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How the Jewish-Zionist Grip on American Film and Television Promotes Bias Against Muslims By ABDULLAH MOHAMMAD SINDI ユダヤ人シオニストはアメリカの映画産業とテレビ業界を支配してモスリムに対する偏見を煽っているNo.2 By アブドゥラ・ムハンマド・シンディ 「急進的左翼」の1960年代生まれの女優ジェーン・フォンダは、1981年制作「ロールオーバー(邦題:華麗なる陰謀)」の宣伝インタービューで、アラブ人に対する彼女自身の偏見を露骨に表現した。「もしアラブが怖くないなら、頭を調べてもらった方がいいわ。彼らは私たちに対する戦略的なパワーがある。彼らは不安定で、原理主義で、専制君主で、女性蔑視で、出版の自由に反対しているわ。」 この数十年でハリウッドが作ってきた多くの反アラブ、反イスラム映画を全部あげることは不可能であるが、代表的な作品を挙げてみると、 ● Exodus エクソダス(邦題:栄光への脱出、1960年)ジル・ヘイワース演じる15才の魅力的なユダヤ人少女が残酷なアラブ人に殺される。 ● Cast a Giant Shadow キャスト ア ジャイアント シャドウ(邦題:巨大なる戦場、1966年)トラックに閉じ込められたイスラエル人女性を、いやらしい目つきで、笑いながら撃ち殺す。 ● Network ネットワーク(邦題:ネットワーク、1976年、4つのアカデミー賞を受賞)テレビの従軍コメンテーターがアラブ人を「中世の狂信者」と呼び、アメリカを支配していると警告する。 ● Black Sunday ブラック・サンデー(邦題:血ぬられた墓標、1977年)イスラエル人がヒーローを演ずる。アラブ人が悪役のテロリストを演じ、米国大統領らスーパーボウルの観客を殺そうとする。 ● The Delta Force デルタ・フォース(邦題:デルタ・フォース、1986年)、 ● Iron Eagle アイアン・イーグル(邦題:アイアン・イーグル、1986年)、 ● Death Before Dishonor デス・ビフォア・ディスオナー(邦題:デス・ミッション 怒りの戦場、1987年)、 ハリウッドは観客に、下層階級の、役立たずの、汚らわしいアラブ・テロリストに断固として対処する方法を示している。 ● Aladdin アラジン(邦題:アラジン、1992年)ディズニーのアニメ映画で、テーマソングは厚かましくも、アラブは野蛮だと言っている(「野蛮だけど、でも、自分の家さ」)、 ● True Lies トゥルー・ライズ(邦題:トゥルーライズ、1994年)核兵器を持ったアラブ・テロリストが制止される。 ● Executive Decision エグゼクティブ ディシジョン(邦題:エグゼクティブ・デシジョン 、1996年)またもやアラブ過激派がアメリカの航空機をハイジャックする。 ● Kazaam カザーン(邦題:ミラクル・アドベンチャー/カザーン、1996年) アラブの盗賊とブラック・ジーニーがアラブの伝統料理である、ヤギの目玉の盛り合わせを食べる。 最近のものとしては、 ● Not Without My Daughter(邦題:星の流れる果て、1990年)、● The Siege (邦題:マーシャル・ロー、1998年)、 がある。 「The Siege」では、イスラム教徒が罪のないアメリカ人に対して爆弾作戦を遂行する。これに対して連邦当局は戒厳令を発動し、アメリカ中のイスラム教徒とアラブ人を逮捕する。 テレビ アメリカ人の物の見方と人生観を形作るのにテレビが果たした役割は非常に大きい。ペンシルベニア大学のアネンバーグ・コミュニケーション大学院前学長、ジョージ・ガーブナー博士はこのように語っている。「テレビは、他のどの機関よりも、アメリカ人の行動基準と価値観を形作っている。私たちはテレビをたくさん見れば見るほどテレビが伝える世界を信じていく。そこに見えるものの多くは間違いなのに。」 ユダヤ人とシオニズム支援者による支配は映画産業だけでなくテレビ業界にも及んでいる。ユダヤ系アメリカ人でテレビ脚本家のアービン・パールバーグは、アメリカのユダヤ人口は比率で2,3パーセントしかないにもかかわらず、脚本家の40パーセント以上がユダヤ系であると主張している。1990年代初頭、ニューヨーク大学教授のノーマン・キャンターは、「テレビネットワークのひとつは既にユダヤ人が社長となっていて(CBSのローレンス・ティッシュ)、もう2つの巨大ネットワークも、重要な役員およびプロデューサーのポストはユダヤ人で埋まっている。」と言っている。 「サンセット通りからの眺め」の著者であるユダヤ系アメリカ人のベン・スタインは、次のように率直に認めた。 「明らかにユダヤ人が多数派です。特にホームコメディのライターはそうです。テレビ界の人々はある種のえり好みがあります。このえり好みは番組内容に反映されます。つまり、それを好ましいとする大衆の賛同を煽って、不快とする大衆の反感を煽っているのです。」 これが事実なら、アメリカのテレビ番組でユダヤまたはイスラエルの人物が、悪役として描かれるのが稀であることは驚くに当たらない。それどころか、イスラエル人の場合は特にそうだが、ユダヤ人は一般的に、いつも通りの描写となる。英雄的で、洞察力があり、洗練されていて、機知に富み、知性的で、情け深い、魅力的な肉体、自身があり、人間味があり、人生の勝者である。 反対にアメリカのテレビに出てくるアラブ人は、ハリウッドのアラブ人と同様に、魅力のない外見で、金持ちで、ばか、性差別主義者、粗野、怠け者、無教養、残酷、ごう慢、欲張り、狂信的、反アメリカ主義、反キリスト主義である。しばしばテロリストであり、ハイジャック犯であり、一夫多妻主義者であり、色情狂で、人質犯で、殺人魔で、青い目の若いブロンド女を誘拐し、石油成金の恐喝犯で、変な服装をしている。(大抵、赤いチェック柄のカフィヤを頭に巻いていて、不格好なガウンまたはバスローブを着ている) アメリカのテレビは常に、歴史や他の深刻なテーマを扱うときだけでなく、ニュースにおいても明らかに親イスラエル、つまりユダヤに偏っている。テレビ局のニュース部門でも、主だったポストはユダヤ人が占めており、多くのユダヤ人(それも明かにシオニズムに偏っている)がレポーターとして雇われ、アラブ対イスラエル紛争や中東一般を頻繁に取材している。となれば当然、この偏向は理解できることである。 アメリカのシオニスト重視のメディアが、アラブやイスラムの視点に立つことは殆どない。特に、住み処を追われたパレスチナ人の窮状や、石油支配の枠組み、西側帝国主義に対する戦いなどの問題では、まずない。例えば1930年代から40年代にシオニストがアラブ・パレスチナを侵略したが、しばしばユダヤ人は「ホームレス」と、人を惑わせるような言い方で呼ばれた。同様に、この50年間のアラブに対するイスラエルの軍事行動は、パレスチナとアラブによるテロ攻撃への報復であるとして常に正当化されてきた。 アメリカのテレビにおいてシオニスト・ユダヤ人の見解は、異議を唱えられることなく伝えられるが、アラブやイスラムの見解は(もっともな意見の時でも)バランスを取るために一緒に伝えられる程度だ。 イスラエル支持の映画と番組を制作し、アラブとイスラムの見解および立場を歪曲している(特にパレスチナがシオニストと戦っていることに関して)ことに加え、ハリウッドとアメリカのテレビネットワークは、親アラブ、親イスラムの映画とテレビ番組に対して有効な検閲を行っている。一例として、1970年代、アメリカの映画劇場とテレビネットワークは、有名なイギリスの女優で左翼活動家のバネッサ・レッドグレイブが制作した親パレスチナの映画をボイコットし、抹殺した。 アメリカの退役軍人でジャーナリストのジェイムズ・マッカートニーはかつて、多くのアラブ人とイスラム教徒が何十年来思っていたことを言った。 個人的な見解だが、もし西側のメディアすべてが、中東から正しいレポートをして来ていたら、パレスチナ人は彼らの問題に注目を集めるために暴力に訴える必要はなかった。 キリスト教徒の護教論者 ユダヤ人ではない人の多くも、過去から現在に渡ってアメリカのテレビで流された、歪曲された親シオニスト、反アラブの見方に荷担している。これは特に、パット・ロバートソン、ジミー・スワッガート、ジム・バッカー、ジェリー・ファルウェル、オーラル・ロバーツといった、アメリカの宗教放送を牛耳っているキリスト教原理主義者、「テレビ宣教師」がそうである。こういったイスラエルとシオニズムの熱狂的な支持者は、シオニスト支配下における同士のキリスト教徒の惨状に同情することもない。ただ、シオニストによる圧制に対して抵抗している、そして彼らの歴史的な祖国をユダヤ人が征服していることに対して抵抗しているキリスト教とイスラム教のパレスチナ人を激しく非難さえしている。これは悲劇と言うだけではない、皮肉だ。イスラエルがキリスト教徒を(そしてイスラム教徒を)本質的に二流市民として支配しているのだから。 このようなイスラエルのための護教論者たちはしばしば、歴史の総ねじ曲げに携わる。例えば、あるキリスト教テレビ宣教師は、古代にあったとされるアッシリア人(現代のシリアになぞらえる)とバビロニア人(現代のイラクになぞらえる)がヘブライ人(現代のイスラエルになぞらえる)を虐殺した話を引き合いに出す。だが、ヘブライ語聖書(旧約聖書)で伝えられる、ヘブライ人によるペリシテ人(現代のパレスチナ)の幾多の虐殺については無視である。例えばヨシュア記第6章には、次のような記述がある。「そして彼ら(ヘブライ人)は、町にあるもの全てを完全に破壊した。男も女も、老いも若きも、雄牛も羊もロバも、刃で切って捨てた。」 広がった否定的なイメージ 南イリノイ大学の放送ジャーナリズム学名誉教授、アラブ系アメリカ人学者のジャック・G・シャヒーン教授による詳細な研究、著書「テレビ・アラブ」で立証されたのは、アメリカ全部のテレビ放映網とそこで働くほぼ全てのニュースキャスターとパーソナリティーが、アラブの負のイメージを広めている、ということだ。この本のためにシャヒーン博士は、人気のある100の番組と全部で200本近くの放映分を調べ、数え切れないほどのテレビ局の幹部、プロデューサー、ライターにインタビューした。シャヒーン博士の結論は、人気の娯楽番組、コメディ、ドラマ、ドキュメンタリー、ニュース、さらにスポーツや宗教、子供番組を含め、アメリカのテレビは全てにわたって、少なくとも一回以上は、アラブのイメージを歪曲して品位を落とす放送をしていた。
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pinkorangedesertさんの記事に触発されてググったら出てきました。 How the Jewish-Zionist Grip on American Film and Television Promotes Bias Against Muslims By ABDULLAH MOHAMMAD SINDI ユダヤ人シオニストはアメリカの映画産業とテレビ業界を支配してモスリムに対する偏見を煽っている By アブドゥラ・ムハンマド・シンディ 著者略歴 アブドゥラ・ムハンマド・シンディ サウジアラビア生まれ。カリフォルニア在住。サクラメントにあるカリフォルニア州立大学の学部および修士卒業。1978年、南カリフォルニア大学にて国際関係学の博士号を取得。フランスのグルノーブル大学、フランスのツールにあるポアティエ大学、ベルギーのリエージュ大学、米国ブルーミントンのインディアナ大学で学ぶ。ニューヨークの国連訓練調査研究所で研究に従事。 サウジ・アラビアの外交研究機関(ジェッダ)教授およびキング・アブドゥラ大学助教授として働く。米国では、カリフォルニア大学アービン校、ポモナのカリフォルニア大学州立大学、セリトス・ジュニア・カレッジ、フラートン・ジュニア・カレッジにて教鞭を執る。 本稿はシンディの最新作「アラブと西欧:その功罪」(1999年10月)の第1章を翻案したもの。 現代社会において最も強力に世論を形作っているのはアメリカのグローバル・メディアであること明らかだ。中でもハリウッドの映画産業はマスメディアと共に、アラブ人をさげすみ、アラブのイメージを悪くする活動をしてきた。1948年にユダヤ人シオニストがパレスチナ人の土地に(アメリカの全面的な援助を受けつつ)強引にイスラエルを建国し、アラブとイスラエルがこの土地を巡って争い始めてからこれは続いている。 アメリカの映画産業とテレビは、ネイティブ・アメリカンやアフリカ系アメリカ人、ヒスパニック系アメリカ人、アジア系アメリカ人など、非コーカサス人のイメージを悪くすることを推し進めていたが、1950年からはアラブとイスラム教に狙いを絞っている。アラブは他のどんな民族・宗教よりも、憎しみ、侮蔑、あざけりの対象となっている。(アラブ人はセム族に属する人の数が世界で一番多いので、彼らへの敵対が文字の上では反セム主義(反ユダヤ主義)だ。) 定番の悪役 シャヒーン教授はこのように書いた。「今日、アメリカのテレビでは悪役はふつうアラブ人です。アメリカにいるアラブ人は、エンターテイメントを装ったテレビ番組によって、軽蔑と冷笑の対象にされています。私には、エンターテイメント番組に見られるこの反アラブのイメージこそがアメリカの政策を表すものだと思います。」 誤解 このメディア・キャンペーンのせいでアラブ人と彼らの宗教イスラムは多くの点で誤解されている。ひとつの例は、アラブ人は、ラバトやアルジェ(アルジェリア)、アレクサンドリア、カイロ、ダマスカス、エルサレム、ベイルート、メッカ、バグダッドのような繁栄した大都市を中心に何世紀にもわたって暮らしており、ヨーロッパのイベリア半島だけでなくアラブ圏全域で高度な文明社会を築いてきた。しかし欧米人の多くは、アラブ人というものは砂漠のテントで暮らす非文明的な遊牧民だと信じ込まされてきた。 アメリカ人の多くはOPEC(石油輸出国機構)を、アラブ人とアラブ世界の同意語ととらえている。またOPECが原油価格のつり上げを決定するたびにアメリカのメディアは決まってアラブを非難する。だが実は、OPECの13カ国の中の6カ国はアラブではない。これも同様な例だ。 また一般的にアメリカのテレビおよび映画は、アラブとモスリムはそれ以外の宗教に対して寛容なところが少しもなく、宗教的に偏狭であると描く。実際は歴史的にほとんどその逆で、イスラム教はキリスト教(そしてユダヤ教)よりも寛容であった。イスラエルを建国したのはユダヤ人シオニストだが、彼らはこの国を、パレスチナの約束の土地に選ばれた人々「だけ」の国とした。 アラビア語の「アラー」はアメリカ映画の中で、変な異教の神を思い起こさせて、あざ笑いを引き起こすために度々使われる。だが実は、「アラー」はアラビア語で「神」の意味にすぎない。アラブ人イスラム教徒だけでなくアラブ人キリスト教徒、ユダヤ教徒すらも、神の意味としてこの言葉を使う。 アメリカ政府による公式の分類では「白人」か「コーカサス」だが、アメリカのテレビと映画では時々アラブ人(特に男)をネグロイドの黒人として扱い、いわゆる「サンド・ニッガー」というアラブ人を見下したイメージを増長させている。 「テロリスト」は、イギリス、イタリア、アイルランド、ロシア、ドイツ、スペイン、日本、イスラエル、アメリカというように世界中で活動している。(ユダヤ防衛団(JDL)のテロリストの経歴は一例だが、きちんと記録に残っている。1985年にFBIはJDLをアメリカで2番目に活動的なテロ集団と名指しした。)しかしながらハリウッドは、「テロリスト」をアラブ人(特にパレスチナ人)、そしてイスラム教を「過激派」と、アメリカ人に連想させるために様々なことを行った。 アラブが乗っ取り? 1970年代と1980年代に大々的に報道されたアラブによる米国企業の購入劇で、この国の定期刊行物と電子メディアは、アラブ人がアメリカを「買い占める」危険があるとしてヒステリックに騒ぎ立てた。実際にはこれらの購入はごく普通の、前世紀にかけて世界中で常に行われている数多くの国境を越えた投資と少しも変わらなかった。現に1980年代には、アメリカへの直接資本投入の90%は、カナダ、イギリス、ドイツ、フランス、オランダ、スイス、日本が占めていたが、OPECメンバー国からの直接の外国資本投入は、米国商務省の報告では、全体の1%以下であった。 ハリウッドのユダヤ人パワー アメリカ映画の中のアラブ人の否定的なイメージは、ハリウッドでユダヤ人とシオニズム支援者が重要なポストについていることを考えれば少しも驚くようなことではない。1988年、ユダヤ人のニール・ガブラーは彼の著書「彼らの帝国:ユダヤ人が作ったハリウッド」でこのように書いている。ユダヤ人はアメリカの主な映画スタジオ、例えば、コロンビア、メトロ・ゴールドウィン・メイヤー、ワーナー・ブラザーズ、パラマウント、ユニバーサル、20世紀フォックスといった会社を設立した。 アメリカの映画産業は、東ヨーロッパのユダヤ人によって設立され、運営されている。業界が音声映画一色に染まったころ、ハリウッドはユダヤ人作家の大群に侵略された。そのほとんどは東の人々だった。最大手のタレント事務所はユダヤ人が運営していた。ユダヤ人の弁護士が業界のほとんどの仕事を取り、ユダヤ人の医師が業界の患者を治療した。何よりも、ユダヤ人が映画を制作していた。それら全てはスコット・フィッツジェラルドをして不満たらたら、こう言わしめた。「ハリウッドはユダヤの休日、異教徒の悲劇。」 ユダヤ人がハリウッドを支配するのがあまりに素早かったので、1921年にはすでに、ヘンリーフォード・ディアボーン・インディペンデント紙が次のような激しい非難を浴びせている。 アメリカ映画はユダヤに支配されている。所々ではない。50パーセントだけではない。全てだ。現在の運営方法のようなエンターテイメントのあり方による影響を、小さく見積もらせて取り組む気を失わせることに対して、今、世界は戦っているが、当然の結末を迎えよう。ユダヤ人が映画を支配したらすぐに映画問題が起こる。その結末はまだ見えない。 ニューヨーク大学教授のノーマン・F・キャンターは、1994年の彼の詳細な研究「神聖な鎖:ユダヤの歴史」の中で次のように指摘した。「ハリウッドの映画制作と配給業界は、ユダヤ人移民者が入って来てからの50年間でほとんど完全に支配され、今でも上層部はユダヤ人に支配されている。ハリウッドの異教徒の最後の砦、ディズニー・スタジオも1990年代の初めにはユダヤ人経営幹部の統率下に入った。」 ユダヤ人の歴史家そしてジャーナリストのジョナサン・J・ゴールドベルグは、彼の1996年の研究「ユダヤ人パワー:アメリカのユダヤ人支配者層の内幕」で同様な指摘をしている。 ユダヤ人はメディアを代表するものとなっている。それは、彼らの人口比率から言って遥かに多くの人数がメディアに携わっているからである。メディアのキーとなる部門のいくつかは、とりわけハリウッドのスタジオの経営幹部は、人数の上で非常に多く、この業界をユダヤ人支配と呼ぶのは統計的な観察と同じと見てよい。 20世紀末のハリウッドは依然として民族的色彩の非常に濃い産業である。主だったスタジオの上級幹部は実質的に全てユダヤ人だ。脚本家、プロデューサー、一般従業員に近いところのディレクター、これらはユダヤ人に偏っている。最近の調査では、最も興行収益をあげているある映画会社ではユダヤ人が59パーセントも占めていた。 アメリカで最も儲けがある重要な産業のひとつで、これほど多くユダヤ人に集中し、協力し合っている状況により、ハリウッドのユダヤ人は政治的にも強い力を持っている。彼らは民主党候補の主要な資金源である。業界の非公式なまとめ役であるMCAの議長を務めるリュー・ワッサーマンは、州政および国政に対して非常に強い個人的影響力がある。 ハリウッドのユダヤ人経営幹部たちは1948年のイスラエルの建国を感無量の喜びで迎え入れた。ユダヤ人映画会社幹部のロバート・ブラモフェは、当時の幸福感を思い出して、「イスラエルは突如として、私たちのような末端のユダヤ人にとってもある種のステータスをもたらした。我々には自分の土地があるということを意味した。我々は帰属する場所があるということを意味した。こういったこと全てに、ものすごく、ものすごく、気持ちが高ぶった。」 それから数十年、ハリウッドはアラブのイメージを頻繁に、残酷そして野蛮人と描写してきた。イスラエルを支持し、侵略的なシオニストの国に強く反対するアラブ・イスラムに反対する姿勢を明らかに打ち出した。ハリウッド映画は、アラブ対イスラエル紛争に関するひとつのジャンルを作った。この精神に則り、50年にわたって数多くの「正義/悪者」の映画を作ってきた。簡単に言えば、英雄的で正義のイスラエル・ユダヤが反逆的で野蛮なアラブをやっつけるものだ。1960年代だけでも少なくとも10本のハリウッドの大作が作られた。 そのような映画では、イスラエルのユダヤとアメリカの友達は、人気があってルックスの良い、ポール・ニューマンやトニー・カーティス、カーク・ダグラスなどのユダヤ系アメリカ人が度々演じ、その他にもハンサムな非ユダヤ人、例えば、ユル・ブリンナー、ジョン・ウェイン、ジェーン・フォンダ、フランク・シナトラ、チャールトン・ヘストン、ジョージ・ペッパード、ロック・ハドソン、サル・ミネオ、アーノルド・シュワルツェネッガーなどが演じた。アラブ人は、予想どおり、決まったように残酷で、ひねくれていて、醜く描かれた。 |
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Arab Media Watch Articles > Analysis By Jonathan Cook, author of Blood and Religion: The Unmasking of the Jewish and Democratic State. 7 September 2006 アラブ・メディア・ウォッチ レバノンで行き場を失った国際人権監視団体「ヒューマン・ライツ・ウオッチ」 By ジョナサン・クック、著書「血と宗教:ユダヤと民主国家の正体を暴く」 2006年9月7日 人権団体を計る尺度は、抑圧されて苦しむ人々を救おうとする努力にのみ見出されるのではない。面倒なことに巻き込まれないように団体が取る妥協策にこそ見出される。人権擁護という仕事の性質上、他の人々に求められるよりも高い道徳的基準がなければならない。 残念なことに、最もまともな内のひとつ「ヒューマン・ライツ・ウオッチ(HRW)」はこの夏のレバノンの戦争で、その試験に不合格となった。 HRWはその名誉のため、多大な非難を受けるリスクを冒して、イスラエルがレバノン侵攻時に組織ぐるみで国際法を破ったことを非難した。それは結局、アメリカの親イスラエル団体による−−いつものアラン・ダーシュヴィッツのような人たちだけでなく−−予想どおりの嫌がらせキャンペーンになった。彼らはHRWの調査員をイスラエルに対する名誉毀損とユダヤ人差別だとして告訴した。 このような攻撃は、公表資料の中でHRWの理事ケニス・ロツが意見を述べた後、常軌を逸するほどの勢いになった。その資料には、イスラエルが南レバノンを「自由射撃区」として扱っているように見えること、そして、攻撃において民間人とヒズボラ兵士を区別できなかったこと、に関する最近の報告書が添付されている。 父親がナチスドイツから逃れたユダヤ人のロツは、ユダヤ教の非合法化に関わり、反ユダヤ主義の拡大の中心にいるとして、いつもどおりの大げさな方法で非難された。さらに、野蛮人と手を組んでいて、再帰イスラエル叩き人(デービッド・ホロヴィッツ)だと言われ、そして、原始時代の血に飢えたユダヤの話まで持ち出して中傷された。(ジョナサン・ローゼンブラム) 私は、そのような批判がHRWとロツに及ぼしかねないダメージを過小評価しない。だが、事実を追い求めること、または、国際法違反の直接の被害者、つまり貧しく弱い国の一般市民を擁護したいと望むことを我々が止めるのでなければ、そのような脅しに譲歩することは正当化され得ることではない。 イスラエルロビーの怒りを静めるためにHRWが調査結果をねじ曲げることは、どんなに不快でも、中傷によって正当化することはできない。だが、それが今起きているように見える。 その最もひどい例が見られるのは、戦争後にニューヨーク・タイムズとHRWの上級調査員ピーター・バウカートとの間で行われたインタビューである。その話題は最近の報告書「フェイタル・ストライク」で、戦闘中にイスラエルがレバノン市民に対し無差別攻撃を行った証拠をHRWが提示している。 レバノンでの戦争犯罪に関するHRWによる研究結果−−それが調査の中心であるが−−に話題を絞るのではなく、むしろバウカートは本題からそれて、「私が言いたいのは、ヒズボラが一般市民を狙っているのは全く明かで、彼らの目的はイスラエル市民を殺すことです。私たちは、イスラエル軍がわざと市民を殺そうとしていると責めているのではありません。責めているのは、報告書にもはっきりと書きましたが、一般市民と軍事目標を区別するために必要な事前の注意を、イスラエル軍が払わなかったということなのです。ですから、双方の間には目的の違いがあります。それと同時に、双方はジュネーブ協定に違反しています。」 ooooooooooooo ooooooooo
元記事はまだ続きますが、この英語、難し過ぎ、、、退散 (センテンスは長いし、もっと簡単に書けよな〜。ブツブツ) |
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xymphora イスラエル人ひとりひとりの倫理的責任 アミラ・ハスは普通のイスラエル人の、悪いことに目をつぶる態度について書いている。ナチス時代のドイツ人と比較せざるを得ない(今起きていることを言う時は別にして、私はまだH-wordを使っていない)、しかし、この比較はとても不愉快なことだ。ドイツ人は、出版物のほぼ完全な検閲と、質問するだけでも命を落としかねない暴力的な警察国家の時代を生きてきた。何か悪いことが起きていることに気が付かなかったと言い訳するのは難しい。だが、ほとんとまではいかないにしても多くのドイツ人が本当に、何が起きているか詳しく知らなかったと言っても間違いではない。一方イスラエル人は、イスラエルが国の名の下に行っていることをすべて詳細に把握している。完全な沈黙は国の共犯者であることの証明だ。 いつもの容疑者たちは直ちに飛んできて、イスラエルがナチス・ドイツと比較できるわけがないと反論するだろう。ほんとうか? IDF(イスラエル国防軍)は、今レバノンにまき散らかされているクラスター爆弾の90%を攻撃の最後の72時間に投下した。停戦が近いことをイスラエル政府が知っていたその時にである。従ってこれらの爆弾は、レバノン市民に向けて故意に残したものであることは明らかだ。ナチスは恐ろしいことをいくつもしたが、これほどひどいことはしなかった。明らかにそう言える。イスラエルによるクラスター爆弾の乱用はよく知られていたので、国務省は、民間人へ使われる恐れがあることから、イスラエルへ最新のクラスター爆弾を配備することを実際に遅らせた。明らかにIDFは、−これらの爆弾が引き渡されたか多少疑問はあるが− 手持ちのアメリカ製クラスター爆弾で済ませなければならなかった。 ロビーの強大な影響力を考慮すると、先月また最終的に証明されたように、国務省の中の誰かが ( large ones ) を持っている??(多額の賄賂を受け取ったという意味か?はて?)イスラエルからの兵器の要求を拒絶するなど、1982年を最後に聞いたことがない。この時はイスラエルにレバノン市民に対してクラスター爆弾を使用させる原因となった。言うまでもなく、北米のユダヤ人は言うに及ばず平均的なイスラエル人は、このような訴えを反ユダヤ主義として一蹴するだけだろう。 posted at 12:22 AM permanent link Comments (79) | Trackback
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