恐怖体験

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狐の嫁入り

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私が11〜2歳の頃、両親と私、父の愛人と娘の、おかしな組み合わせで群馬県の四万温泉に行来ました。

今では考えられない事なのですが、明治生まれの父は<女を持つのは男の甲斐性>と言い、そんな風潮

が、まだまだまかり通る時代でした。

2泊3日の小旅行でしたが、2泊目の夜、愛人の娘が行方不明になったのです。

事情が事情だっただけに大騒ぎとなり、手分けをして探すことになりました。

小学生の私は残るように言われましたが、手伝いたい気持ちが先立ち、言うことを聞かずに後を追いました。

土産屋の並ぶ小路を抜け、四万川脇を愛人の娘の名を呼びながら歩きました。

どの位の時間が経ったのか、気付くと、何処からかザワザワとした声ともいえない音に混じり、笛や太鼓

の音が聞こえてきました。

その時には人探しの事など頭からすっかり抜け落ち、ひたすら音のする方に向かいました。

やや暫く行くと、大きな明かりが連なってユラユラ揺れているのが見えたのです。

ザワザワは一層大きくなり、お祭り気分で、後ろを振り返ることもせずに歩きました。

やがて道が二又になり、その時私は何かの視線を感じ始めて立ち止まったのです。

二又の真ん中に誰かが立っているように見えました。

「あの〜。お祭りに行くのはどっちの道ですか?」

何も返事が無いので、私は更に近づきました。

……………………。

しかし、そこに居たのは、お堂に奉られた70〜80センチの朽ちたお地蔵様でした。

急に背筋が凍り付くような感覚に襲われ辺りを見回すと、今迄はっきり見えていたと思っていた風景が、

まるで常闇で、自分の足元さえ見えないのです。

それから先はどうやって帰って来たのか記憶がありません。

愛人の娘は旅館の息子の部屋にいたらしく、結局、私一人が怒られる羽目になりました。

それでも子供だった私は、お祭りに行きたいと母にねだり、番頭さんに聞いてもらいましたが、

「この時期、お祭りなんてやってませんよ!」

番頭さんの返事は冷ややかなもので、私は何でそんな嘘をつくのだろうと、大層憤慨したのを覚えています。

大人になってから当時の話を母として、あれは<狐の嫁入り>で、お地蔵様が助けてくれたのではないか

と思うようになりました。

あの時見えた明かりの大きさを考えても、実際に灯っていたなら、一つの提灯の大きさが4〜5メートル

位になるだろうし、それは絶対にありえない事なのです。

10年程前に四万温泉に行き同じ道を辿ってみましたが、山は削り整備され当時の面影もなく、今はあ

のお地蔵さまが実在したものなのかどうかも解かりませんが、助けてもらわなければ、あのまま山に入っ

ていたかと思うと、手を合わさずにはいられないのです。

悪寒

金縛りは「睡眠マヒ」と呼ばれ、レム睡眠の途中で意識だけが目覚めてしまい、その時に見る幻覚や幻聴

が原因だといわれますが、本当にそれだけなのでしょうか?

私が昔住んでいた借家は入り口に大きな枇杷の古木があり、北側に面した台所と洗面所は昼間も陽が当た

らず、どことなく寂しい感じのする所でした。

母は昔からどちらかというと霊感の強い人でしたが、わたしは全く鈍感で、そういった事に対して感じた

事もなければ考えた事すらありません。

そんな私がその家に越した時の事です。

台所に行くと空気が何となく重くなるのを感じたのです。

その年の東京は何年かぶりの猛暑で、じっとしていても汗が噴出してくるような日が続いていましたが、

台所に入ると、いいしれぬ寒気がしたのです。

勝手仕事をしている間も後ろに人の気配を感じました。

台所に隣接して洗面所がありましたが、そこも台所と同じ様に空気が重く、下を向いた瞬間に目の前にあ

る鏡に黒い影がよぎるのを感じたのです。

最初は母が通ったのかと思い、あえて気にしないようにしていたのですが、振り返ってもそこに母の姿は

なく、その都度ザワッっとするのです。

その話を母にした所、“何か”がいるのは最初から感じていたらしいのですが、私が怖がると思って言わ

なかったというのです。

その借家は、北海道から越してくる為に書面上で契約したもので、“何か”の存在に気付いたからとすぐ

に越す訳にもいかず、それから1年近く住み続ける事になりました。

そこで私は初めて「金縛り」なるものを体験したのです。

南側の襖を挟んで二間続きの部屋に私と母はそれぞれ寝ていましたが、その晩は中々眠れず、襖越しにお

しゃべりをしていました。

その最中に、豆電球の明かりがフワーッっと急に明るくなり、天井の右上の方から白装束の老人が私の方

にゆっくり近づいてきたのです。

咄嗟に「金縛り」だと思いましたが、息苦しくなり、身動きができません。

目だけはしっかりと開いているので、何回も何回も瞬きをし、搾り出した声で母を呼びました。

それはもう怖くて怖くて、家中の明かりを全部付けてもらいましたが、再び横になると同じ事の繰り返し

なのです。

「また来る〜〜〜!!」

大声で振り払おうとしても振り払えず、蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れなくなります。




この部屋を借りた人は最長で3〜4ヶ月、大半の人はあっという間に越していったと、後に上階の人から

聞きましたが、私にはあの体験が「睡眠マヒ」だけによるものだとは未だに信じきれず、何か得体の知れ

ない力を感じています。

……あの借家を出た以降は、ただの一度も「金縛り」にあったことがありませんから……。

先輩の恐怖

私が通っていた高校は私立の女子高でしたが…

当時の私は真面目の上に馬鹿が付くくらいで、曲がった事が大嫌いな、融通の利かない女の子でした。

入学して間も無く学園祭があり、私は生徒会の手伝いで、校舎の入り口で招待客や他校生の為の受付をや

っていました。

そこへ同校の学生が一人、土足で校舎内に入って来たのです。

「土足厳禁ですよ!」と、声を掛けたものの、彼女は全くの無視。

校内規定でもあり、当然張り紙もしてあったので、

「ちょっと、字が読めないの!!」と、今度は少し声を荒げました。

すると彼女はくるっと振り返り、私を睨み付け…

「うるせ〜な〜!! 勝手だろ〜が〜!!」

更に行こうとする彼女に対し、私はついに堪忍袋の緒が切れて…

追いかけてセーラー服の裾を引っ張り、下駄箱まで無理やり引き戻しました。

その後も彼女はグチグチとわめき散らしていましたが、後に引かない私に最後は降参したので。

その彼女が自分よりも2学年上の上級生だったと知ったのは、学園祭が終わって1週間も経ってからの

事でした。

昼食のお弁当を級友達と楽しく食べていた時、急に廊下側の生徒達がざわめきだしたのです。

何事かと見てみると、廊下には見慣れぬ数人の生徒が来ており、廊下側の席の同級生の一人が私の方に

向かって指をさしていたのです。

私の席は廊下とは反対の窓際だったので、その指の先の対象が自分だという事は直ぐに解かりました。

「あんた、校舎裏まで顔かしてくんない!! 放課後待ってるからさ〜!」

見慣れぬ生徒の一人がツカツカと私の前にやって来て発した言葉に、私は呆然としました。

「あの人、番長グループの一人だよ…。」

そう同級生に教えられても、私は何故そんな輩に呼び出しを掛けられるのか、その時点では知るよしもな

く、当時校内では、生徒が校舎裏で殴られたなどと噂が飛び交っていたのですが、それが我が身に降り掛

かろうとは、思ってもいませんでした。

理解ができぬ儘、しかし逃げるわけにもいかず、放課後、私は意を決して校舎裏まで出向きました。

待っていたのは、当時のスケ番と言ったら定番であるロングスカートに丈の短いセーラー服姿の、見るか

らに悪そうな6人組でした。

「お前さ〜、一年坊主のくせに突っ張ってんじゃね〜よ!!」

番長らしき者の言葉に、

「べつに突っ張ってなんかいませんけれど!?」

そう答えた私の顔はおそらく恐怖で突っ張っていたと思うのですが…

「はぁ! こいつに大層な口叩いたんだろうが〜!!」

番長の口調が更に強くなりました。

その時私は、後方に隠れるようにしていた一人の顔に目が留まりました。

見覚えのある顔、そう、学園祭の時の彼女です。

その後私は、番長に何をどう話したのかはっきり覚えていませんが、殴られるのを覚悟しながら、自分

の正当性を延々とまくし立てた気がします。

「あんた度胸がいいね〜! うちらのグループに入んねぇ〜?!」

それが番長の最後の言葉でした。

勿論、きっぱりとお断りをして、それ以降二度と勧誘される事は無かったのですが、正直なところ、腰が

抜けるほど怖かったです。

今にしてみると、当時の番長はものわかりが良く、中々粋であったと思うのですが…。

これも良い経験だったと、懐かしく思い出されます。

蜘蛛と羽蟻の借家に越して来た日の事です。

一応小さいながらもタイル張りの風呂が付いていたのですが、あまりの汚さにリフォームしようと思い、

水性ペイントを用意して作業開始と意気込みだけは良かったのですが、前の人が洗い場にブロックを積ん

で洗濯機を置いていたらしく、そのブロックと朽ち果てたスノコの残骸を取り除いた途端、思わず身震い

がしました。

その下に居たのは、2〜30匹のナメクジで、湯を流す所に生息するはずもなく、おそらく、前の住人が

出て行ってから数ヶ月経っていたのでしょう!!

都心からは少し離れていたものの、一軒家で通勤に便利な格安物件だったので(今から20年程前です

が、月5万5千円でした。)不動産屋まかせで見に行かなかった私も悪いのですが、泣きそうでした。

ただ、大家さんがとても優しい人で、2年後に出て行く時にも「あなたのような人だったら、ずっと居て

ほしかった」と言ってくれました。

今思うと笑い話になってしまいますが、あれほど大量のナメクジを見たのも生れて始めての事で、私の

恐怖体験の一つとなっています。

羽蟻の恐怖

蜘蛛事件の1年後、同じ借家でおこった事です。

その日も明け方近くまで帳簿付けをしていました。

時折、車が通る音がかすかに聞こえるくらいで、本当に静かな夜でした。

帳簿付けも終わり、そろそろ寝ようかと思った矢先、ガサガサと何やらうごめく音が耳に入ってきました。

蜘蛛の一件もあったのでビクビクしながら部屋中を探索しましたが、部屋の中に異常は全くありませんでした。

ホット胸をなでおろしながらも鳴り止まないその音が気になり、野良猫でも来ているのかとカーテンを開

けた途端、私は卒倒しそうでした。

窓にビッシリと隙間無く何か張り付いてうごめいていたのです。

まだ外が暗かったので、最初はその正体が何なのか全く解からず、仕方なく網戸のある方のガラスを少し

開けてみました。

そこから飛び出したのは2センチほどの羽蟻で、一瞬の内に何十羽も入って来ました。

隣室に逃げ込み、その部屋の2面にある窓のカーテンも開けて見ると、そこも同じ様に真っ黒な塊がうごめいていました。

そうなると玄関から出る勇気もなく、かといって何もせずにいる訳にもいかず、パニックに陥りながらも

私は無い頭で必死に考えました。

その結果、掃除機で吸い込むしか無い事に気が付き、それから5〜6時間羽蟻と闘い、最後は畳まではが

して、ようやく女王蟻を見つけ成敗しました。

掃除機の中の羽蟻の死骸を何回も捨てては吸い、終わった時にはバケツ一杯ほどの死骸の山ができました。

これが、羽蟻の巣別れの恐ろしさをまざまざと見せ付けられた、私の恐怖の体験です。

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