500『新視点の仏教史』から

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11-14 往生と見仏


 成仏に逢仏、見仏を必要とする理由にこのような説明があるのは初めて知った。以下引用である。

■ 往生と化生

 往生(おうじょう)とは、大乗仏教の中の成仏の方法論の一つである。

 現実の仏である釈迦牟尼世尊のいない現在、いかに仏の指導を得て、成仏の保証を得るかと考えたところから希求された。様々な浄土への往生があるが、一般的には阿弥陀仏の浄土とされている極楽への往生を言う。これは極楽往生(ごくらくおうじょう)といわれ、往とは極楽浄土にゆく事、生とは、そこに化生(けしょう)する事で、浄土への化生は蓮華化生という。

 「化生」(けしょう)とは生きものの生まれ方を胎生・卵生・湿生・化生と四種に分けた中の一つ。

 胎生 人間や獣のように母の胎(からだ)から生まれる事
 卵生 鳥類のように卵から生まれる事
 湿生 虫のように湿気の中から生まれるもの
 化生 過去の業(ごう)の力で化成して生まれること。天人など
 
 極楽浄土への往生は、そこに生まれる業の力で化生すると言う。蓮華化生とは極楽浄土の蓮華の中に化生するという意味。


■ 往生の本来の意味

 往生の本来の意味は、仏になり悟りを開くために、仏の国に往き生まれる事である。よって、往生の本義は、ただ極楽浄土に往く事にあるのでなく、仏になる事にある。

 何故仏国土に往生する事が、成仏の方法となるかというと、成仏には、仏の導きと仏による成仏への保証(授記)がなければならないからである。これらのない独自の修行は、阿羅漢(あらかん)や辟支仏(びゃくしぶつ)となる事は出来るが、それらになると二度と仏となる事が出来ない。

 仏教のさとりは無我の証得である。自己の空無なる事を悟るためには、修行している事に「自らが」という立場があってはならない。自我意識が残る限り成仏は不可能とすれば、自我意識の払拭は自己自らでは不可能となる。ここに、成仏に逢仏、見仏を必要とする理由がある。

引用・参照
・フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%80%E7%94%9F

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2007/1/5(金) 午前 2:16 [ あっくん ]


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