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音楽というものは、作者の意図とは異なって 聞き手の側に勝手に解釈されてしまうことがあります。 プリンセス・プリンセスの「ジュリアン」という曲は ラブソングで別れてしまった恋人の昔を想って、(片想いに終わった恋のようにも聴けます) “今どこでどうしてるの”という曲の内容です。 更には「じいちゃん」と呼んでいたので 「ジュリアン」という音の響きがにているのも相まっています。 しかし、僕にとっては父方の祖父が亡くなったことを思い出す曲です。 祖父が亡くなったのは今から15年前の12月20日。 その日はちょうどプリプリのアルバム「PRINCESS PRINCESS」の発売日でもあって、 亡くなった祖父の枕元で夜伽をしながら一晩聴き続けた曲、それが「ジュリアン」でした。 (抄)“さようなら 優しさを 思い出を 涙を 忘れてた ときめきを 切なさをありがとう またいつか会いたいね でももう二度と会えないね さよなら 言わなきゃ” “このもう二度と会えないね”という部分が勝手に死別を感じていました。 僕の祖父は父親も同然の人で、 両親が共働きの為に昼間は祖父宅に預けられて そこから小学校に通っていました。 祖父は明治の人でそのためものすごく頑固者でしたが 子供にはとって神様・仏様のような存在で、 まさしく「小僧の神様」でした。 「子は国の宝である」と常々言っていて、 そのためめっぽう甘やかされて育てられました。 祖父は戦争が終わるまで 京都でも指折りの菓子問屋として商売をしていたのですが、 戦後、五条通の拡張工事に伴い立ち退きを余儀なくされ、 戦後は異業種で商売をつづけた商売人でした。 「損して得を取る」を地でいく人だったと両親から聞かされています。 ある正月のことです。小学校のころだったでしょうか。 僕がぜんざい(お志るこ)を作って自宅に招いた時に ぜんざいに塩を入れすぎて塩っ辛いぜんざいを作ってしまいました。 そのぜんざいを飲んで、祖母は正直に 「ちょっと塩っ辛い」と言ったときに 祖父は「この子が作ったのに美味い不味いを言うな」と制したことがあります。 菓子問屋をしていたので 和菓子や小豆とかには舌がかなり肥えていた人だったので 不味く感じたのでしょうが それを口にせず、僕の作ったぜんざいを食べてくれたことを思い出します。 (決してお世辞にも「美味い!」とも言いませんでしたが・・・(恥)) 12月20日、祖父の命日。
「ジュリアン」を聞きながら喪に服して、 冥福を祈ります。 |

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