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アフガニスタン中部の渓谷のバーミヤンに仏教遺跡がある。最近この遺跡の洞窟の一つから大量の仏教古文書が発見された。最古の大乗経典ではないかと期待されている。その中に「波羅蜜」という言葉が見つかったことから、大乗経典であり、しかも二世紀のガンダーラにおいて制作されたことがほぼ特定されている。
二世紀といえばクシャン朝の最盛期。クシャン朝の版図は最盛期には、北のヒンズークシ山脈を越えて中央アジア、さらにはパミール高原・カラコルム山脈をを越えてタリム盆地の西端のカシュガル辺りまで及んでいた。大乗仏教はこの時代のこの地域において興起したといわれる。今回の仏教古文書の発見によってそれが裏付けられたようである。
バーミヤンは、渓谷沿いに開かれた緑の豊かな地域である。玄奘は七世紀にインドへ行く途中ここに立ち寄っている。当時は渓谷が一つの国になっていた。バーミヤンはガンダーラのもっとも西に位置する。仏教の発祥の地のインド北部からはもっとも遠いところになる。大乗仏教の運動はどうやら、当時の広大なインド世界の辺境で根付いたようである。
仏像がこの時代にガンダーラ、あるいはマトゥーラで作られ始めた。壮大な寺院やストゥーパ(塔)もクシャン帝国のあちこちに建立された。壮大な寺院の建立は東西貿易を支えた交易商人の寄進に支えられた。仏教はその成立において土着の宗教から切り離され、しかも平等を強く意識していた。それはカースト制度の否定であり、民族差別の否定であった。
新興の交易商人の多くが仏教の信者になったのではないか。また、ゾロアスター経から仏教に移った商人もいたと思われる。ゾロアスター教は運命について決定論的なところがある。現世でのいかなる努力にも関わらず死後の運命はきまっているというのだ。カースト制度も商人の自由な活動を妨げる。新興商人たちは努力が報いられることを知っていた。現世の行いが現世の自己の運命、そして来世の運命を変えてゆくのだという仏教は彼らに受け入れられた。
新興商人たちに受け入れられることによって仏教も変質したことは容易に想像できる。大衆化あるいは世俗化が起こったのではないか。寄進が盛んになって僧院内部の静謐がたもたれなくなったのではないか。ガンダーラの中心部、例えばペシャワールの付近の遺跡からは大乗仏教の痕跡は出てきていない。逆に、西端の地のバーミアンやガンダーラの北辺のカラコルム山脈の中の遺跡から法華経の経典が発見されている。
俗化と喧騒を避け辺境の山間部に修行の場を求めた。彼らの目指したものは、仏教の出発点に還ることであった。瞑想を重ね、そこでの超常経験が大乗経典のベースになった。これまでは、仏教の大衆化の中から、大乗仏教が興起したとする考え方が多かったのだが、事実は逆ではなかったのか。
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