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岩倉具視幽棲旧宅見学
岩倉具視と言えば 明治維新に活躍した代表的な政治家
五百円硬貨の前 五百円札の肖像にもなり
年長者は懐かしくお札を大事に保管してる人もいるのでは。 京都市内の北の端 岩倉の地に数年幽閉生活をしていた
住居跡が国の史跡となり公開中
決して広くはないが白壁に囲まれた庭園に母屋と倉庫 。 母屋は質素な茅葺屋根 倉庫は対岳文庫と呼ばれ室内には
重要文化財「岩倉具視関係資料」他数多くの資料
また岩倉具視の遺髪を収めた立派は慰霊碑も建てられている。 ガイドHP 京都はんなり歩こう会
☆ http://www.kyohannari.com/ ☆ |
京都ゆかりの人物
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「平清盛」縁の場所 今熊野観音寺とおまけ
大河ドラマ 「平清盛」 は視聴率が低空飛行を続けているが
京都がドラマの中心なので ただ黙って見ている手はないね。 ブログで紹介するのはまだ2回目だが かなりの場所を訪問
今回は後白河上皇縁の場所で 今熊野観音寺と新熊野神社。 どちらも名前の通り熊野信仰が強かった事からその名が付き
今熊野観音寺には時の摂政 藤原忠通のお墓もあるので参拝。 忠通は父・忠実や弟・頼長との戦い 「保元の乱」 に勝ち抜き
後の五摂家の礎を作りあげた人物で 能書家としても名が通る。 左から慈円僧正・藤原忠通・同長家の墓
新熊野神社には楠の大木があり 後白河上皇手植えと伝わり
樹齢8百年 5年前に撮影したがその時よりさらに枝が伸びる。 西大路通りの若一神社にも平清盛 手植えの楠があるけれど
同じ時代に植えたものかと疑問がつくほど 圧倒的な大きさだ。 「抱きつきなさい! そうすれば神の力で新たな生命が授かる」
と書かれているので抱きついてみたが 太すぎて手が廻らない。 暑さにバテて神社前の大谷茶舗に立ち寄り 抹茶ソフトを注文
久々に寄ったが380円で白玉に大粒小豆に栗 大満足であった。 ガイドのHP 京都はんなり歩こう会
http://space.geocities.jp/ukyou166 |
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「平清盛」縁の場所 祇園編
今年の大河ドラマも 京都が中心のため売り上げ増を見込み
お寺さんも関連グッズや 立て札などの準備に余念がないね。 西行庵
画面には 「お江」 同様あれ? っと思われるシーンがあるが ドラマの演出だから仕方がないのかもしれないが 舞子って誰? 西行庵
ドラマの最後に紹介される場所には 必ずといっていいほど
観光客が押し寄せるんで 地元民として先に行くべきだろう。 長楽寺
建礼門院 供養塔
八坂神社界隈では 平忠盛と白河院縁の石灯篭や祇園女御
話によると 祇園女御役の松田聖子さんが近々訪れるらしい。 忠盛灯篭 祇園女御供養塔
平清盛と同い年で 鳥羽院北面武士仲間でもあった佐藤義清
後の西行が庵を結んだ西行庵や 安徳天皇縁の長楽寺もある。 ガイドのHP 京都はんなり歩こう会
http://space.geocities.jp/ukyou166 |
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野々村仁清(ニンセイ) 清水焼と言えば 京都の伝統工芸で歴史も古いが基礎を作った 野々村仁清の足跡が地元右京区にあるので 追っかけてみたよ。 仁和寺 古清水と呼ばれる 色絵陶器を完成させた野々村清右衛門は 茶匠 金森宗和の勧めで 仁和寺の門前に窯を開く事になる。 作品は御室焼(おむろやき)や 仁和寺焼として世に出ていき 仁和寺の仁と 清右衛門の清を合わせた 「仁清」 を名乗る。 妙光寺 今回 初めて妙光寺に行ったが俵屋宗達筆の 「風神雷神図屏風」 現在は建仁寺の所有だが 元はこちらのお寺の所有物だったと言う。 尾形乾山(ケンザン) 福王子交差点から高雄に向かい右手 山道を登った鳴滝泉谷には 仁清の弟子 尾形乾山の窯があったと言われる場所にある法蔵寺。 法蔵寺 こちらは入れないが 門前には碑が建っており 小さなお寺だが モミジの頃には 紅葉がとてもきれいで静かで落ち着ける所だよ。 陶芸の世界は余り詳しくないが 江戸時代の名工が残した
財産に少しでも触れる事で 京都の良さを再認識したいね。 |
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嵯峨清涼寺 夕霧供養 江戸初期の三名妓と言われた一人 夕霧太夫の生地 嵯峨野 今日9日 その地元 嵯峨清涼寺で 「夕霧供養」 が行われた。 音曲・舞踊・茶道・華道・和歌・書道 等の芸事に優れている。 金や権力にも媚びない 高いプライドを持った飛び切り女性だ。 そして禿(かむろ)を従え 墓地まで花を供えてお参りをする。 残念ながら 墓参りと奉納舞いは見れなかったが 法要の後の
本堂の前を二人の禿を引き連れて歩く姿は とても艶やかだね。 清涼寺には初代夕霧と 2代目夕霧(女優の故中村芳子さん)の お墓があるが 2代目夕霧と吉井勇の歌碑が岩に刻まれている。 |





