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滋賀県でのラジオ終わり、近畿に台風が接近していた。
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こんにちは、ゲストさん
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朝方、誰もいない狭いコインランドリーにて、巨大な乾燥機に入れた布団がぐるぐると廻るのを、無心で眺めていた。自販機にはまだ冷たい飲み物はなく、小銭を作るために無理やり買ったホットの缶珈琲をポケットに入れて、乾燥の終了時間までひた廻る布団を無心で眺めて時間を潰していた。
朝飯を食べずに出てきてしまったが、治安の良くない地域だから、誰かに冬物の布団が盗まれないか不安で、朝飯も食べず、廻る布団をじっと見張るように眺めていた。しばらくして乾燥が終わったが、布団がまだ少しだけ湿っていたので、僕は100円を入れて、乾燥時間を10分だけ追加した。 3日前、自分たちのバンドの持ち曲を数曲してもいいと言われたので、有馬のスーパー銭湯の座敷のレストルームでカラオケ大会のバックバンドをやることにした。 有馬駅で待ち合わせたベースの男とドラムの女が時間差でやってくるが、この二人がこっそり付き合っていることに僕は気がついている。が、気づいてないふりをしてあげている。 当然、自分たちの持ち曲なんて誰も聞いてくれない。しつけのなっていない子供達が奇声をあげ、座布団を放り投げ座敷を駆け回っていたことにも気づかないふりを決め込んだ。 演奏が終わり、カラオケ大会がはじまるとようやく数人がぱらぱらと集まってきて、そのうちの一人が僕に、奥田民生から音楽の才能を抜いたみたいな顔してはりますね、と言ってきた。 もしかしたら遠まわしに、あなた音楽の才能ないですねと言いたかったのかもしれない。奥田民生から音楽の才能を抜いてしまえば、そこに残るのはただの髭でタレ目の中年だからである。 僕は特に言い返さず、へらへらと、カラオケの曲はなににしますか、と聞いた。 その男は、長崎は今日も雨だった、と言った。 大阪の浪速区も雨が降っていた。乾燥終了まで残すところ5分。僕はどうして、そんな嫌なことを言ってきた男の為に、長崎は今日も雨だった、を演奏をしなければいけなかったのか、を少し考えてみる。僕は奥田民生から音楽の才能を抜いたような人間だったのか。 いっそのこと、僕が奥田民生から音楽の才能を抜いた髭でタレ目の中年だったのだともっと早い段階で教えて欲しかった。さもなければ間違って10年も勘違いしてバンドを続けなかった。 この10年間、特になにもなかった。売れるバンドならメジャーデビューして方向性の違いで解散ぐらいまでやってのける期間であるがそんな事はひとつもなかった。なぜなら僕には方向性なんて最初からなかったからだ。もしかしたら、才能がないことすら、気づかないふりをしていたのかもしれない。 乾燥が終わるまで残り4分、狭いコインランドリー内にあるパイプ椅子に座って、この数日で起きたことを反芻してみる。 二日前のこと。僕はいつも出かけに家の鍵を部屋のどこかになくしていて、部屋中を探していると、さっき浴びたシャワーの意味がなくなるほど、油田のごとく汗が湧き出る。 スポーツのあとに流れるような爽やかな滴りではなく、普段粗悪な油ものばかり食べているせいで皮膚が赤く荒れてめばちこになりそうなほどぬめりのある汗だ。布団にはよだれが染み付いていて洗ってない犬のような匂いがした。 脱ぎっぱなしにしていたアウターの胸ポケットに鍵を見つけて、靴も履きかけのまま急いで扉を閉めバイトへ向かう。はたしてこの日当たりと風通しの悪い1Kの部屋に、こんなにも汗をかいてまで鍵を探し出し、泥棒に盗られたくないような大切なものがあったのか疑問である。 いつも終電間近に僕のバイトははじまる。東大阪の高速のパーキングエリアで軽食を提供する時給1020円のバイトだ。 バイト先まで向かう際、電車の乗り換えがうまくできず、まだ乗り慣れていないJRの掲示板の不親切さのせいにする。僕はあらゆる物事の仕組みがわかってない。自分の頭が足りてないのは百も承知で、とりあえず内回りか外回りか、一か八か出発寸前の電車へ飛び乗り、またその二択をはずしてしまう。 せっかく売れないバンドマンをしているのに、満員電車に乗ってしまうと損した気分になる。 世間とのトーンの相違に面喰らってしまう。すし詰めのような車内で、社会的地位に気づかされてしまう。 いかにも銀杏が匂いそうな街路樹の通りを眺め、目的地とは真逆へ走り抜ける通勤特急へ身を預ける。なるべくはやめに停まってくれたらいいと思いながら、900円で買ったニットのカーディガンでは頼りない肌寒さに気づく。季節の変わり目に服装も上手に選べないのかといちいちそんなことを思う。 このパーキングエリアのバイトは、バンドマンの先輩に紹介してもらったバイトだ。その先輩は僕のバイト初日、引き継ぎを速やかに事務的に終わらせると、高速に乗って大阪とは真逆の方向へ車を走らせ、そのまま音楽をやめてしまった。 楽な仕事だと聞いてはいたけれど、夜中の3時頃になると店内に誰もいなくなり、怖いくらい静かだ。僕は狭い厨房のステンレスの机に座って、持ち込んだアコースティックギターを小さな音で練習する。 ドラマチックなことはなにひとつ起こらない僕の人生だけれど、ほんの少しの躍動はあった。乾燥残り時間あと3分。 誰もいないパーキングの厨房で一人、空のラーメン鉢、お箸、に向かって長崎は今日も雨だった、を歌っていた時のこと。 乏しい想像力ながら限界まで目の前にたくさんのお客さんを想像してみる。 スマホにイヤホンを繋ぎ、長崎は今日も雨だった、を検索。ユーチューブで眉間に皺寄せながら歌う前川清さんはとても立派だった。僕はきっとこんな大勢の人達の前で、こんなにも堂々と歌えないだろう。自分で必死に編み出した脳内のお客でさえ緊張してしまっているのだから。映像の前川清に負けないように、一生懸命歌うが、いかんせん声に説得力がない。もちろん僕は長崎へいったことはない。 どれくらい歌った頃だろうか、客席のほうから、すみません、と声がした。か細い喉から必死に絞りだしたような声だった。 原色の緑色の制服を着た女のタクシードライバーだった。女は申し訳なさそうに、カレーうどんの食券をぺんと出してきた。 僕は恥ずかしさで卒倒しそうになりながら、失礼致しました、といって、すぐ準備に取り掛かる。 彼女は僕の歌をどれぐらい聞いただろうか。僕の歌声を聞いてどんなふうに思っただろうか。僕の頬ほど熱くなったレトルトのカレールーをうどんに開けて、出汁で溶かして、女性ドライバーのもとへ持っていき、すぐに厨房へ戻った。 乾燥が終わるまであと2分。 厨房での思わぬ歌披露があったバイト終わりの朝方のこと。帰宅すると部屋の遮光カーテンを限界まで閉めて布団に寝転がった。真っ暗な部屋の一点を見つめていると、気づけば夢を見ていた。僕は夢の中で、奥田民生から音楽の才能を抜いた顔と罵った男からマイクを取り上げ、長崎は今日も雨だったを熱唱していた。お客さんの顔は全員もやがかっていたが、拍手喝采の音だけが鮮明に聞こえた。 乾燥時間残り1分 これはついさっきのこと。ドラムの女からのメール着信のちかちかとしたライトで目を覚ました。妊娠した、という一文だけだった。うろたえつつ、おめでとうバンドはどうしょうか、とまで打って送信を躊躇う。長考しながら携帯とにらめっこしていると、タイミングよくベースの男から電話がかかってきた。 おめでとう、と一言だけ伝えると、ベースの男は驚いたようだったので、付き合ってるん知ってて、と返した。 するとベースの男が、父親俺ちゃう、と悲しげに無理やり笑った。 そうなん、と俺もなるべく冗談っぽく言うと、ベースの男は、なにか言いたげなふうに押し黙ってしまった。 僕はなるべく明るいトーンで、じゃあ解散しよか、とだけ聞いてみた。ベースの男は、少しだけ間をためて、ありがとう、とだけ言って電話を切った。 そのあとドラムの女に、おめでとう、とだけメールで送った。するとドラムの女から、ありがとう、とだけ返信がきた。 10年間のバンド生活は、こんなふうにあっさりと、悲しいくらいに簡単なやりとりだけで終わってしまった。 乾燥が終わるまで残り45秒。 季節は春へ移り変ろうとしている。僕は今、田舎へ帰るまえに厚手の布団を乾燥機にかけている。回転が弱まってきた乾燥機の前に立って、もう音楽をやめよう、としっかり決意すると少しだけ込み上げてくるものがあった。 途端に現実が芋づる式に押し寄せてきたけれど、この感情のつるが切れないよう慎重にひとつづつ、気づかないふりをしてきた物事を大事に掘り起こしていく作業をしていくほうが今の僕にはもう楽なのだ。 この乾燥機の回転が止まったら、僕は田舎へ帰る。そうすればきっと僕にもやっと春がやってくるだろう。徐々に乾燥機のスピードが弱まる。 その時に、コインランドリーの重い扉が開いた。ものすごい量の洗濯物をかかえた女だ。 女は僕の顔をみて、あ、と言った。 どこかで見た顔だけれど僕はどこで会ったのか思い出せない。女は原色の緑色のジャケットを洗濯機に放り込んでいる。 乾燥が終わるまで残り15秒。僕の前へ女がやってきて、100円を差し出した。 長崎は今日も雨だったを聞かせてもらったお礼です、と言う。僕は呆気にとられて動けないでいた。残り時間5秒。4秒、3秒、2秒、女は止まる寸前の乾燥機に100円を入れて、足早にコインランドリーを出て行った。 また布団がものすごい勢いで乾燥機のなかをまわりはじめた。10年を無駄にした僕だけど、この追加された10分の乾燥時間をどうしようか。10分あれば僕は彼女をデートに誘える気がする。僕は意を決した。10分で無理なら、また100円を追加しよう。布団がまだ湿っているかもしれないから。乾燥機の回転は勢いを上げていった。 (終) |
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