オノコロ こころ定めて

http://twitter.com/umayado17 神武天皇以来125代づついた天皇の御位を守りましょう
「退位の礼」の正体は

「譲位」禁止
「廃帝」宣告
「剣璽」没収
「儀式」破壊
「伝統」崩壊
「祭祀」無視

マスコミはこの異常事態を伝えません。拡散を!

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皆さん、ご存知ですか?
4月30日の「退位の礼」において、
天皇陛下は「天皇の位」を譲ることを禁止され、
天皇の位の象徴である「剣璽(けんじ)」を
皇太子殿下に引き継ぐことも禁止されています。
「剣璽」はあろうことか政府が奪ってしまうのです。

「剣璽」は神武天皇から伝わる三種の神器(じんぎ)の一部です。

こんなことでいいのでしょうか?

●歴代はどうだったのか?

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歴代の天皇陛下の譲位では、
政権とは関係のない天皇陛下の側近(公家)が
宣命史(せんみょうし)となり、
  「天皇陛下は位を皇太子殿下に譲られます。皆しかと聞け」
と宣言があり、
文武百官が忠誠を誓います。

つづいて、

天皇陛下の手元から新天皇となった皇太子殿下へ
皇位の印である「剣璽」がうやうやしく移され、
そのまま新天皇は「剣璽」とともに臣下をひきつれて御所へ移動なさいます。

このような とどこおりなく皇位が新天皇に引き継がれるという儀式
  「譲位・受禅の儀(じょうい・じゅぜんのぎ)」
を行ってきました。

これらは同日に行われます。
皇位に「すきま」を開けないためです。

●今回は?

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今回は全く違います。

天皇陛下はただ辞めさせられるだけです。
皇位の継承はありません。

まったく異なる「退位の礼」が強行され、
皇室の伝統は完全に破壊されます。

記者会見で、天皇陛下は「譲位」とおおせです。
法令の解釈により、
今回の特例法でも「譲位・受禅の儀(譲位の礼)」を行うことはできます。

しかし、
政府・宮内庁は「退位の礼」において、
「譲位」をかたくなに禁止し、
天皇陛下から新天皇へ「剣璽」が移動することも禁止したのです。

それどころか、
4月30日に「退位の礼」が終わると、
  政府・宮内庁は天皇陛下から「剣璽」を取り上げます。
そして
5月1日に「剣璽継承の儀」という名で、
  天皇陛下からではなく
  何と政府が「剣璽」を新天皇である皇太子殿下に下します。

こんな無礼があっていいのでしょうか?

●こんな「退位の礼」をしてしまったら?

これでは、
4月30日に、
  神武天皇から125代に渡って伝わってきた
  古来の天皇の制度は終わり、
5月1日からは、
  政府が命令して始める
  「新王朝」ができる
のと同じことです。

こんな伝統無視がまかり通るなら、
「女性宮家」だろうが、
「天皇陛下不在」だろうが、
何でもありになることは自明です。

ところが、こんな儀式にしておいて、
安倍内閣総理大臣は自ら天皇陛下に「辞めろ」と宣言し、
天皇陛下に「ありがとう」と言わせるのです。

これが「退位の礼」なのです。

ありえない暴挙です。

●責任者はだれ?

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菅官房⾧官・山本宮内庁⾧官は、
この皇室破壊と伝統破壊の推進の責任者です。

国民による宮内庁・皇室への信頼、
安倍内閣からの信用を逆手にとって、
とんでもない謀反(むほん)を起こしてしまっています。

こんなことがゆるされますか?
我が国の歴史上、ここまで皇室をないがしろにした政権があったでしょうか?

マスコミはこの異常事態を伝えません。
拡散お願いします!


●どうしたらいい?

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今から1250年前 奈良時代に「道鏡事件」という事件が起きました。
宇佐神宮のお告げということで
民間人の「道鏡」に皇位が移りそうになった事件です。

この時は、
和気清麻呂(わけきよまろ)という忠臣が
再度、宇佐神宮のお告げを聞いて天皇に奏上され、
2度目のお告げから2か月で道鏡への譲位が撤回され、
結果として皇位が守られました。

2か月で、奇跡はおこったのです。


あきらめずに、情報を拡散して下さい。
そして、神社や、マスコミや、地方議員や、国会議員に伝えてください。


4/30 「退位の礼」中止
5/ 1 「譲位の礼/剣璽継承」を




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明治皇室典範はわが国の皇室の不文法を成文化したものです。
明治憲法と同格の最高法規でした。
現在の皇室典範は単なる法令となり憲法の下にあります。
内容は、明治皇室典範の劣化コピーで、
皇族会議から皇族を追放して「皇室会議」とするなど不敬な内容です。

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明治皇室典範は、
皇室の家法です。
皇室内の不文法を明文化したものです。
憲法と同格でした。

天皇・皇室と政府・国民の間に相互に信頼感があります。
互いに干渉せず自治し、国家全体を天皇が「みる(総覧)」という役割分担です。
元首としての天皇は憲法に服します。
皇族の長としての天皇は皇室典範に服します。


しかし、戦後の皇室典範は違います。
皇室典範は一般法に格下げされ、国民が皇族に命令するものになりました。
皇室財産を取り上げ、お金の力で皇族に命令しています。
宮中では、宮内官僚が政教分離や皇族の発言を監視しています。

日本国憲法も皇室典範も古来の慣習と共産思想が混在しています。
2001年以降、古来の慣習を破壊し共産思想で皇室を蹂躙する動きが活発化しています。

古来の慣習は どうでもいい
国民の命令に従え! 
平等だ・政教分離だ 
金は渡さん 
言うことを聞かないならリークして糾弾してやる 

こんな運用でいいんでしょうか?
どうしてこんなことになるのでしょうか?
これは、国民が分不相応な権限をもっているからです。

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こんなことでいいのでしょうか?
いつまで「占領体制」を引きずるのでしょう?

皇室典範も
皇室会議も
宮内庁も

国民が管理すべきではありません。
天皇陛下に奉還しましょう。

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戦前の宮内省は政府とは独立した皇室を守る機関でした。
指揮権は天皇陛下にありました。
戦後の宮内庁は内閣総理大臣・官房長官の下にあります。
外から皇室を監視し皇族に命令する機関です。

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戦前の宮内省は、政府・内閣から独立した組織でした。

宮内大臣は内閣の構成に含まれず、
宮中と府中(内閣)とが明確に分けられていました。
宮内省は、皇室令である「宮内省官制」(大正10年皇室令第7号全面改正)に
基づいて設置されていました。
採用についても、宮内官任用令(明治40年皇室令第14号)という
独自の基準がありました。
予算は、国庫常用部から定額の予算が交付され、
皇室財産も含めて独自の管理を行っていました。
決算も帝室会計審査局で行うことができ、
会計検査院のチェックの必要がありませんでした。

これらは、宮中への政治の干渉を排除すると同時に、
宮中による政治への干渉を防いでいました。
これを「宮中・府中の別」といいます。

占領軍は、天皇に関して
  ①天皇の政治権力を剥奪し、内閣のコントロール下に置く
  ②皇室財産を解体し、国会の議決した予算で天皇・皇族が活動
  ③天皇と神道を分離する
という方針で 「宮中・府中の別」 を破壊してしまいました。

宮内省は、内閣の下にある一般官庁「宮内庁」に再編されてしまいました。

現在の宮内庁は、政府・内閣の下部組織に過ぎません。
各省庁の出向者が勤務しており、たんなる役所です。
公家がおられるわけでもありません。
「庁」ですので独自の予算権がなく、予算はすべて内閣官房の決済です。

政府・内閣は、いつでも宮内庁に介入可能です。
以前の自民党政権は干渉してきませんでしたが、現在はそうではありません。
特に2001年以降、宮内庁は積極的に伝統を破壊する方向に動いています。

逆に、天皇陛下や皇族方にはそれに抗弁する方法がありません。
陛下や皇族方の発言はすべて宮内庁が管理しています。
「言いたいこと」を言っておられるのではなく、
「言わされている」という実態があります。

宮中の祭祀も縮小されて行っています。
特に崩御・即位などの行事は臨時の行事です。
この予算を内閣官房に通す際にさまざまな干渉を受けます。
また、宮内庁職員は国家公務員であるとして、
政教分離を盾に祭祀を拒否しています。


こんなひどいことを平気で行うのは、
我々国民が分不相応な権限を持っているからです。

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こんなことでいいのでしょうか?
いつまで「占領体制」を引きずるのでしょう?

皇室典範も
皇室会議も
宮内庁も

国民が管理すべきではありません。
天皇陛下に奉還しましょう。

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歴代の天皇の「譲位」では同日に「受禅」が行われ、
前天皇と新天皇の在位期間は1日重なっていました。
しかし、今回の今上天皇の「退位の礼」では、
今上天皇と新天皇の在位期間に、
まったく重なりがありません。

こんなことでいいのでしょうか?

表 歴史上の譲位・受禅と今回の「退位・即位」の違い
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こんなひどいことを平気で行うのは、
我々国民が分不相応な権限を持っているからです。

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こんなことでいいのでしょうか?
いつまで「占領体制」を引きずるのでしょう?

皇室典範も
皇室会議も
宮内庁も

国民が管理すべきではありません。
天皇陛下に奉還しましょう。




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かつて皇室は「九重」の垣根で守られていた。
占領中に壊され、今や丸裸で、
天皇制廃止勢力が攻撃し放題。

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戦前の皇室は、様々な制度によって守られていました。
憲法によっても、皇室典範を筆頭とする宮務法令によっても。
旧宮家によっても、公家や大名によっても。
宮内省もあり、貴族院があり、学習院もありました。
豊富な皇室財産があり、予算も独立していました。
国民は、教育勅語や不敬罪などにより皇室を守っていました。
そして、最精鋭の近衛師団があり、皇居には防空壕もありました。

いまはどうでしょうか?
憲法は無茶苦茶になり、宮務法体系はなくなりました。
旧宮家も、公家もいなくなりました。
宮内庁は皇室に命令する役所にかわり、皇室を監視しています。
皇室財産はなくなり、予算は極めて乏しいまま据え置かれています。
国民は、皇室を知ることができなくなり、不敬罪はなくなりました。
そして、皇居はただ皇宮警察に守られるだけの丸裸です。

いま、皇室は丸裸で、攻撃にさらされています。

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こんなことでいいのでしょうか?
いつまで「占領体制」を引きずるのでしょう?

皇室典範も
皇室会議も
宮内庁も

国民が管理すべきではありません。
天皇陛下に奉還しましょう。


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