徒然なるままに…。

今年の中日は東京から応援します、たぶん…(苦笑)

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セ・パ交流戦 【 中日3x−0 】    ◇5/24    ◇ナゴヤドーム    ◇観衆25057人        


 
昨季の開幕11連勝のあと、勝てなくなり、CSでは登板の機会すら与えられなかった川井。
その川井がついに帰ってきた!
 
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まずはこれを見て欲しい!
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外野には一つの打球も飛ばさせず、川井が築いた内野ゴロの山はなんと12コ
しかもそのうち、ピッチャーゴロが6コというから驚異的である!
 
川井の真骨頂が一番表れたのは4回表。
先頭のノリにヒットを許し、暴投で2塁へ進めてしまう。
さらにタケちゃんには四球となり、これで無死1・2塁。
絶体絶命のピンチだ!
しかしここで川井は少しも慌てることなく、眇椶鮴簗のショート・ゲッツーに討ち取ってみせる。
が、二死3塁から再びリンデンに四球で、実に嫌な感じに…。
 
さらに嶋はカウント0−2となり、ここはやはり次の投手勝負かと思われた。
一方それに呼応してか、楽天のネクスト・バッターズサークルでは宮出がバットを振っている。
 
ラジオ解説の牛島氏は、「ここは幾らでも時間を掛け、幾らでも球数を使ってもいいから、慌てない
ことです。」と言っていた。
 
その言葉を聞いていたかのように、ここから谷繁と川井は勝負に出る!
まずはズバッとストライクを取り、さらに際どく際どくコースを攻めて、たちまち2−3。
そして最後は内角への変化球を引っ掛けさせ、ピッチャーゴロ!
 
この勝負はお互いのベンチ、そしてバッテリーと打者の駆け引きが存分に見られて、まさに鳥肌の
立つような、見応えのある場面であった!!
 
  ◇
 
大島を2番に置き、井端を6番、そして忌まわしき「背番号7」を7番に置くという新打順は、
はっきり言って機能したとは言い難い…。
 
しかしブランコが2試合連続のアーチに先制タイムリー。
果たしてこれでノッてくれたのだろうか?
 
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北陸遠征も含め、ここからしばらくロードの戦いが続き、ナゴドに帰ってくるのは6月4日だ。
ロードがとにかく苦手な中日…。
 
いったいどれくらいのゲーム差になって戻ってくるのか?
 
正直、不安なのである… 
 
 
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新日、全日でヒールとして活躍し、特に晩年は軽妙なマイクパフォーマンスで人気を博した、
あのラッシャー木村氏が亡くなったという…。
 
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このラッシャー木村氏、一時は前田日明と共に旧UWFの旗揚げに参加していたが、実は晩年になっても
サンボ会館でサンボのトレーニングを欠かさなかったというほどの実力者であったのだという…。
 
 
ラッシャー木村氏は北海道中川郡中川町の生まれであり、実は大学の同級生に、このラッシャー木村氏の
甥っ子がいた。
当時はヒールとして鳴らしていたが、普段は礼儀正しく、物静かな人だったらしい。
 
 
今頃は天国で馬場さんと「アニキ!」と肩を組んで再会を喜び合い、一緒にプロレスを楽しんでいるのだろうか?
 
 
謹んで、故人の御冥福をお祈りいたします。
 
 


ラッシャー木村さん、誤嚥性肺炎で死去
 
元プロレスラーで2003年からプロレスリング・ノアの終身名誉選手会長に就任していたラッシャー木村さん(68)が24日、腎不全による誤嚥性肺炎のため死去した。ノアの公式サイトで発表した。
 木村さんは1941年北海道出身。大相撲の宮城野部屋を経て日本プロレスに入門。その後東京プロレスから国際プロレスに移籍した。国際プロレス時代は過激なデスマッチで名を上げ「金網の鬼」の異名を取り、75年にはIWA世界ヘビー級王座を獲得した。
 国際プロレスの解散後は新日本プロレスに参戦。第1次UWFにも参加したが程なく離脱した。その後、全日本プロレスに移籍し、ジャイアント馬場とタッグを組み人気が高まった。マイクパフォーマンスは有名で、数多くの名文句を生み出した。試合後、観客から「マイク!マイク!」とパフォーマンスを求めるマイク・コールが起こるほどだった。
 馬場没後の00年、全日本のエースだった三沢光晴が立ち上げたノアに参戦。前座試合で人気を博していたが、03年3月の日本武道館大会を最後に体調不良により長期休養に入り、04年7月、ビデオレターで引退を表明している。
 
[ 2010.5.24 18:06 サンスポより ]
セ・パ交流戦 【 中日2−8楽天 】    ◇5/23    ◇ナゴヤドーム    ◇観衆32070人        


 
初めに断わっておこう。
 
ここに集まってくる中日ファンの皆様には大変申し訳ないが、わたしは30年来の中日ファンである前に
生粋の道産子なのである。
よって、北海道の駒大苫小牧を三年連続の甲子園決勝へと導いた田中将大を、高校時代からずっと
応援し続けているのだ。
 
年に一度、どっちを応援してよいか判らなくなる試合。
それが今夜の、田中将大が中日相手に対して投げる試合なのである!
本来ならばナゴドに駆け付けるところなのだが、昨日・今日と仕事であり、そのうえ夜は野球に行く!
…とは、とてもとても家族に言い出せませんでした…(泣)
 
 
という訳で、今日は中日ではなく、田中将大を主眼において、記事を書かせてもらいます。
 
  ◇
 
このところ、気になっていることがある。
それは田中の帽子が落ちなくなったこと。
ダイナミックな投球フォームから、投げるたびに帽子を飛ばしていた田中。
だか、このところ、そんなシーンがあまり見られない。
それに付随して、球威も150キロを超えるようなストレートはほとんど影を潜めている…。
 
う〜ん。
 
それは今日の試合ではっきりと判った。
初回から甘い球が多い。
ストレートはせいぜい最速で143〜144キロ程度。
変化球の割合がかなり多い。
それも一番良い時なら、ワンバウンドするような切れ味鋭いスライダーやフォークが冴え渡るが、
今日はそんな場面もあまりなく、極めて平凡な、並みの投手に見えた。
まぁ、それでもいいときのイメージが強過ぎるのか、全く打てなかった中日。
それはそれで情けない…。
 
この田中の変化というのは、ブラウン監督の100球という球数制限を意識するあまりに、
このようなセーブして投げる「投球内容」になってしまったのだろうか?
 
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4回表には犠牲フライを放ち、1打点を記録した田中。
だが、それでも本業のピッチングでは、結局7回しか投げることができなかった。
この点差、この内容なら、完投しなければいけない試合だ!
メディアはこぞって6勝目と書き立てるのだろうが、わたしにとっては面白くもなんとも無い試合だった。
 
  ◇
 
楽天のクリーンアップは、3番・鉄平、4番・ノリ、5番・山崎武ちゃんと、見事に元中日勢がズラリ…。
これまた心中複雑です。
それが活躍しちゃうんだからねぇ…。
 
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終ってみれば、中日の不甲斐なさ だけが残った、この試合…。
わたしにとっては切な過ぎる試合となってしまった。
 
 
では、一応、「お約束」ということで…。
 
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