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燃えている

 ブッダは、欲望への執着が苦の原因である、としている。それではその欲望とはいかなるものか。その内容を考える目にその激しさ、執拗さについての仏典に注目していただきたい。

 先ず、愛欲は蔦や根に譬えられる。(スッタ・ニパータ)
334 恣のふるまいをする人には愛執が蔓草のようにはびこる。
335 この世において執著のもとであるこのうずく愛欲のなすがままである人は、もろもろの憂いが増大する。──雨が降ったあとにはビーラナ草がはびこるように。
337 さあ、みんなに告げます。──ここに集まったみなさんに幸あれ。欲望の根を掘れ。
 ここで強調されているのは欲望の執拗さ、根の深さである。

 また、すべての欲望に火がついて燃えているという。
 ブッダが悟りを得たあと、三人のカッサパ兄弟が、千人の弟子をひきつれて、ブッダの弟子となり出家したという有名な出来事がありました。このときブッダの説法が「象頭山の説法」である。

   よく見るがいい。下界は燃えている。
   下界の者たちは感覚的・物質的快楽にふけり、
   三毒の火がついて、おのれの身も心も燃えている。
   彼らを取り巻くものさえ燃えている。
   欲望に火がついて、その火に追い回され、
   背中に火を背負って逃げ回っている。
   目が燃えている。目の欲望が燃えている。
   耳・・・。鼻・・・。舌・・・。身・・・。心・・・。
   人のすべての欲望に火がついて燃えている。
(『雑阿含経』燃焼)

 ブッダが見た欲望はこのように蔦のように執拗で、火がついて燃え上がっていた。一体欲望とは何なのか。

中山元氏は「古代ギリシアに繁栄と没落をもたらした競争原理」において次のように述べる。
 欲望と社会的承認 http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20121204/240545/

 ぼくたちの欲望は他者の欲望するものを欲望するという性質をそなえている。その社会で価値が高く評価されたものであればあるほど、人々の欲望は激しくなるのである。

 ルネ・ジラールは、「欲望は本質的に模倣的である」ことを指摘した。「欲望は手本となる欲望から写し取られ、欲望はその手本と同じ対象を選びとる」のである。人々が欲望するものは、他者が欲望するものであり、「主体は、ライバルがそれを欲望するがゆえに、その対象を欲望するのである」。

 欲望というものは、生理的な欲求とは異なり、他者との関係で初めて成立する。「人間は、自分に欠けていると感じ、他の誰かが備えていると彼にみえるものを、欲望する存在」である。他者が手本となってそれを欲望することで、主体はそれが欲望すべきものであることを学ぶのである。

 狩猟採集社会における欲望は不足や欠如を補うものであった。不足や欠如が補われれば欲望は消える。しかし、農耕社会に至ってからは欲望は変質をはじめた。しかし、農耕社会にあってはその成員は農村共同体の相互扶助のもとにあるとともに共同体の厳しい掟に縛られていた。

 古代インドの場合、農村にあってもその指導層のクシャトリアやバラモンの階層の人々は農業生産力の余剰を手にし共同体の掟からの自由を確保していった。鉄器の普及によって生産力が増大し、農村共同体が規制は一気に緩やかになっていった。欲望の解放が社会全体に及んでいった。ブッダはこの欲求から変質した欲望の存在に気づいた。

 欲望は自らの中から出てくるものではなく、他人との比較から生まれる。したがって充足の基準ははじめからないのである。充足されることない欲望に苛まされる社会、ブッダが目の当たりに見た社会はそのような社会である。「苦の原因は欲望である」というとき、その欲望はこのような欲望であった。

 紀元前12世頃に成立したとされる最初期のヴェーダである『リグ・ヴェーダ』が理想とする人間像は、現世の享楽を楽しみ百歳の長寿を保った後、死の道を発見したヤマの楽園世界において死後、祖霊と楽しく交わるというものである。善人とは逆に悪人は、地底の深部にある暗黒の牢獄に落ちる。

 紀元前8世紀頃に成立したとされる『ジャイミニーヤ・ブラーフマナ』と『シャタパタ・ブラーフマナ』とは「ブリグの地獄遍歴の物語」を伝えている。この世で樹木を切り刻んでいた者、喘き叫ぶ家畜を煮焼きする者、黙して米、麦を煮る者が、あの世において逆に人間の姿を取った相手に切り刻まれて食べられる等という報いを受けるのである。

 それが、『スッタ・ニパータ』という仏教の経典になると、表現は詳細になる。『スッタ・ニパータ』は最初期に分類される経典である。

 667 (地獄に墜ちた者は)、鉄の串を突きさされるところに至り、鋭い刃のある鉄の槍に近づく。さてまた灼熱した鉄丸のような食物を食わされるが、それは、(昔つくった業に)ふさわしい当然なことである。
 668 (地獄の獄卒どもは「捕えよ」「打て」などといって)、誰もやさしいことばをかけることなく、(温顔をもって)向ってくることなく、頼りになってくれない。(地獄に墜ちた者どもは)、敷き拡げられた炭火の上に臥し、あまねく燃え盛る火炎の中に入る。

 669 またそこでは(地獄の獄卒どもは)鉄の網をもって(地獄に墜ちた者どもを)からめとり、鉄槌をもって打つ。さらに真の暗黒である闇に至るが、その闇はあたかも霧のようにひろがっている。
 670 また次に(地獄に堕ちた者どもは)火炎があまねく燃え盛っている鋼製の釜にはいる。火の燃え盛るそれらの釜の中で永いあいだ煮られて、浮き沈みする。

 673 また鋭い剣の葉のついた林があり、(地獄に墜ちた者どもが)その中に入ると、手足を切断される。(地獄の獄卒どもは)鉤を引っかけて舌をとらえ、引っ張りまわし、引っ張り廻しては叩きつける。
 674 また次に(地獄に墜ちた者どもは)、超え難いヴェータラニー河に至る。その河の流れは鋭利な剃刀の刃である。愚かな輩は、悪い事をして罪を犯しては、そこに陥る。
   (第三章 大いなる章 第十節 コーカーリヤ 紅蓮地獄)より引用

 この地獄の様相には「鉄の時代」が色濃く反映されている。ブッダの出た時代は鋼鉄を製造する技術が確立し、鋭い刃の武器や農器具などの鉄器が普及した時代である。人々は都市や農村のあちこちで鍛冶職人が仕事をする風景を日常的に見ていたと思われる。

 この鉄器の急速な普及が作り出した社会が、ウパニシャッドの哲学、六師外道、そしてブッダの登場を促したと考える。

■『遺教経(ゆいきょうぎょう)』
 
 少欲知足は『遺教経(ゆいきょうぎょう)』という経典に説かれています。『遺教経』はブッダが入滅に際して、弟子たちに与える最後の言葉を集めたものといわれています。禅宗では、枕経の一つとして大事にされているようです。

 多欲の人は利を求めること多きが故に、苦悩も亦多し。
 少欲の人は求なく欲なければ、則ち此の患いなし。

 不知足の者は富めりと雖も而も貧し。
 知足の人は貧しと雖も而も富めり。

■ 少欲と無欲

 ブッダの時代の出家者は全てを捨て去ったのではありません。無欲ではなく少欲だったと考えることができます。托鉢の「鉢」と身に纏う「糞掃衣」といわれる袈裟の所持は許されていました。托鉢で得たものは共同生活をしている出家者の間で平等に配分されました。出家者は少欲の生活をし、足を知っていたのです。無欲と少欲とはどのように異なるのか。少欲の意味をもう少し考えなければなりません。

■ 自然的欲求と社会的欲求

 欲は二つの種類に分けられます。自然的欲求(自然の生理に基づくもの)と社会的欲望(社会的に作られるもの)です。例えば幼子が母乳を求めるのは自然欲にあたります。成功者が豪邸を欲するのは社会欲にあたるということができるます。

 ブッダは自然的欲求を否定しません。否定したのは社会的欲求です。ブッダの時代は農業生産が拡大し、都市ができ商工業も発達し、遠隔地間の交易も急速に発達してゆこうとする時代でした。裕福な商人の富は国王やバラモンさへしのぐ勢いだった。彼らはより多くの富を求め、また豪邸に住み奢侈品を求めた。

■ 燃えている

 ブッダは欲の渦巻く当時の社会を見て「燃えている」と表現した。人々の社会的欲望は際限なく肥大し、求めても求めても満足の得られない呻きに満ちていた。このときブッダには欲の変質が見えたのだと思う。その時代新たに登場してきた社会的欲望の存在に気づいた。この社会手欲望に苛まされるのが苦である。

■ ブッダの悟り

 この社会的欲望に対処するにはどうしたらよいのか。単なる禅定だけでは足りなかった。苦行によって押さえ込むこともできない。社会的欲望の存在に気づいたときブッダの悟りは完成した。
 ブッダの悟りの基本には透徹がある。透徹したときブッダには涅槃寂静の世界が訪れた。少欲というのは欲の量の問題ではない。社会的欲望を放棄し、自然的欲求にのみで生きることに意義を見いだすことである。出家者の共同生活の意味はここにある。

チンパンジー レオ

 松沢哲朗先生の『想像するちから』(チンパンジーが教えてくれた人間の心)という本に次のような一節がある。途中を省略してあります。

 「2006年9月26日に、霊長類研究所にいるレオという当時24歳のチンパンジーが、突然、首から下が麻癖した。診断は急性脊髄炎だった。若人たちのボランティアのおかげで、かろうじてレオの命は支えられた。しかし、レオはぜんぜん動けない。ひどい床ずれになる。体重も減った。

 このチンパンジーは、私であれば生きる希望を失うというような状況のなかでも、まったく変わらなかった。めげた様子が全然ない。けつこういたずら好きな子で、人が来ると、口に含んでいた水をピュッと吹きかける、なんてこともする。キャッと言って逃げようものなら、すごくうれしそうだ。

 人間とは何か。「想像する」ということが人間の特徴だと思った。チンパンジーは、「今、ここの世界」に生きている。今ここの世界を生きているから、チンパンジーは絶望しない。「自分はどうなってしまうんだろう」とは考えない。

 それに対して人間は容易に絶望してしまう。でも、絶望するのと同じ能力、その未来を想像するという能力があるから、人間は希望をもてる。人間とは何か。それは想像するちからを駆使して、希望をもてるのが人間だと思う。」

 ブッダはしかし、この想像力の制御が不可能になってしまったところに「苦」の根源があるとみた。ブッダはこの想像力を一度キャンセルしようとした。

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