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手術が終わって次の日。 前の病院のときは、痛くて動けるどころでは無かったが、 今回は、ぜんぜん痛くない。 車椅子で、何処でも移動できる!!楽だ!! 前の病院は、車椅子が少なく交代で使っていた・・・・。 やっぱ、大きい病院は( ・∀・)イイ!! 手術の次の日から、点滴が、始まった。 手術後の3日は、朝晩と点滴。 それからは、朝だけ1週間ぐらい。 でも、それが・・・・。 若い、インターンの先生の練習台でした・・・・。 2回失敗すると、選手交代、次の先生が。 先ず、1回で成功する事が無かった・・・。痛いんですけど・・。 最高、1回の点滴で7回刺された・・・・。 看護婦さんに代わりにやってと、懇願するも、断られ・・。 2〜3日もすると、待合室で、たむろしている、患者さんたちと合流。 そこでは、1回の点滴で9回刺された人も居ました。 大学病院の4,5月は、練習台の初めで、先生も上手くないです。 特に不器用な先生がいて、1回は血管からはずれ、腕が腫れ、大痣に・・・。 まあ、痛いこと痛いこと!! 点滴の時間が近づくと、隣の病室を覗き、その先生だと、 逃げるようになりました・・・・・。 そして、待合室では、みんな将棋に、熱中してました。 小学生の時以来、将棋なんてやったことが無かったのですが、 知らないのは、恐ろしいもので、 誘われたものだから、やってみた所 ぼろ負け・・・・。 なんと相手は5段、県大会3位の実力者!! 勝てるわけがないし。 そこで、飛車、角、香落ちで、再挑戦。 さらに、ぼろ負け。 相手が悪いと、他の相手に挑戦。又負け・・・。 その日8回やって全敗・・・。 根が、負けず嫌いだから、悔しくて、将棋の本を買ってきてもらい、勉強しました。 退院ごろは、初段の人と良い勝負になりました。 生まれてこの方、こんなに将棋をやったのも初めてでした。 朝7時から、消灯の9時まで、殆どやっていました。 すると、友達も出来、暇な個室よりも、大部屋に移りたくなり、 移動する事に。 そこの、大部屋は、又、いろいろな人が居た・・・。 建築現場の6階から、下へ落ちた人。 高速道路から、車で下の道路に落ちた人。 ガス爆発にあった人。 バイクで道路を逆走して、事故を起こした人。 凄すぎる・・・・・・・。 本当に僕なんかが軽い事故だと思わされました。 続く。
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お笑い、腱鞘炎日記
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個室に入った次の日、手術でした。 手術前日の事。 前の病院では、無かったのに、看護婦さんから、テイモウを・・・・・。 えっ、膝の手術なのに・・・・・。(;´∀`) あそこに、ガーゼ張られ、剃られてしまいました・・・・。 若かった、俺は、・・・・・・・・。(;・∀・) キツイ・・・!! 不毛な話でした・・・・。 そして、次は、浣腸ですと・・・・・・・。(;゚Д゚) 思わず自分でやりますと、 でも、渡された浣腸は、 自分が想像してた物より長い〜〜〜〜〜〜〜〜!! 格闘30分諦め、看護婦さんにお願いを・・・・。 すぐ出してはいけません、5分待ってからねと、看護婦さん。 しかし、腹が痛い〜〜〜〜〜!! 5分なんか待っていられません・・・・!! 看護婦さんが去った後 すぐにベットから降りると、急いでトイレに しかし、足がギブス固定で、早く動けない・・・・。焦る俺(;゚Д゚) 何とか、間に合った・・・・。 など、初めての経験で、四苦八苦!! 前の病院は、全身麻酔で分からなかった・・・・。 今回は、下半身麻酔でした・・・。 そして、手術の日が来ました。 この病院は、大学病院で、特に自分が入院した5月は 新人の先生が多い・・・・。 先ず麻酔。先生二人。 偉い先生が、新人の先生に、何処に打つか分かるか? 何番目の何とか・・・。と言っていた。 そして、偉い先生が、上手く麻酔が効けば3分、効かなければ5分。 3分たった時に、感じますかと、背骨を触られた。 感じますと答えた。えっ、失敗したの??? 下半身麻酔で、話し声が、すべて聞こえる・・・。 5分ぐらいして、又聞かれた。感じますかと? 今度は、効いてきたみたいだ。でも、上手くないから5分なんだ・・・。 すると、別の方向から、女の人たちの声が?????? 自分の下半身は、幕が張られ、向こうが見えない・・・。 「はい、麻酔が効くと、どうなるか分かるか??」の声が。 女の人たちの声で、「足が温かくなります」の声・・・。 「では、一人一人触ってみてください」 一人一人・・・・・???? いっぱい居るの???? こっちは、何も、はいていないんだ・・・・。不毛だし・・・・・。 神様、勘弁してください・・・・心から思った。 「どうです、温かかったですかのこえが」 すると、ハイと、何人もの声が・・・・。 何人居るんだ?????? こんな人前で、俺は・・・・・・・・。 居たたまれなくなった・・・。 4,5月の大学病院の入院は、気をつけろ!! その後、気を失いかけたが、足の手術は、大工さんみたいに、 トンカン・トンカンうるさくて、何度も起こされる。 でも、麻酔が効いているので痛くは無いが。 そうこうしている内に手術が終わった。 結局8時間かかった。 自分は2〜3時間ぐらいだと思っていたが。 午後1時からはじめ、戻ってきたのは午後9時だった。 そのひは、そのまま、ぐっすり眠ったのだった。
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入院もそろそろ退院が近づいて来たころ、 手術後、レントゲンを撮った結果を、聞きに行った。 先生は、レントゲン写真を見て、 「う〜〜〜ん・・・・・・・・」 はっきりと、何か言って下さい。如何したんですか・・・・・? 「う〜〜〜〜ん、少しずれて付いたなあ・・・・・・」 「う〜〜〜〜〜ん」 「大丈夫なんですか」と、俺・・・・・。 「う〜〜〜ん。まあ・・・・・・・。」 でも、でも、でも・・・・。 どういうこと??ずれていても、いいの、そんなのあり・・?????????? なんでも無かったら、長い間は、どういう事なんだ・・・・。 結局、退院して、すぐ他の病院へ、何箇所か見てもらった。 その結果、何処の病院でも、やり直した方がよいと・・・・・。汗・・・。 やはり、病院選びは大切だと、確信した。 救急車で運ばれても、どこか決めておかないとね。 あまりそんなこと無いけれどね。 そこで、前の状態まで戻るから、と言ってくれた先生の所へ 1週間後、又入院する事になった。 今度は、前より大変で、いったん付いた、骨をはがし、 腰骨の髄液を取り、それを、膝の関節につけるという。 今度は、大きい大学病院で、手続きする時に 交通事故は、区役所に申請して下さいと、親切に言ってくれた。 完全看護だし、安心!! そして、入院、今度は、始めは、個室でと頼んだのですが、 空いておらず、とりあえず2人部屋で、 手術の後から、個室へと言う事になりました。 手術まで2日だから、まあいいか。 入院当日。 外科の待合室は、坊主頭の強面の人々が、紙マージャン、将棋をしていた。 怖そう〜〜〜〜!!みんな、手足が無い人が多い・・・。 凄い怪我の人が多いと感じた。自分は軽い方だ。 前の病院では、一番重かったけれど・・・。 大きい病院は、やはり、凄い人が集まる物だと・・・。 また、前の病院とちがって、喫茶店、食堂あり、プールあり、さすが、大きい病院。 初めから、こっちに入院しておけば良かったと、思いました。 だって、費用も変らないんだから。 その夜、同じ病室の人が、よく、話しかけてくる。 消灯後も・・・・。やはり、お爺ちゃんだった・・・・。 そして、眠くなり始めた頃、 お爺ちゃんが、怒って、看護婦さんを、呼ぶ、呼ぶ。 眠りたいのだけれど、看護婦さんを怒鳴りまくっている。 「殺すきか〜〜〜〜〜〜!!」と叫ぶ。 看護婦さんが居なくなると、僕に同意を求めてくる・・・・。(;><) 「そんな元気があれば、死なんよ・・・」と、少し静かにしてくれ、など思っていた。 次の日、看護婦さんが、個室、開いたわよと言われ。 是非!!と、二つ返事で答えた。 看護婦さんが荷物を移動してくれ、部屋に入った。 個室は良いなあ。誰にも気を使わなくて、 トイレも付いているしと、にんまり。 しかし、この後、また、色々な事件が起こるのでした・・・。
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膝複雑骨折の手術が終わって、2〜3日の事、 痛みも無くなり、余裕が出てきました。 相変わらず、足はつっていて、動けません。 隣の、お爺ちゃんは、少し変だと気づきはじめました。 この病院の部屋は、狭く、隣の、お爺ちゃんのベットと、 自分のベットは、くっついていました。 心電図を測るため、看護婦さんが、お爺ちゃんの 体に、ペタペタ、計測するものを、貼っていました。 看護婦さんが居なくなると、剥がしてしまうのです。 変な人だなあと思ってました。 点滴も、勝手に取ってしまうのです。治す気あるのか〜〜!! 付き添いさんが、付いていたのですが・・・・。居ない隙に・・。 そして、財布が無いとか、時計が無いとか言い始めました・・・。 そして僕に、見なかったか、知らないかと、しょっちゅう、聞いて来る??? そんなもの知るわけねえ〜〜〜〜!! 見りゃ、分かるだろう〜〜〜〜〜〜〜!! そして、6時の夕飯がくると、カーテンを閉め始める。 何をするのかと・・・・・。 付き添いさんが、便を、取るのだ・・・・・。 何でも、指を突っ込んで、ほじり出すらしいのだが・・・。 すると、お爺ちゃんのうめき声が・・・・。 「う〜〜〜っ、う〜〜〜〜〜〜っ、あ〜〜〜〜〜」 げっ、勘弁してください!!お願い!! ご飯です。これから、ご飯です。 目の前にご飯が来ています。 ご飯が来てから、するのは〜〜〜!! 特に、僕のご飯は、手術後の、離乳食みたいな 深緑の、ぐちゃぐちゃな物。 ただでさえ・・・・・・・。 その内、すごい匂いが〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!! 部屋の、他の人は、部屋から、ぞろぞろ、出て行きます・・・・。 何で、この時間に!!夕飯が来た時に限って!! すると、毎日、夕飯になると、始めるのだった。 俺と、お爺ちゃんだけが、部屋に残ってしまう・・・。 他には誰も居ない・・・・・・・2人だけ。 部屋には、お爺ちゃんの、うめき声と、匂いだけが・・・・・・・。 此れには、本当に、まいった。 そして、おじいちゃんが、おれに、夕飯がまずいとか、言う。 と、言いたかった。 俺が言うならまだしも、 当時、老人は、医療費がタダの時があった。 2週間後との支払いが、俺の、何十分の一だった、 お爺ちゃん。 そりゃないぜ!! せめて、ご飯時の、ベッドでの排便は、勘弁!! 若し、次ぎに入院する時は、始めは、個室がいいと、思った俺でした。
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膝複雑骨折の、手術が終わってから、麻酔が効いているときは、 良かったのですが、だんだん足が、トンカチで、叩かれている様になって来た。 寝る前に、看護婦さん呼んで、座薬を貰った。 しかし、足はつるされています〜〜・・・・。辛い・・・。 腰が上に上がりません・・・。 何とか、しないと・・・、 看護婦さんに、恥ずかしくて。頼めない・・・若い俺。 夜中、一人で、座薬と格闘、約1時間30分!! 成功!!したが目が覚めてしまい、痛みで、寝られず、1日が過ぎた・・・。 その病院では、食事は、自分で運ぶ・・・・。 (その病院は、完全看護ではなかった・・・。あとで、大きな病院が、良いと思った) 俺は、足骨折で、足つっているし・・・動けない・・・。 食事を、はこべない俺は、どうするか悩み、看護婦さんに、頼むことにした。 基本的に、駄目なんですと、しょうがない時は、言ってくださいと・・。 6時の食事に、持ってきたのは8時だった・・・。まあいい、食べられないより。 しかし、手術の次の日からは、お粥と言うより、離乳食?と思うものが。 深緑の寒天のような、グジャグジャなもの。この世の食べ物とは思えなかった。 これが、又、離乳食もどきが、2週間も続き、看護婦さんに言ったら あれ〜〜〜!!まだ、お粥だったの〜〜〜!!間違えてた〜〜〜!! まあ、でも、毎回の食事も、前の人が、持ってきてくれるようになり 助かった〜〜〜!!その部屋で、動けないのは、俺だけだったから。 又、困ったのは、トイレだった・・・・。 ベットの上では、どうしても無理だ〜〜〜。 しかし、自然現象は、どうしようもなく、 大きいほうは出来ず、便秘になってしまった・・・。 もう一つの辛かったのは、足をつるされ、 動けないので、寝る時、生まれた時から、何時も、うつ伏せで寝ていた俺は 仰向けでは、中々寝つけなかった・・・・。 また、看護婦さんに、交通事故は、入院費、全額負担だから、 大変ね、と言われ、 また、え〜〜〜〜〜〜〜?? いったい、いくらかかるんだ〜〜!! 支払いの、不安と恐怖に、おののいた。 知り合いの人から、区に申請すれば、保険の適用になると 教えてもらい、一安心。 しかし、不親切な病院だ!! (次の病院にいったときは、その場で、区に申請するように始めに、言われたぞ!!) 知らないと、大変ですよ。 そして、俺の隣に、主人公の、にこやかな、お爺ちゃんがいた、 始めは、痛みで、気が付かなかったが。 この、おじいちゃんが、俺にとって、 地獄の使者のようになった・・・。 看護婦さんが、前門の狼だったら、 お爺ちゃんは、 はあ・・・・・。(泣) 続く・・・・。
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