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仏像の発生について次の諸点が私の述べたいところである。
1.仏像は部派仏教(小乗仏教)の中から生まれてきたこと、
2.大乗仏教とは仏像の発生と無関係であったこと、
3.中国の受容の段階で、仏像と大乗仏教が結びついたこと、
4.日本では、初めから仏像と仏教は不即不離のものとして受容された、
ことなどである。
仏像は大乗仏教とは関係なく成立した。しかし、大乗仏教は仏像と結びついて初めて豊かな内容をうることができたといえる。仏像なくして、浄土教はもちろん天台も華厳も成り立ち得なかったのではないか。大乗の「空」の世界は仏像であらわされるものではない。仏像を礼拝することは、仏像を実体化するものであり、むしろ「空」に反するものである。
しかし、仏像のイメージを絶対化することなく限りなく相対化していったとき、仏像のイメージは限りなく「空」の世界に近づいてくる。さらには、イメージが「空」の世界に内実を与えるという逆転現象さへ生み出した。密教はそれであるということができる。いわくいいがたい秘密の世界を密教は、マントラや色や曼荼羅や仏像で表した。
密教の段階において仏像と仏教の結びつきは花開いたといえる。
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「密教の段階において仏像と仏教の結びつきは花開いたといえる。」とありますが果たしてそうでしょうか。
仏像を芸術性から捉えると、評価が高い像は日本では白鳳・天平時代のものでしょう。
この時代は密教はありません。
平安に入って密教が流布すると密教仏像や仏画があらわれますが、芸術としてみると非常にレベルは下がります。
法華経を中心とした大乗思想が流布した時代こそ仏教芸術は花開いたのではないかと思います。
2011/6/25(土) 午前 9:37 [ - ]