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松坂松坂松坂松坂松坂…。
5年連続Bクラスに沈み、全国的には全く注目されていない中日とは思えない
マスコミ陣の多さにはもう、ただただ驚くばかり!
なんせ全国版のスポーツニュースで、朝から報道されてますもんね…。
あんなにフラッシュが焚かれる中日のキャンプなんて、久しく見たことがないなぁ…。
こんなことでしか注目されないなんて、38年来のオールドファンとしては、
なんだかく悔しくて、情けないだけですよ。
これが人気だなどとは勘違いして欲しくないし、誰も拾おうとはしなかった
禁断の果実 を、皆の反対を押し切って拾ってしまっただけということに、
早く気付いて欲しいもんですがね…。
中日森監督気付いた!松坂のかばうような腕の振り 中日森繁和監督(63)が松坂大輔投手(37)の修正能力に舌を巻いた。沖縄・北谷キャンプで2日、新加入右腕が初のブルペン入り。右肩故障の影響で、フォーム固めに苦しんできたとは思えない投球を披露したが、中にはバランスを欠く場面もあった。
最後2球の修正能力の高さにフォーカスした。肩の故障歴がある投手に特有の、かばうような腕の振り方に気付いた。「楽をした球が何球か見えた。最後の1球とその前の1球の違いを言ったが『やっぱり分かりましたか』と言っていたよ。その修正ができない投手がうちにはいっぱいいる。1球ダメなら次もその次も同じようにダメ。でも松坂はダメな球のあとにいい球を投げられる。みんなが見ている前でね。そういうのを見て、ほかの投手がどう思うか。改善できればうちの投手陣も変わっていくと思うけどね」。西武時代から松坂を知る指揮官らしい視点だった。 「自主トレでは見ていたけど、俺も楽しみにしていた」という森監督は「今日は本人も満足いく球があったと思う。テストでもこういう感じだった」とも話した。1月23日にナゴヤ球場で入団テストを実施。わずか5分のブルペン投球で迷わず合格を出したが、暖かい沖縄でコンディションをしっかり上げている様子がうかがえた。 [2018年2月2日18時20分 日刊スポーツより]
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'18 ドラゴンズ
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いやいや、これのどこが奇抜なのよ…?
良いんじゃないですか、これくらい。
もともと 地味で極まりないチーム なんだから、これぐらいやらないと…。
いっそのこと、レギュラーのホーム・ユニがこれでもいいくらいなんですけどねぇ。
ズボンももっと派手にして欲しいなぁ…。
中日が昇竜ユニ発表、選手に衝撃 「ここまで奇抜とは」 昇竜ユニホームを披露する中日の京田
中日は30日、今季の計6試合で着用する特別企画の「昇竜」ユニホームを発表した。青地に赤の太い線が巻き付くようなデザインで、球団は「青い空に燃える竜が昇っていくイメージ」と説明した。
6試合のうち、4月20日の広島戦、5月18日の阪神戦、7月8日と8月12日のヤクルト戦の計4試合では来場者に同ユニホームのレプリカが配られる。京田は「斬新なカラーでファンとともに戦っていきたい」。又吉は「まさかここまで奇抜なのをつくるとは。いい意味で、今までのドラゴンズの概念を変えたのかと思う」と話した。
[1/30(火) 19:06 朝日新聞デジタルより] |
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5分で合格決定 … ?
とんだ出来レースですな(-_-;)
今の松坂に1500万円も払う価値があるとは、到底思えないが…。
まぁ、いいか。
この選択が見事に失敗で終わり、森監督の引責辞任、という流れになるなら、
それはそれで、そんなには悪くもない…かもね。
松坂5分で合格、竜で別人「西武時代見ているよう」5分で「中日松坂」が誕生した。昨季限りでソフトバンクを退団した松坂大輔投手(37)が23日、中日の入団テストをナゴヤ球場の室内練習場で受け、約5分、22球で合格した。単年契約の年俸1500万円、さらに出来高がつくとみられる契約を結び、背番号は「99」を選んだ。西武、ソフトバンクに続く国内3球団目で、初のセ・リーグ挑戦。日米通算164勝を挙げる「平成の怪物」は復活するのか−。開幕ローテ入りを目指し、新たなスタートを切った。(金額は推定) 集まった約100人の報道陣をシャットアウトして、松坂の入団テストが始まった。非公開のもと、ナゴヤ球場の室内練習場内のブルペンに、捕手のミット音が響く。捕手を立たせ、スライダー、カーブ、チェンジアップを交えて22球。時間にして約5分。森監督が「はっきり言ったら、このままずっと見たいという気持ちになった。このままキャンプに連れていく」と心に決め、投げ続ける右腕を制した。その瞬間、中日松坂が誕生した。 松坂 周りにどう見られようが、どう思われようが、自分でまだやり切った悔いのない野球人生だったとは思えない。そう思えるようになるまでは、自分を信じて進んでいきたい。ケガをしてやめる、諦めるということはしたくなかった。場所は変わるかもしれないけど、投げきって終わりたいという気持ちだった。 松坂はこの日に全身全霊をかけてきた。支配下選手での現役一本にこだわり、ソフトバンクを退団。米国でトレーニングを重ねてきた。中日が今回のテストを完全非公開にしたのも、投球に集中したい本人の強い希望で実現。魂を込めた22球で、新たな道が切り開かれた。 背水の覚悟だ。「先を見る余裕はない。1年1年最後のつもりでやっていくことになる」と1年契約。背番号は「99」を選んだ。OBである故星野仙一氏(享年70)が現役時代につけた中日のエースナンバー「20」が頭に浮かんだが「今の僕がつけるべきではない」と判断。「足したら18にもなる。99という数字に何か意味があるんではないかと」と、慣れ親しんだ「18」にもつながりを感じつつ、「99」で再出発することを決めた。 期待には結果で応えるだけだ。次の目標は「それ(開幕投手)はまだ思えない。使ってみようと思える状態に上がればいい。僕はそこまで持っていかないといけない。それはできる自信はある。(開幕ローテ入りを聞かれ)そこは目標を持っていきたい」。中日の先発陣は小笠原や柳、鈴木翔など20歳代が中心。プロ20年目を迎えるが、負ける気などない。西武時代ともにプレーした編成部渉外担当の友利氏は、「直近の映像も見ていたけど、西武時代を見ているような投球だった」と、全盛期と重ねたほどだ。 2月1日からの春季キャンプは1軍北谷スタートが決定。日米通算164勝右腕が新たな伝説を築いていく。【宮崎えり子】 [2018年1月24日7時44分 紙面から 日刊スポーツより]
松坂獲得は若返りに逆行批判も森監督は職かける覚悟5分で「中日松坂」が誕生した。昨季限りでソフトバンクを退団した松坂大輔投手(37)が23日、中日の入団テストをナゴヤ球場の室内練習場で受け、約5分、22球で合格した。 中日森監督はソフトバンクで苦しんだ松坂に「(現役続行の)道を私が作ってもいいのかなと感じた。そういう気持ちにさせた何かがあいつにはある」と力を込めた。 この数年間で名声を失っていたとはいえ、球史に残る名選手に入団テストの形をとったのは、アンチへの風当たりを和らげる意味合いもあった。複数の選手が歓迎する一方で、3年間低迷を続けた松坂獲得への反発はいまだ、球団内やファンの間にある。 「1歳でも若い選手がほしい」と森監督自らが掲げてきた大幅若返りの方針に逆行するからだ。中日には有望な若手投手が多い。未来につながる1枠を、1つたりとも奪ってほしくない。記者は切実な声を聞いてきた。 だが、これは球団内で誰よりも責任を背負う監督の決断だ。批判は承知の上。今の松坂なら批判の声も封じ込められる、絶対にチームのプラスになる。西武時代から知る森監督や友利編成担当は強く信じている。 「言わなくてもあいつの気持ちは分かる。やり尽くすまでここでやってみればいい。全部見せて、言葉で、体で、後ろ姿でいろんなものを若い選手に教えてほしい」。ただの情実人事ではない。森監督は職をかける覚悟を持って、松坂を迎え入れた。【柏原誠】 [2018年1月24日7時44分 紙面から 日刊スポーツより]
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テニスの全豪オープンに夢中になり、野球の情報入手を疎かにしていたら、なんだか
とんでもない騒ぎになってますね…(-_-;)
日ハムからの
興味深い選手がプロテクトから外れていた。
この選手が外れているのか、という選手。
という発表があって、いったい誰になるのかと注目していたものの、最終的に
金銭補償となって、おやっ? とは思っていたのですが…。
まさか 岩瀬投手 だったとは…!?
中日という球団も、とことん愚かだな(-_-;)
コーチ兼任とはいえ、一応所属する現役選手なわけで、指名されたら困るのであれば、
プロテクトしておけよ!
それにしても、日ハムさんの 神対応 には頭が下がりますな…。
「移籍になるのであれば、引退する」と本人は申しているのですが、どうしましょうか?
とでも、中日側から相談したんでしょうな(-_-;)
本当に情けない…。
また、こんな無様な話で、全国的に注目を集めてしまうなんて。
まぁ、今後に向けて、物議を醸し出す事件となってしまいましたね…。
中日・岩瀬「人的補償での日本ハム移籍拒否」引退覚悟だった!昨年8月6日の巨人戦で日本歴代1位となる通算950試合登板を達成した岩瀬 衝撃の事実が16日、発覚した。日本ハムは14日に海外フリーエージェント権を行使して中日に移籍した大野奨太捕手(31)に関し、人的補償を求めず、金銭補償を求めると発表したが、舞台裏で日本ハムはある選手に白羽の矢を立てていた。それが何と球界のレジェンド・岩瀬仁紀投手兼コーチ(43)だったのだ。岩瀬の日本ハム移籍はなぜ幻となったのか。詳細をお伝えする。
日本ハムが中日にFA移籍した大野奨に関し金銭補償で決着したことに違和感を感じた人も多かっただろう。昨年12月20日、中日から28人のプロテクトリストを提出された日本ハム・吉村浩GM(53)は「検討に値するということです。栗山監督にも報告しました。たぶんウチは金銭だと思っているでしょうけど、ファイターズとしてインパクトはありますね。すぐには決まりません。これからです」と魅力的な選手がプロテクトから漏れていることを喜々として明かした。 球界関係者によると、そのインパクトある選手が「岩瀬だった」。昨季、プロ野球新記録となる950試合登板を達成した岩瀬は、4年ぶりに50試合登板、3勝6敗2セーブ、防御率4・79の好成績を残してカムバック賞を受賞した。今年44歳となるが日本ハムサイドはまだ十分にやれると判断。当初から日本ハムは人的補償として左のリリーフ投手をターゲットにしており、誰よりも多くの場数を踏んでいる左腕の経験もチームにプラスの影響を与えることも考慮したのだろう。 日本ハムは人的補償を求めることを決め、中日にも通達。しかしその後、年が明けても日本ハムサイドからはなかなか発表はなく、吉村GMは「長引かせているわけではない。複雑な要因が絡んでいる」と何か問題が発生していることを示唆。そしてようやく14日に人的補償を求めないことを発表した。吉村GMは「熟考の末です。(理由は)お答えできない」と口を閉ざした。いったい何があったのか。 実は日本ハムから岩瀬の指名を受けた中日は、大混乱に陥っていた。中日としては岩瀬の指名はまさかの出来事で「岩瀬は超のつく大ベテラン。今季から兼任コーチの肩書もついている。球界の暗黙の常識からしても兼任コーチは選ばないと踏んでいたようだ」と球界関係者はいう。 チームを長きにわたって支えた功労者を人的補償で移籍させるなんてことになれば球団にとっては大失態。ファンから批判が噴出するのは間違いない。とはいえルールはルール。日本ハムサイドには少しの非もない。中日球団サイドはこの事実を岩瀬本人に伝え、納得してもらうよう努力した。しかし、頑として岩瀬は首を縦に振らず。「最後には『人的補償になるなら引退する』とまで言ったらしい」(球界関係者) 吉村GMの「複雑な要因が絡んでいる」とはこの舞台裏でのゴタゴタを指していたわけだ。最終的にはそんな事情を見かねた日本ハムサイドが岩瀬の人的補償をやめる大人の対応を見せ、金銭補償で決着となった。中日・西山和夫球団代表(69)は金銭補償になったことに「こちらとしてはありがたい選択をしていただいた」とコメントしたが、それはまさに本音だったのだ。 15日にスタートした合同自主トレに姿を現したもう一方の主役・大野奨は一連の騒動を知ってか知らずか、金銭補償になったことについて「何の心配もしないでやれる」と言った後に「コメントしづらいですね」と言葉を濁した。
キャンプイン前に起きたまさかのドタバタ。球界全体としてもFAというルールの根幹を揺るがす大問題となってしまった。
【デスクの目】今回起きた「人的補償拒否問題」はFA移籍のシステムそのものを揺るがす重大な「あしき前例」となりかねない。
野球協約には「旧球団から指名された獲得球団の選手は、その指名による移籍を拒否することはできない。当該選手が、移籍を拒否した場合は、同選手は資格停止選手となり、旧球団への補償については本条第3項(2)号又は本条第4項(2)号(いずれも金銭での補償)を準用する」とある。日本ハム側があくまでも正当性を主張すれば、岩瀬は資格停止処分となっていたわけで、それを回避した日本ハム側の温情に中日は救われた格好だ。 こうした事態を防ぐためには、各球団の良識に任せるのではなく、早急にルールの見直しも必要ではないか。たとえば「人的補償で移籍した選手がすぐに引退してしまうなどした場合は、追加で割り増し補償金を支払う」「球団に罰金などのペナルティー」など、問題が発生したら指名した球団にもメリットがあるような罰則を加える方式だ。もしくは「選手をプロテクトから外す場合は事前に通告して同意を得る」「同意を得られない選手をプロテクトから外さない」と、事前に対策を施すようにすれば、トラブルは回避できる。一部の球団などからは「人的補償そのものをなくしてしまえ!」という意見も出るかもしれない。 トレード拒否事件といえば、巨人の定岡正二が近鉄へのトレードを拒否し、若くして引退した事件が有名だ。しかし、トレードなら話が消滅するだけだが、FAの人的補償はルールにのっとったもの。ここに「抜け穴」があってはならない。 (注)定岡は1981年に11勝、82年に15勝をマーク。江川卓、西本聖とともに3本柱の一角として80年代前半の巨人を支えた。83年に腰痛の影響で7勝と2桁に届かず、翌年は5勝。救援に回った85年は4勝2セーブ。槙原寛己、斎藤雅樹が台頭したこともあり、同年オフに近鉄・有田修三とのトレードがまとまった。しかし、通告された定岡は拒否。任意引退となり、29歳で現役に別れを告げた。 [2018年01月17日 12時30分 東スポより]
中日・岩瀬「人的補償」拒否騒動の球界への波紋 中日・岩瀬仁紀投手兼コーチ(43)が、人的補償を拒否して引退騒動を起こしていたことが本紙昨報によって明らかになった17日、球界に波紋が広がった。FA移籍のシステムそのものを揺るがす事件とあって、NPBも大きな衝撃を受けた様子。当該球団である中日、日本ハムナインらも困惑しながら重い口を開いた。そして渦中の中日・西山和夫球団代表(69)の言い分とは――。
中日にFA移籍した大野奨太捕手(31)の人的補償として、当初日本ハムは岩瀬を指名した。だが、岩瀬は「人的補償なら引退する」などと移籍を拒否。最終的に日本ハム側が“大人の対応”で人的補償から金銭補償に切り替え、岩瀬の移籍は実現しなかった。 フリーエージェント規約第10条7項には「旧球団から指名された獲得球団の選手は、その指名による移籍を拒否することはできない。当該選手が、移籍を拒否した場合は、同選手は資格停止選手となり、旧球団への補償については本条第3項(2)号又は本条第4項(2)号(いずれも金銭での補償)を準用する」とある。日本ハム側が正当性を主張すれば、岩瀬は資格停止処分となったわけで、それを回避した日本ハム側の温情に中日と岩瀬は救われた格好だ。 だが、結果的に「ゴネ得」がまかり通ってしまったことは事実であり、あしき前例となりかねない。しかも、それが昨季プロ野球新記録となる950試合登板を達成したレジェンド・岩瀬ということで、衝撃は大きかったようだ。 中日のある選手は「岩瀬さんをプロテクトから外していたなんて意味が分からない。これだけのドラゴンズの功労者に対してありえない。失礼ですよ」と困惑しながら話すと、別の選手は「(兼任コーチの肩書をつけたことで)岩瀬さんや荒木さんはプロテクトから外されているかもという噂はチーム内にもあったけど、まさか本当に外していたとは…。(球団は)信じられない」と球団への不信感を口にした。 一方、日本ハムの選手は「本当ですか…。(FAの仕組みは)難しい問題なので何か言えるわけではありませんが…。ルールがある以上守ってほしい? そうですね」とポツリ。別の選手は「びっくりだね。でも岩瀬さんだからできることだよね。俺らだったら行けと言われれば行くけど、岩瀬さんは引退するか現役を続けるかを悩む瀬戸際の方。本当に岩瀬さんだからできることだと思うよ」と、ベテラン投手の心情を察する声もあった。 また、NPB関係者は「当事者からの報告を受けていないので、NPBの見解として話すことはできないが、仮に岩瀬選手が引退をちらつかせて人的補償による移籍を拒否していたとしたら確かに問題かもしれない」としながらも、すでに金銭補償で決着しているということもあって「もめるような事態になっていればNPB側としても何か対処しなければいけないが(報道を)見聞きする限り、そうではないようだ。当該球団(日本ハムと中日)からこれが問題として提起されず何も報告がない段階で、こちらが調査に動きだすというのも順序としてはおかしい。いずれにしても次の実行委員会(22日)で議題として出されるか。そうなってからのスタートになると思う」と、今後の展開を予想した。 あるセ・リーグ球団のフロントは「日本ハムは常識では測れない球団。それでも人的補償は、水面下の根回しも含めてしっかりと準備しなければいけない案件で、中日はそうした根回しが足りなかったんじゃないのか」。さらには「これで岩瀬のモチベーションは確実になくなる。ベテランがそうなったら他の選手も“ウチの球団はどうなってんだ”となる。今季の中日は大変だろうね」とライバル球団の不手際に同情する声もあった。 いずれにせよ、中日、日本ハムの両球団が沈黙を続け、今回の事件を「なかったこと」にしようとすれば、今後も同じケースが出てくる可能性がある。NPBは「ゴネ得」を許さないルール作りの必要に迫られている。 [2018年01月18日 16時30分 東スポより]
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ふ〜ん。
まぁ、オープン戦なんだし、どうせやるなら、
両チームの全選手が 背番号77 のユニフォームを着て戦う!
くらいの思い切ったことをやって欲しいですなぁ…。
今の中日じゃ、そんな斬新なことは到底ムリか…(-_-;)
中日、3月3日楽天戦を星野仙一さん追悼試合に中日は9日、3月3日の楽天とのオープン戦(ナゴヤドーム)を今月4日に亡くなったOB星野仙一氏(享年70)の追悼試合にすると発表した。 両チームが喪章を付け、球団旗を半旗にする。試合前に黙とうを行い、ビジョンで星野氏の当時の映像を流す予定。ナゴヤドーム内に献花台の設置も予定している。
星野氏は明大から68年ドラフト1位で中日入り。82年に引退するまで現役14年間、中日一筋。146勝を挙げた。87年から5年間、96年から6年間と2度にわたって監督を務め、リーグ優勝2度、Aクラス8度の成績を残した。
[2018年1月9日17時44分 日刊スポーツより]
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