の愛称。サッカー・ラグビー専用スタジアムは「博多の森球技場」の名で通っている。
* 博多リバレイン
o 博多座
* 福岡・天神大丸 - かつては博多部(現在の福岡市地下鉄箱崎線・呉服町駅前)にあり、また運営会社の商号が株式会社博多大丸であることから、社内でも「博多大丸」と呼ぶことがある。
* ベイサイドプレイス博多埠頭
* マイング博多駅名店街
* ゆめタウン博多
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博多と福岡は違いますよね!!
きちんと区別して使ってほしいです。
2008/8/23(土) 午後 11:10