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 異質の外来文化や思想を受容するためには、受け入れる側にその外来思想と類似したものが存在しなければならない。中国において仏教の受容を可能ならしめたのは、中国の固有思想としての老荘思想が存在していたからである。仏教思想を老荘思想によって理解した仏教を挌義というが、この挌義の意味を初めて鮮明にしたのは竺法雅(じくほうが)である。

 仏図澄から親しく教えを受けた竺法雅は仏教理解に深く通じていたばかりでなく、外典の教養もあり、外典と仏教とを交互に講義していた。竺法雅は道安や法汰とともに疑問点に至れば解釈を論じ、経典の要点をはっきりさせた。その後、竺法雅は寺を高邑(こうゆう 河北省柏郷県の西北)に建て、僧徒百余人を訓導した。

 竺法雅の教えを聴いている門人たち、それは中国古典の教養をもつ史大夫であったが、彼らは中国古典の素養はあっても仏教の教理はほとんどよく分からなかった。そこで竺法雅は康法朗(こうほうろう)などとともに、仏教の経典のなかで説かれたことがらを中国の古典に書かれたことがらになぞらえてあてはめ、理解ができるようにした。これを挌義というのである。仏典に書かれたものを中国古典に書かれた言葉にあてはめてこれを理解するという挌義のやり方が、中国の古典の中で老荘がもっとも適していたために、老荘に書かれた言葉がより多く用いられるようになったのである。

 ・・・

 道安も初期の時代には中国古典、とくに『老子』の言葉を媒介にして仏典を理解したが(『安般守意経』序)、後には仏典は仏典として正しく理解すべきだとして、挌義を排斥した。しかし、老荘学をもって仏教を理解する方法は広く当時の社会に流行したのであった。

参照・引用
・鎌田茂雄 『新中国仏教史』 大東出版社 p49


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