--11 禅観法の確立

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 以下、その他の観仏経典について簡単にみることにしたい。

 まず、『観仏三昧海経』以外の観仏経典は、いずれも一巻のみで品(章)の区別もない短いものである。また、その対象となる仏や菩薩は経典によって異なるが、いずれも当時すでに他の経典などによってかなり知られていたもので、そうした他の経典の知識が前提となっている。はっきりと他の経典の名を挙げて指示している例もある。例えば『観弥勒上生経』では『弥勒下生経』が、『観普賢経』では『法華経」が、『観虚空蔵経』では『決定毘尼経』が言及されている。はっきりと名を挙げていなくても、『観経』は『無量寿経』を、『観薬王薬上経』は『法華経』などを前提としていることは明らかである。

 『観仏三昧海経』でも「雑華」の名によって『華厳経』が言及されているが、これらの短い経典類では、短いだけにそれらの他の経典への依存度が大きく、経典の独立性が弱くなる。しかも、これらの経典においても観仏は「滅罪」と深い関係をもち、『観仏三昧海経』の場合以上に懺悔が重要性をもってくる。

 また、『観仏三昧海経』のように身体の各部分を分けて細かく観察する観法はみられず、称名などの行法との関連も著しい。こうしたところから、かつて香川孝雄氏が指摘したように、これらの経典は当時流行していた仏菩薩の信仰を前提にした宗教儀式、特に懺悔の儀式と密接にかかわるもののように思われる。その中にあって『観無量寿経』は、観仏のみならず、極楽浄土をも含めて、最も体系的に順序だてて観想法を説いている点に大きな特徴が見られる。

 なお、この点と関連して、『観虚空蔵経』や『観薬王薬上経』にみえる三十五仏名あるいは五十三仏 名が注目される。そもそも多仏思想は一つの方向をもつもので 空間的な多方仏の発展以前に時間的な過去七仏の思想があり、後に発展して賢劫千仏などが現れることはすでに述べた。『観仏三昧海経』 の中にも賢劫千仏がみえる。

 こうした多仏を礼拝し、その名を唱えて懺悔し、あるいは功徳を願うという考え方は西域から中国へかけて非常に流行した。その中で三十五仏あるいは五十三仏を説くことはインドでは他にみられないようであり、これらの経典のインド成立が疑われる理由となる。ともあれ、こうした仏名が観仏経典の中にみえることは、観仏思想仏名思想がきわめて密接な関連をもっていることを示すもので観仏経典類を考えるうえで無視できない側面である。

参照・引用
・末木文美士(すえきふみひこ)『浄土仏教の思想』二 観無量寿経・般舟三昧経 p145〜


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