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http://twitter.com/umayado17 神武天皇以来125代づついた天皇の御位を守りましょう

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政府・宮内庁は、皇位継承に「スキマ」を設けないとの、
絶対的な慣習を破壊し、
退位と即位の間に「24時間の断絶」を持ち込んでいます。

本記事は過去の譲位において「スキマ」がないことを示します。
4月30日の「退位の礼」は断じて認めてはなりません。

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なぜなら、このスキマは、天皇制廃止勢力に付け入るスキを与えるからです。
廃止勢力は、「神武天皇からの125代の天皇制は今上天皇の退位により終了し、
新天皇は歴史と関係のない単なる "象徴さま" に過ぎない」と学説を確立します。

これでは政府・宮内庁は
天皇に弓を弾く 「朝敵」 となってしまいます。

ああ、人生こわい、こわい
側近が騙してるんですから!

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最後の平成のお正月シリーズとして、
をスタートいたしました。

この記事は、
  平成の「退位」5大疑問の4
    退位と即位の間に24時間のスキマがあるのはおかしい
についてです。

今回は、とりわけ、歴史上に行われた「譲位」において、
皇位継承の「スキマ」がないことを示します。
また、それを踏みにじって今回 政府・宮内庁が 
「24時間の 断絶の スキマ」 を導入し、
天皇制破壊・廃止勢力に加担していることを示したいと思います。

4.退位と即位の間に24時間のスキマがあるのはおかしい
  内閣府・宮内庁による儀式破壊の問題2

 今上天皇は、現行憲法下で即位された。昭和天皇が崩御されたのは、昭和64(1989)年1月7日午前6時33分その瞬間に皇太子明仁親王殿下は天皇となられた。つづいて、皇位の印である「三種の神器」などが、新天皇に渡る「剣璽等継承の儀(伝統的には、剣璽渡御 けんじとぎょ)」が行われた。崩御当日の1月7日午前10時である。午後2時過ぎに、新天皇は新元号「平成」の政令に署名された。平成が始まったのは翌日1月8日からである。

 歴代の「譲位」においては、「譲位の宣命(せんみょう、天皇のみことのりを読み上げて宣言すること)があり、その瞬間に皇太子が天皇になられる。「譲位の宣命」とは、現天皇と皇太子が同席される場で、「現天皇から皇太子に皇位が譲られた」との宣言をする儀式である。この宣命の瞬間に皇位が移るのである。最後の「譲位」があった江戸時代の光格天皇の時も同様であった。この宣命の後、引き続いて剣璽渡御(けんじとぎょ)があり、皇位の印が新天皇に移される。

 ここで知るべきは、剣璽(三種の神器など)が移って初めて新天皇となるのではなく「譲位の宣命」の瞬間に新天皇が誕生していることである。崩御の瞬間に新天皇が誕生するのと同じである。譲位の宣命の儀式では、皇太子は特別の席におられ、文武百官の前で皇位を受けられる。

 しかし、今回の「退位」では、4月30日の「退位の礼」で天皇陛下が「退位」を宣言されるが、「皇位が皇太子殿下に継承された」という宣言は一切ない。皇太子は大勢と一緒におられるだけだ。剣璽も移動しない。誰も皇位を継承しない「退位の宣言」がある。そして、翌5月1日に「剣璽等継承の儀」が行われる。その際に、現天皇陛下はおられない。つまり、「退位の宣言」の瞬間に「皇位は空位」となる。そして、24時間後、皇太子が即位されるのである。

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 このようなスキマは、天皇制廃止勢力とって格好の付け入るスキとなる。廃止勢力は、「神武天皇からの125代の天皇制は今上天皇の退位により終了した」と法理論を構築する。「新天皇は歴史と関係のない単なる "象徴さま" に過ぎない」と学説を確立する。4月30日で、伝統的な天皇制が終わった」という儀式、「退位の礼」は必ずこのように悪用される。

 政府・宮内庁は、歴代の継承において「スキマ」が生じない儀式であったことを知っている。宮内庁が作った公文書「歴史上の実例」(平成30年2月20日付)に、そう書いてあるからだ。彼らは昭和天皇崩御の際の継承も、歴代の「譲位」も知っている。その上で、あえて皇位継承を破壊しようとしているのだ。「法令テロリスト」の頭目である菅官房長官「儀式テロリスト」の頭目である山本宮内庁長官は、直ちに責任をとって辞職すべきである。

解説

皇室典範の第4条には、
  「天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する。」
とあり、
今上天皇は昭和天皇が亡くなられた瞬間に即位されました。

「退位特例法」の第2条には、
  「天皇は、この法律の施行の日限り、退位し、皇嗣が、直ちに即位する。」
とあります。
しかし、政府はこの「直ちに」解釈を勝手に変えてしまっています。

天皇陛下が「退位の礼」で退位されても、
皇太子殿下は、即位されません
翌日「剣璽等継承の儀」が行われるまで、
皇位は24時間「空位」となります。
これがどれだけ異常なことなのかを歴代の事例に即してお話します。

昭和天皇から今上天皇へ

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昭和64年1月7日 西日本新聞・夕刊
「天皇陛下崩御」とともに、「皇太子殿下が即位」「新元号”平成”あす施行」とある

昭和天皇が崩御されて、
今上天皇が即位された流れを見てみましょう。

今から30年前の話です。
当時連日天皇陛下の容態報道があり社会的関心は高かったです。
当日私はスキー場におり、
朝急に目が覚めてテレビをつけたところ、
ほどなくして、天皇陛下崩御の特別放送が始まりました。

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流れは次の通りです。

昭和64年1月7日 
 午前06:33 昭和崩御 同時に、皇太子明仁親王殿下即位(践祚、せんそ)
 午前10:00 剣璽等継承の儀
 午後02:00過 新天皇が元号改元の政令に署名
 午後02:36 官房長官により新元号発表
平成元年1月8日 新元号施行
平成元年1月9日 即位後朝見の儀
平成元年2月24日 大喪の礼
平成2年11月12日 即位の礼
平成2年11月22日 大嘗祭(だいじょうさい)

まとめるとこうなります。

表1 昭和から平成における皇位継承
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昭和天皇が亡くなった瞬間に、
皇太子殿下が新天皇に即位(践祚、せんそ)されています。
そして、速やかに剣璽などが新天皇のもとに渡されています。
一瞬のスキもありません。

崩御の直後ですから、現場はてんやわんやです。
そんな状況においても、崩御からわずか3時間半で剣璽まで移動したのです。
これは歴代の天皇も、為政者も、
皇位が「空位」とならないよう細心の注意で皇位継承を行ってきており、
それに準じて儀式を行ったからです。

平成が1月8日に始まったため、
天皇陛下は1月8日に「即位」されたと思われるかもしれません。
そうではありません。
先の天皇が崩御された瞬間に「即位」されます。
ですから、天皇陛下の在位期間は昭和64年1月7日からなのです。

歴史上の「譲位」

宮中の儀式については、
歴史上何度か、儀式書がまとめられています。

その中でも重要な文書は、
  貞観儀式 (じょうがんぎしき、平安時代、875年ごろ)
  西宮記 (せいきゅうき、平安時代、930から70年ごろ)
  北山抄 (ほくざんしょう、平安時代、1010年ごろ)
  江家次第 (ごうけしだい、平安時代、1110年ごろ)
  代始和抄 (だいはじめわしょう、室町時代、1470年ごろか)
です。

これらの「譲位」の儀式の部分をみてみましょう。
特に、どのタイミングで、現天皇「先天皇・旧天皇」となり、
皇太子「新天皇・今上」となるのかを中心に見てゆきます。

貞観儀式 (じょうがんぎしき、平安時代、875年ごろ)

貞観儀式(じょうがんぎしき)は、
平安時代前期の貞観年間に編纂された儀式書です。
その中の「譲国儀」というのが「譲位」に関する部分です。

前半は、天皇が上皇の御所へ移動されること、
儀式会場となる内裏(だいり、紫宸殿、ししんでん)の警備を強化すること、
そして、会場の準備と譲位の宣命(せんみょう)の準備。
宣命の準備が整い、みなが所定の場所につく、
天皇は紫宸殿中央の御簾の奥におられ、
その前に皇太子がいらっしゃる。
宣命使が進み出ると、皇太子がご起立になる。

そして、宣命が読み上げられる。
それに対して、臣下が拝礼(拝舞)をして承る。

臣下が会場を去り、
新天皇となられた皇太子は、
前天皇の前で拝礼(拝舞)をされる。

その後、ひきつづいて剣璽が渡御される。


この宣命の前後で、表現が変わっているのがわかりますか?
宣命の前では、「皇太子」となっていましたが、
宣命の後から、「今帝・今上」となっています。

西宮記 (せいきゅうき、平安時代、930から970年ごろ)

西宮記(さいきゅうき/せいきゅうき/さいぐうき)は、
平安時代に源高明によって撰述された有職故実・儀式書です。
「譲位」についての部分は、写本によっては欠落しています。
示すものは、『神道大系 朝儀祭祀編 2 西宮記』からと思われます。
宮城学院女子大学の鈴木琢郎さんがデジタル化されたものです。


流れは儀式当日のもの。
会場の準備と譲位の宣命(せんみょう)の準備から始まる。
もろもろの準備が整うと

宣命が読み上げられる。
それに対して、臣下が拝礼(拝舞)をして承る。

臣下が会場を去り、
新天皇となられた皇太子は、
前天皇の前で拝礼(拝舞)をされる。

その後、ひきつづいて剣璽が渡御される。
その後の行事についても述べられている。


この西宮記においても、この宣命の前後で、表現が変わっています。
宣命の前では、「天皇」「太子」となっていましたが、
宣命の後から、「前帝・先帝」「新帝・今上」となっています。

北山抄 (ほくざんしょう、平安時代、1010年ごろ)

北山抄は、平安時代中期に成立した私撰の儀式書です
編集者は、藤原公任(ふじわら の きんとう)です。
この中の巻5に「践祚抄(せんそしょう)」があり、
天皇の譲位・践祚・即位関連がまとめられています。

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北山抄 (神道体系朝儀祭祀編3より)

儀式会場となる内裏(だいり、紫宸殿、ししんでん)の警備を強化するところから始まる。
そして、会場の準備と譲位の宣命(せんみょう)の準備。
もろもろの準備がととのうと、

宣命が読み上げられる。
それに対して、臣下が拝礼(拝舞)をして承る。

臣下が会場を去り、
新天皇となられた皇太子は、
前天皇の前で拝礼(拝舞)をされる。

その後、ひきつづいて剣璽が渡御される。
その後の儀式についても述べられている。


この北山抄においても、この宣命の前後で、表現が変わっています。
宣命の前では、「天皇」「皇太子」となっていましたが、
宣命の後から、「旧主」「今上・新帝」となっています。

江家次第 (ごうけしだい、平安時代、1110年ごろ)

江家次第(ごうけしだい)は、平安時代後期の有職故実書です。
著者は大江匡房。
全21巻(現存は19巻)。
この時代の朝儀の集大成として評価が高いものです。
巻14が臨時の朝儀で、その中の「践祚」の中に「譲位」のまとめがあります。

前半は、譲位される皇太子が幼い時の儀式です。
今回は関係ありませんので省略します。
後半からが、通常の「譲位」の儀式になります。

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江家次第 (神道体系朝儀祭祀編4 pp.626-629より)

儀式会場となる内裏(だいり、紫宸殿、ししんでん)の警備を強化することからはじまり、
そして、会場の準備と譲位の宣命(せんみょう)の準備。
宣命の準備が整い、みなが所定の場所につく、
天皇は紫宸殿中央の御簾の奥におられ、
そのそばに神璽と宝剣をたずさえた女官がいる。
その前に皇太子がいらっしゃる。
宣命使が進み出る。
大臣たちは紫宸殿の階段を下りて南庭の所定の場所につく。
皇太子がご起立になる。

そして、宣命が読み上げられる。
それに対して、大臣以下みなが拝礼(拝舞)をして承る。

大臣以下みなが会場を去り、
新天皇となられた皇太子は、
前天皇の前で拝礼(拝舞)をされる。

その後、ひきつづいて剣璽が渡御される。
その後の儀式についても述べられている。


この江家次第においても、この宣命の前後で、表現が変わりました。
宣命の前では、「天皇」「太子」となっていましたが、
宣命の後から、「前帝・先帝」「新帝・今上」となっています。

代始和抄 (だいはじめわしょう、室町時代、1470年ごろか)

代始和抄 (だいはじめわしょう)は、室町時代中期の公卿である
一条兼良(いちじょう かねよし)が編纂した有職故実の儀式書。
当時の人々から、「日本無双の才人」と評さた人物でした。
応仁の乱によって大混乱に陥った朝廷の存続・再興に大きな役割をはたしました。
四方拝の再興は彼の尽力なくてはなされなかったと言われています。

代始和抄は漢文でなく、和文で書かれていますので、
読みやすいです。

最初に、父子でない場合の譲位について述べられます。
次に、皇太子が幼い時の場合について述べられます。

そこから譲位の儀式の一連の流れが、
  「警固(警護)固関」
  「節会宣制(譲位の儀式)」
  「剣璽渡御」
  「新主の御所の儀式等」
だと述べられ、
「これは毎度のことなり」と書かれています。

次に、「警固(警護)固関」という、
京のまわりの関所の封鎖の意義が述べられます。
国ゆずりは天下の重要事なので、
非常事態が起きないようにいましめるのだ、ということです。
昔、譲位儀式の時に蝦夷の乱入が企てられたことがあったそうです。

「スキ」を与えないということですね。

「警固(警護)固関」の詳細は省略して、
譲位の儀式の本体のほうに参ります。

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代始和抄 (群書類従 巻464 pp.341-345)

流れは同じです。

会場の準備と譲位の宣命(せんみょう)の準備。
もろもろの準備がととのうと、

宣命が読み上げられる。
それに対して、臣下が拝礼(拝舞)をして承る。

臣下が会場を去る。

(新天皇となられた皇太子は、
前天皇の前で拝礼(拝舞)をされる。)

その後、ひきつづいて剣璽が渡御される。
旧天皇のところから新天皇のところへ。
その後の儀式についても述べられている。


代始和抄においても、この宣命の前後で、表現が変わっています。
宣命の前では、「天皇」「太子」となっていましたが、
宣命の後から、「旧主」「新帝・新主」となっています。

まとめ

もうおわかりですね。

どの儀式書においても、「譲位の宣命」の前後で、表現が変わっています。
宣命の前では、「天皇」「太子・皇太子」となっていましたが、
宣命の後から、「旧主・前帝・先帝」「今上・新帝・新主」となっています。

つまり、宣命によって、皇位が継承されるのです。

皇太子は、天皇の前の特別の場所におられ、
宣命の直前に起立して、皇位を受けられます。

これが文武百官の前で行われ、
文武百官は「承りました」と拝礼し、
さらに、文武百官が退場したあと、
旧天皇と新天皇は二人きりになり、
新天皇が旧天皇に拝礼されます。

そして、その後続いて剣璽が移ります。
剣璽は、前天皇のお手元から、
関白以下の行列を引き連れてしずしずと、
むしろをひかれた特別なみちを通って、
新天皇の所へ移動してゆきます。

まとめるとこうなります。

表2 歴代の「譲位」における皇位継承
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誰が見ても「スキ」のない儀式です。
「天皇」の位が宙に浮くような要素は一切ありません。

光格天皇の場合

江戸時代の終わりころ200年前に最後に「譲位」されたのが光格天皇です。
光格天皇の「譲位」の儀式についても、
同様に見ておきましょう。

光格天皇場合は、
譲位のパレードを一般にお見せになるため、
譲位の当日朝から剣璽とともに上皇の御所までパレードをされました。
そして、その上皇の御所で、「譲位」の儀式を行っています。
そして、そこから「剣璽」が紫宸殿に戻ってゆき、
新天皇のもとに渡されました。

新天皇となられる前の皇太子は
上皇の御所には同行されませんでした。
しかし、代理のお使いが皇太子の名代として参列しています。

「光格天皇実録」から文化14年3月22日の記事を引用します。
この日、光格天皇から皇太子恵仁(あやひと)親王に譲位されました。
2ページ目は譲位パレードである「路頭の儀」で行列した公家や武家のリストです。
参考のため小さく表示しておきました。
詳しく見たい方はクリックしてください。拡大されます。

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光格天皇実録 文化14年3月22日 日次案(ひなみあん)

流れは次の通り。

光格天皇の御所に天皇が乗られる「鳳輦(ほうれん)」が到着。
剣璽のうち「璽」のほうは天皇が「鳳輦」にもって乗られる。
剣のほうは行列の中の特別な箱に収められて移動する。

譲位パレードである「路頭の儀」が行われ、
公家・武家衆が天皇の乗られた「鳳輦」の前後に行列し、
京都御苑(当時は禁裏)の中を練り歩く。
沿道には、公家・武家・町人多数が桟敷席に正座して拝見している。
行列は、紫宸殿から仙洞御所(せんとうごしょ)まで数時間かけて移動した。

この行列は天皇のご移動なので「行幸(みゆき)」と表現されている。
行幸が終わり、仙洞御所の小御所にて、
皇太子(東宮)の名代として正親町大納言が天皇と対面される。
その後「譲位の宣命」の準備がある。

天皇が御簾の中の椅子に座られ、
宣命史が宣命のための所定の場所につく。

宣命が読み上げられる。
臣下は拝礼(拝舞)して、うけたまわる。

そして、剣璽が新天皇のもとへ移動してゆく。
関白以下が付き従って、むしろの道の上をしずしずと、
紫宸殿に向かって戻ってゆく。
そして、新天皇のもとに到着する。

なお、省略したが次ページに、剣璽とともに移動した公家・武家などのリストが続く。
その後、新天皇の御所での儀式が続く。


光格天皇の場合においても、宣命の前後で、表現が変わっています。
宣命の前では、「行幸(天皇のご移動)」「東宮お使い(皇太子の名代)」でしたが、
宣命の後から、「新主」となっています。

念のため、まとめの表を再掲します。

表2 歴代の「譲位」における皇位継承
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政府・宮内庁による今回の儀式

以上のように、歴史上の「譲位」においては、
皇太子殿下(または名代)を前にして、
「天皇の位を皇太子譲る」という宣言があり、
それを臣下が受けたまわり、
その瞬間に皇太子は新天皇となっておられた。

それから、剣璽が新天皇に移された。
政府・宮内庁も、このことは認識しています。

と、正しく、宣命の前 「行幸(天皇のご移動)」「皇太子」 と表現し、
宣命の後からは光格天皇のことを 「前天皇」 と表現しているからです。


4ページでは、さらに驚きの表現が繰り広げられます。

左側の列は光格天皇の譲位の儀式についての記述で、
右側の列は今回の御退位の儀式についての記述です。

4.皇太子の参列 (御参列じゃないのか?)

左列皇太子の名代が参列してしていたことが書かれていません。
右列「皇太子殿下は、他の皇族方とともに」とあります。
皇太子殿下は参列者の一人にすぎず、
お供(供奉、ぐぶ)でしかありません。
「退位」を見届けている人ということです。

5.御退位事実の公表

この表現は正確ではありません。
なぜなら、光格天皇は「退位」されたのではなく、
「譲位」されたからです。
一方、今上天皇についてはこの表現通りです。
今上天皇は誰にも譲位されず、
ただ「退位」されるだけだからです。

右列、「御退位」が宣言されることだけ(皇位の引継ぎには言及しない)
述べられています。

6.剣璽

左列、譲位儀に引き続いて、剣璽が新天皇に下に移されます。
この表現には問題はあります。

右列を見て下さい。
「剣璽は、御退位の儀式当日(平成31年4月30日)には承継されない。」
と明言されています。

そして、次の行、
「剣璽等継承の儀は、新天皇陛下が御即位になる5月1日に行われる。」
下線部をよく読んで下さい。
「新天皇陛下が御即位になる5月1日」
と書かれています。

政府・宮内庁の真意

政府・宮内庁が準備している今回の代替わりの儀式をまとめるとこうなります。

表3 今回の「退位」における皇位継承
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ここから言えることは、次のことになります。
 ・天皇陛下は、4月30日の「退位の礼」のお言葉と同時に、天皇でなくなる。
 ・皇太子殿下は、その時皇太子のままで、5月1日に天皇になられる。
 ・つまり、「退位の礼」から「剣璽等継承」までの間、天皇は「空位」になる。
 ・皇太子殿下は、天皇陛下から剣璽を受け取られるわけではない。
 ・政府・宮内庁は、今回の「退位」は歴史史上「初めて」の事件だと考えている。
こうとしか言いようがありません。

わざわざ24時間のスキマを開けた ということなのです。

歴代の皇位継承と比べてみれば一目瞭然です。

表4 歴代の皇位継承と今回の「退位」における皇位継承の比較
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天皇陛下が、「高齢化社会での皇位継承の在り方を考えてほしい」
お言葉(平成28年8月8日)を述べられると、
なんと、「皇室の歴史史上なかった ”退位” が登場」し、
連綿と継がれてきた 
「天皇は辞めることができない、譲り渡すことだけしかできない」
という絶対の慣習が破壊され、
24時間の 「皇位の断絶と空白」 が強制されることになりました。

これは、皇室典範にいう
  「天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する。」(皇室典範第4条)
  「天皇は、この法律の施行の日限り、退位し、皇嗣が、直ちに即位する」(退位特例法第2条)
に適合したことでしょうか?

断じてそうではありません。
歴代天皇、そして歴代の政権も、
このようなことは断じて行って来ませんでした。

こんなことを喜々として推進している
  内閣官房長官 菅義偉(すが・よしひで)
  宮内庁長官 山本信一郎(やまもと・しんいちろう)
の罪はいかほどのものでしょうか。

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スキマを開けてはならない

いかがですか?
古来の天皇制が4月30日に終わるということ、
どう解釈しても、そうでしかありません。

古来の慣習や皇室典範が悪意で解釈され、破壊されています。
古文書を曲解し 「退位の儀式」 を正当化しようとしています。

すでに、法令、古文書、儀式の解釈は、
「天皇制廃止論者」の手に渡ってしまっています。

であるなら、今回強制される 「スキマ」は必ず悪用されます。
今回の「退位特例法」が悪用されているように。

スキマは「断絶」の意味となり、
125代の天皇の制度は4月30日に「廃止・廃位」となった、とされます。
理論化は容易です。
古来の儀式や法令と、今回のものは全く異なるからです。
そして、24時間のスキマが開いているからです。

スキマは必ずマモノ(天皇制廃止勢力)にさらに悪用されます。
次の天皇にも退位を強制した後、
皇位継承予定者に圧力をかけ辞退させれば、
天皇の位は永久に失われます。

今回の「退位特例法」およびそれに基づいた「退位の礼」は、
「天皇はやめることができない、皇族に引き継ぐことしかできない」
という絶対の掟に反しており「違憲」です。

4月30日の「退位の礼」は取りやめ、
5月1日に「譲位・受禅の礼」を行うべきす。
4月30日は今上天皇の「譲位パレード」を行えばよいことです。
これが、歴代天皇の「譲位」の伝統を尊重し、
最後の「譲位」であった光格天皇の「譲位」に沿う方法です。


菅官房長官・宮内庁は伝統を破壊し、
天皇陛下・歴代天皇を冒涜しています。
すでに天皇に弓を弾く  「朝敵」  となっています。
直ちに、責任をとるべきす。

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ああ、人生こわい、こわい
側近が騙してるんですから!

つづく

閉じる コメント(20)

昭和天皇が崩御され、今上天皇が剣璽等を継承されるまでの間にも3時間の空白がありましたし、
単に儀式に伴う空白が生じたとしても、それを以て『空位』になるとはいえないのではないでしょうか?

そして、戦争や災害など国家の非常事態によって儀式が長期間に渡って行えなることとか、
敵性国による支配や、アカによる暴力革命によって、皇室を戴く立憲君主政体に変革が加えられた後でも、レジスタンス活動によって我が国の国体を復活させることなどは想定していないのですか?

うまやどさんを見る限り、何やら「象徴さま」とか不敬な表現を持ち出して、
皇統を断絶させるためのデマゴーグを、うまやどさんご自身が率先して行っているようにしか見えません。

あなたは、本当に皇室を大切だと考えておられるのですか?

「断絶したらそれでおしまい」で済ませられるほど、あなたにとって皇室とは軽い存在なのでしょうか?

2019/1/14(月) 午前 11:40 [ 忍(しのび) ] 返信する

> 忍(しのび)さん

崩御の瞬間に践祚されます。
剣璽の継承はそのあとです。

議論の焦点がずれています。

2019/1/14(月) 午後 0:47 うまやど 返信する

顔アイコン

政府の説明では4月30日の満了、すなわち同日24時に今上天皇退位、翌5月1日0時に新天皇即位(正確には践祚)です。したがって退位礼正殿の儀は譲位前に国民の代表に会われる儀式です。

退位礼が終わっても日付が替わるまでは在位されます。たしかに同日中に譲位践祚としていないのには悪意を感じます。 削除

2019/1/14(月) 午後 3:41 [ はてな ] 返信する

> はてなさん

それでは儀式の意味がありません。

儀式を行うことは、天皇の大切なお仕事です。
その儀式は形だけのものだということになりますよね。
わざわざ国を挙げて行事をするけれども、
無意味です、というのなら、これを不敬といわず何を言うのでしょう。

そもそも、退位と即位を両日に分割する正当な意味はありません。
元号の都合だというのなら、昭和と平成の時はどうだったのでしょう。

今上天皇の御代を4月30日の23:59までとしたいなら、
その時刻に「退位の礼」を行ってお言葉を発していただくことになりますが、
高齢の陛下にありえません。

ならば、5月1日か、4月30日に、一括して

「譲位・受禅の礼」

を行えばいいことです。
これをわざわざ分割した以上、分割した象徴的な意味が
発生いたします。

2019/1/14(月) 午後 5:43 うまやど 返信する

>これをわざわざ分割した以上、分割した象徴的な意味が
>発生いたします。

陰謀論の世界ですね。

結局、あなたの主張では角を矯めて牛を殺すような結果をもたらすような気がしてならないんですよ。



それと、応神天皇が崩御されてから仁徳天皇が即位(※践祚)されるまでの間に、3年の空位があったことはご存知ですか?

2019/1/14(月) 午後 7:21 [ 忍(しのび) ] 返信する

そして、日本書紀の記述をみると、先帝の崩御から次の天皇の即位の間に数年の開きがあるのは別に珍しくないようですね……。

2019/1/14(月) 午後 8:03 [ 忍(しのび) ] 返信する

> 忍(しのび)さん

いいえ、儀式というのはそういうものです。

そして、皇位の空白が、様々な政治闘争をまねいたことはよくご存じのことでしょう。

なぜ、そういう魔物を呼び込むようなことをするのか? 魔物を呼び込みたい、陰謀を皇室に入り込ませたい、という意図がもしないなら、同日「譲位・受禅」とすれば済むことです。

2019/1/14(月) 午後 8:10 うまやど 返信する

> 忍(しのび)さん

突然の天皇の崩御、皇位継承の争い、あるいは、日本全土を移動するのに何日もかかった時代、そういう時代において、空白が生じたことは認めます。

今回は、そういう状況ではないはずです。天皇陛下は「象徴天皇の務めが常に途切れることなく,安定的に続いていくことをひとえに念じ」とおっしゃっておられます。

しかるに、わざわざ「空位」をもうけるのは、無知か、悪意がないと無理です。

2019/1/14(月) 午後 8:13 うまやど 返信する

今回の場合も、結局は儀式が即位と退位に分割されているというだけの話に過ぎず、それも『空位』と呼ぶほどのものではないということで良さそうですね。

事実、伝統だの大原則だのと大風呂敷を広げたところで例外は過去にいくつも存在しますし、
現時点において、その程度のことで125代の皇統が断絶すると主張しているような人は、私の知る限りあなたくらいのものですよ(笑)。

2019/1/14(月) 午後 9:33 [ 忍(しのび) ] 返信する

『角を矯めて牛を殺す』

『仏作って魂入れず』

結局、知識のひけらかしは出来ても、もっと肝心なもの、大切なものがあなたには抜け落ちているんですよ。

確かに「譲位・受禅の礼」を行えるならそれに越したことはありませんが、
結局それが叶わなかったのも、伝統だの格式だのとさわぐ連中が天皇陛下の譲位に非協力的だったからでしょう?

マッチポンプみたいなことをしておいて、今頃何をいっているのやら?



何より、儀式の『形式』のみに拘る割には、

皇統が125代で断絶するだの皇太子殿下は即位されても『象徴さま』だとか、ネガティブな言霊ばかりを吐きまくるような人に我が国の伝統や陛下の祈りを語る資格がそもそもあるのでしょうかね?

魔を引き寄せているのは、あなたの方じゃありませんか?

2019/1/14(月) 午後 9:59 [ 忍(しのび) ] 返信する

> 忍(しのび)さん

いいえ、そうではありません。記事は一般向けに、「退位」と「譲位」の言葉を中心に構成しています。

問題の本質は、法令および儀式、古文書の解釈権が完全に「天皇制廃止推進勢力」に握られたということです。

安心するのは結構ですが、敵はいま完全に攻め込んでいる状態です。それをスルーすれば、天皇の制度は完全に消滅することでしょう。

2019/1/15(火) 午前 9:27 うまやど 返信する

> 忍(しのび)さん

「伝統だの格式だのとさわぐ連中が天皇陛下の譲位に非協力的だったからでしょう?」

実際に、天皇陛下の思し召しを出発点として、今回、天皇の制度は「廃止寸前」まで進められました。

これはすでに政府中枢・宮内庁中枢が敵に占拠されているからです。ゆえに、従来通りの形であることが、皇室を守る方法でした。

今は、それがはるかに困難な状況に進んでいます。

2019/1/15(火) 午前 9:30 うまやど 返信する

要するに、自分の頭で理解できないものが怖いだけなんですよね?

だから「天皇制廃止推進勢力」みたいな闇の秘密結社をでっちあげて、ヒステリー女のように駄々をこねる。

ざっと、あなたの記事を読ませていただきましたけど、天皇制廃止勢力が何なのか、そう思える根拠は何かに関して全く見えてこないんですよ。

結局、あなたの妄想か思い込みとしか思えないようなものじゃありませんか?

2019/1/15(火) 午後 0:28 [ 忍(しのび) ] 返信する

> 実際に、天皇陛下の思し召しを出発点として、今回、天皇の制度は「廃止寸前」まで進められました。

> これはすでに政府中枢・宮内庁中枢が敵に占拠されているからです。ゆえに、従来通りの形であることが、皇室を守る方法でした。



国体は廃止されていないわけですし、実際には天皇陛下の思し召しによって国民の皇室に対する関心が高まり皇室と国民との絆は強くなったわけですが……。

結局、今回の退位特例法の内容にしても儀式の『形式』の細部にしても、
内容に不備があるとすれば、それは反対反対だけで議論に真剣に参加しなかった人が招いた結果であり、それこそ天皇制廃止云々にしてもあなた方のマッチポンプじゃありませんか!?

2019/1/15(火) 午後 0:40 [ 忍(しのび) ] 返信する

> 忍(しのび)さん

いいえ、日本共産党はれっきとした「天皇制廃止推進勢力」そのものです。
そして、現在、3代つづけて、共産党員が宮内庁長官です。

2019/1/15(火) 午後 0:49 うまやど 返信する

>結局、今回の退位特例法の内容にしても儀式の『形式』の細部にしても、
>内容に不備があるとすれば、それは反対反対だけで議論に真剣に参加しなかった人が
>招いた結果であり、それこそ天皇制廃止云々にしてもあなた方のマッチポンプじゃありませんか!?

つまり、あなたは、今回の「退位」「空位」に賛成ということですね?

2019/1/15(火) 午後 0:51 うまやど 返信する

2019/1/15(火) 午後 0:28 訂正

そう思える根拠は何かに関して全く見えてこないんですよ。×

そう思える根拠が全く見えてこないんですよ。○



だから、宮内庁長官が日共党員だという根拠をちゃんと示しなさいよ?

それに、賛成も反対も単に儀式の形式だけをもって空位になることはありませんし、反対する理由なんか何処にもありませんけど?

2019/1/15(火) 午後 6:19 [ 忍(しのび) ] 返信する

> 忍(しのび)さん
こちらのコメント欄をご覧なさい。これ程重要と思われる記事にコメントする方は、あなたの他は数える程です。一般の方にとっては、儀式も日程もどうでも良いんです。唯、天皇陛下が交代され新しい御代が始まるに過ぎません。しかし、それをいい事に、皇室を破壊したい勢力は工作を仕掛けて来ているのです。そいつらは、あなたの様にねちっこくしつこい連中です。この空白の1日をどの様にでも解釈して、破壊工作へと利用する可能性を持っていると言う事です。現状では、天皇陛下が人質に取られて居るも同然です。更に、敵は国内の共産主義者に留まらず、支那朝鮮と言う平気で嘘をばら蒔く連中にまで及んでます。敵に少しでも、隙を与えたらいけないのです。たかが1日の空白であっても、いちゃもんを付けようと思ったら幾らでも出来ると言う事を、あなた自身が証明してます。

2019/1/16(水) 午後 7:41 so-kei♪ 返信する

> yut*sfさん

ありがとうございます。Twitterでフォローさせていただきました。
情報拡散に感謝申し上げます。

2019/1/19(土) 午後 8:48 うまやど 返信する

> yut*sfさん

はい、時間がありませんので、できることからお願いします。

2019/1/20(日) 午前 10:41 うまやど 返信する

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