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『新視点の仏教史』2009年11月刊(績文堂)より

莫高窟の弥勒信仰

■千仏画と上生信仰(p239-240)

 西域の亀茲国(クチャ)の郊外にあるキジル石窟の中心柱窟では、弥勒仏は天井に描かれている。しかも入り口の上部で、内部に入ってから振り返らないと見ることができない位置にある。敦煌の莫高窟の場合は、正面の西壁に、多くの場合、主尊として塑像の形で安置されている。

 この違いは、中国の仏教が出家者と在家者の区別をすることなくスタートしたことによる。キジル石窟のある亀茲国(クチャ)の仏教は小乗(部派)仏教で、出家者と在家者は明確に区別されていた。釈迦はすでに入滅して、いわば過去の仏である。弥勒仏は未来仏であり、その下生は五十六億七千万年後の未来である。現在は無仏の時代である。未来仏である弥勒の下生に備えて禅定の修行をすることの重要性をキジル石窟は自覚させる構造になっている。

 しかし、莫高窟の石窟はこの無仏の時代の空白を埋めようとした当時の民衆の信仰心が反映している。禅定に励むことのできる出家者にとってはともかく、在家者にとっては「無仏の時代」に耐えることは容易ではない。そこで出てきたのが、弥勒仏を主尊とし、礼拝の対象とする莫高窟の石窟である。

 だからといって弥勒仏がそのまま現在仏になるわけではない。その謎を解く鍵は壁画に描かれた「千仏画」に隠されている。莫高窟の石窟には最初期のものから、壁画には千仏画が描かれている。一方、キジル石窟では唐の支配が及んだ七世紀以降の石窟に千仏画が描かれたにすぎない。

 「弥勒と千仏の造形も『上生経』はもとより、『法華経』と関係が深い。「普賢勧発品」には『法華経』を受持し読誦する人は臨終のとき、千仏が手を授けて兜率天上の弥勒菩薩のもとに生まれることができる、と説かれているのである。」
 この「普賢勧発品」の文章は次の通りである。

 もし人あって、受持し、読誦し、その意味を理解したとしましょう。
 この人は命が終わると、千人の仏が手をさし伸べて、怖れず、
 悪しきところに堕ちないようにして、兜率天の弥勒菩薩のところに
 行くでありましょう。
 弥勒菩薩は三十二相があり、大菩薩衆にとりかこまれており、
 百千万億の天女たちを従えていられますが、
 その中に生まれるでありましょう。

 弥勒仏の塑像と千仏画とが組み合わされることによって、在家者にも兜率天への道が開かれたのである。注目すべきは、『法華経』にも弥勒菩薩と兜率天の情景が描写されていることである。上生信仰は『弥勒上生経』が訳出される以前に、すでに『法華経』を通じて広がっていた。莫高窟の弥勒仏は、最初期から上生信仰を反映するものであった。

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