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ukokkeiの徒然草
成田祇園祭中日(成田山新勝寺旅行)レポート掲載中。

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 皆様、おはようございます。
 今日は成田祗園祭中日(成田山新勝寺旅行)から、本町曳き納め編をお送りします。

 新勝寺総門から出て左に曲がると、京成成田駅に通じる道との交差点があります。
 この道はかって路面電車が走っていたため、電車道と呼ばれています。
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 その入口に、花崎町の祭礼車が止まっていました。
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 またその近くには、本町の御神酒所が設置されていました。
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 しばらくするとその電車道から、田町の山車が出て来ました。
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 そして、東町方面へと向かいました。
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 その後仲之町方面から、手古舞の一団が姿を現しました。
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 その後ろには本町の山車が付いていましたが、やがて御神酒所前に納められました。
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 納めた後は、夜の曳き廻し出発まで小休止です。

 次回は、東町曳き納め編をお送りします。

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 皆様、おはようございます。
 今日は成田祗園祭中日(成田山新勝寺旅行)から、成田山新勝寺編をお送りします。

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 新勝寺の玄関は平成19年に建立された総門ですが、それをくぐると天保2年再建の仁王門(重文)が目に入ります。
 この門の裏には池があって数年前にあるブロガーの方がそこにいた甲羅にペイントが施された亀を紹介していましたが、今回はいませんでした(普通の亀ならたくさんいましたが)。
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 仁王門をくぐって石段を上がると、正徳2年に建立された三重塔(重文)が目に入ります。
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 その奥には、昭和43年建立の大本堂が。
 堂内ではちょうど法要が行われていましたが、何か神仏習合的な感じでした。
 この法要では大太鼓が叩かれましたが、腹の底から「ズン!」と響いてかなり迫力がありました。
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 大本堂を拝観した後私は、その西側にある釈迦堂へ。
 安政5年に建立された先代本堂で、重文に指定されています。
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 釈迦堂から上に上がると、堂内に七代目市川團十郎の石像が安置されている額堂があります。
 文久元年に建立された建物で、重文に指定されています。
 ちなみに屋号が成田屋であることからわかるように、市川團十郎家と新勝寺の縁は深いです。
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 額堂から先に行くと、先々代の本堂である光明堂があります。
 元禄14年に建立された建物で、重文に指定されています。
 なお堂内では天国宝剣加持が行われていて、大勢の人達が参列していました。
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 光明堂の裏に回ると奥之院が。
 普段は扉が閉じられていますが毎年祗園会の期間(7月7日〜9日+前後の金土日曜日)のみ開扉され、本尊の大日如来の姿を拝むことが出来ます(当然私も参拝しました)。
 成田祇園祭は、この大日如来の祭礼です。
 最後に新勝寺には、今回紹介した以外にも見所が多くあります。

 次回は、本町曳き納め編をお送りします。

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 今朝名鉄に乗って名古屋へ向かう途中、私は尾張横須賀駅で下車しました。
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 下車後しばらくすると、反対側のホームにこのような車両が入って来ました。
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 昨日から運行を開始した3300系のサマートレイン2017です。
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 運行期間は来月の19日までで、運行スケジュールは名鉄のHP上で公開されます
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 もし乗車する機会がありましたら、また詳しくレポートします。
 この後私は次の名古屋方面の列車に乗車して、今度は大江駅で途中下車しました。
 下車後、駅のすぐ北にある踏切へ足を運ぶと・・・。
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 踏切北方に伸びる引き上げ線に、これから名電築港駅へと向かう廃車回送列車が止まっていました。
 EL120の後ろに繋がっているのは、5600系の5601Fです。
 思えばこの5601Fは、数奇な運命を辿った車両でした。
 5600系は元々、4連だった5700系の5701F・5702Fを6連化するために平成元年に製造されたサ5600+モ5650からなる中間車でした(こちらの記事もご覧下さい)。
 平成21年に5701F・5702Fが4連に戻るに当たって編成から外されましたが、名鉄はこの5600系を組み合わせて4連組を1本作ることになりました。
 そこで当時廃車となった5300系の5313Fの運転台をサ5601とモ5652に接合して誕生したのが、5601Fなのです。
 以来5300系の4連組や5700系と共通運用で活躍しましたが、改造後10年も経たない内に引退の時を迎えました。
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 私が駅に戻ってしばらくすると、回送列車が引き上げ線から出て築港線に入って行きました。
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 そして、築港線のホームで一旦止まりました。
 この後5601Fは、名電築港駅で廃車解体される運命にあります。
 中間車の時代から合わせると28年間、本当にお疲れ様でした。

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 皆様、おはようございます。
 今日は成田祗園祭中日(成田山新勝寺旅行)から、仲之町曳き納めと幸町午後曳き廻し出発編をお送りします。

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 上町の屋台と別れた私は表参道を薬師堂向けて上がって行きましたが、やがて後ろ向きで巡行している仲之町の山車と出会いました。
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 そこからさらに上に上がると成田観光館があり、その一角に仲之町の御神酒所が設置されていました。
 これからここに仲之町の山車が納められるのですが、しばらくすると目の前の表参道を超高速で駆け上がって通り過ぎてしまいました(爆)。
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 しかしその後すぐに戻って来て、無事に納められました。
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 それを見届けた後私は薬師堂まで上がりましたが、ちょうど幸町方面から手古舞の一団が姿を現しました。
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 そしてその後ろには、幸町の山車が付いていました。
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 この山車も、表参道を仲之町方面へ下って行きました。
 ちなみに写真はありませんがこの仲之町の坂を巡行する際には、商家の2階から竿に括り付けた祝儀袋を山車・屋台の屋根に乗っている若者連に渡す光景が見受けられ名物となっています。
 やがて坂を下り終えた幸町の山車は、田町方面へ向かいました。
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 新勝寺総門前には、成田山交道会の御神酒所が設置されていました。
 私はここでいったん祭り見物を中断して、新勝寺に参拝することにしました。

 次回は、成田山新勝寺編をお送りします。

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 今日は15時半頃にセントレアへ足を運びました。
 本日はこの時期恒例の盆踊りの開催日でスカイデッキには紅白の提灯が飾られて櫓が設置され、浴衣を着た人達の姿も見受けられました。
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 16時頃になるとキャセイパシフィック航空のA330-300のワンワールド塗装機(B-HLU)が台北から飛来し、国際線スポット18番ゲートへ向かいました。
 17時過ぎに、台北向けて出発して行きました。
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 一方22番ゲートから中国東方航空のA320のゴージャス・ガンス塗装機(B-1609)が出発し、この後上海向けて離陸して行きました。
 それから時間が経って17時頃になると写真はありませんが貨物エリアにヘリコプターが1機着陸し、その後今回の目的の機体が関空から飛来してRW18に着陸しリバースを掛けました。
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 ロシアの航空会社アンガラ航空のAN-148(RA-61711)です。
 ロシアの極東地域へ向かうツアー客を乗せるチャーター機として、初めてセントレアへ飛来しました。
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 RW18を出て、誘導路へと向かいます。
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 国際線スポット内を行きます。
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 国際線スポットの南端まで行って止まりました。
 18時40分になるとハバロフスク向けて出発しますが、私は家の用事があるので帰りました。

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