--41 敦煌・莫高窟

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41-19 敦煌の歴史

■ はじめに

 敦煌は中国西部の甘粛省のもっとも西に位置する都市である。砂漠の中にある。敦煌の周りには多くの石窟が残されている。敦煌市の莫高窟、西千仏洞、安西の楡林窟、東千仏洞などがある。莫高窟に735窟、西千仏洞に22窟、楡林窟に42窟、東千仏洞に7窟など、石窟の数は812窟にもなる。

 敦煌は東西交通の要衝の地で、西へ向かう求法の僧や東の中原に向かう渡来僧の多くは敦煌を経て往来した。


■ 敦煌前史               

・紀元前5世紀 「月氏」支配
・月氏に代わって匈奴が支配
 
・BC129 漢の武帝   匈奴を駆逐し、 「河西四郡」を設置
  以後、河西は開拓進み、オアシス都市が出来る


■ 敦煌の歴史

◇ 草創(366)

・前秦建元2年(366年)沙門楽尊 莫高窟草創

◇ 初期(421〜580)

 匈奴、鮮卑などの北方民族が支配

・420〜439  北涼  五胡十六国
・439〜534 北魏  鮮卑拓跋氏
・535〜557 西魏  北魏 東西に分裂
・557〜580 北周  宇文氏
 
◇ 中期(581〜907)

 漢民族の統一王朝 敦煌石窟の最盛期

・581〜618  隋 漢民族 中国統一 国家的崇仏
・618〜712  初唐  敦煌不安定 629 玄奘 国禁を犯し西へ 644 玄奘 天竺からの帰途   
・712〜781  盛唐 武則天(則天武后)支配
・781〜848  中唐  吐蕃(チベット族)支配  仏教信心
・848〜907  晩唐  漢民族張氏支配  吐蕃を駆逐、再び唐に帰属

◇ 後期(907〜1368)

 シルクロードの衰退(西からイスラム教、海上交通の発展)

・五代十国〜宋  曹氏支配
・西夏    タングート西夏時代 1030年 曹氏壊滅   西夏は仏教を崇拝
・元 モンゴル族支配 1227年 チンギスハ−ン 西夏を攻める


引用・参照
 東山健吾 『敦煌三大石窟』


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