古代史検証録-古事記「須佐之男命」と「萩市須佐のルーツ」

山口県萩市須佐が古代神代の時代に須佐之男命と関わった謎を追います。

古事記・日本書紀

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「櫻井(桜井)光堂」氏の古事記論が評価されていない特異な理由。

桜井光堂氏とその説が広がらない訳。。。

「古事記の探求」の他、桜井氏は多数著書を書いておられます。
「古事記は神話ではない」「日本古代国家連合の領土規定〜」等の他、
論文多数あるようです。

古事記解読の切り口ともなっている、
国文学と法学からのアプローチをベースに、
無文字社会に特有の不文慣習法としての国際法(古代国際法)という法領域に関して
次々と研究は進まれたようです。

ただですね。。。。

なぜこの方の説が大きく取り上げられないのか、
読んでてなんとなくその理由の一端が見えました。

大学を定年引退する際の回顧録文章の中で、
桜井氏は、この説を発表するにあたって(その後も)の人生の生き方をも変えざるを得ないほどの苦難があったことを漏らしておられました。

大勢を占めていた、国文学的古事記の解釈は、日本の著名な大学教授・研究者が、
ある意味その方向からでしか古事記の真実を認めていなかったのですから、
賢威に満ちた古事記解読の先駆者たちのアレルギー反応たるや
相当なものだったと思います。


そのためか(個人的な物言いなのかはわかりませんが)、
この書籍には、いくつもの箇所で、
既存の解読内容や出版している書籍、
そして、それを唱える作者をはっきりと名指しし、完全否定しているのです。

そう、まるで、喧嘩腰です。
おおよそ、常識ある一般的な日本人的モラルを持っていれば、
そのような表現は控えるのが常道だと思いますが、

氏は書籍中、何度も、いくつもの点で、名指しし、否定しています。
正直、普通に感じ悪いです(笑)。
研究者ってこういうところが欠けてんのかな?と思ってしまいます。


大学なんてところは、特に縦社会。
大勢を占める考えを、桜井氏は真っ向から否定したのですから、
当時の国文学者(というより考古学者)達やその後の新しい教授達の中から、
桜井氏の説は正しいとか、評価することなどありえないというのが想像できます。


桜井氏は、駒沢大学法学部教授でした。
ただ、法学者でありながら国文学・古文を学んできた知識があり、
外国語が堪能だったといいます。
言うなれば、そんな異分野の見識を併せ持つ稀有な存在だったと言えます。

法学研究者の中からも、国文学者(考古学者)の中からも、
氏と同じスタンス・見識で古事記や古代日本を研究できる人(評価できる人)がその後誰もいないということを、
現(?)駒沢大学法学部教授の方も指摘しています。

氏の研究内容を同意するには、別の専門的な見識が必要となれば、
新たに勉強し直すことより、
自分のフィールドの範疇で追求していくことを誰もが選択するのではないかと思います。

とすれば、誰からも(特に、古事記・古代日本研究の研究者たち)、
引用されることなく、紹介も躊躇される扱いであったことは、
容易に想像でき、そうして埋もれていったのが
氏の研究成果なのではと思います。

上記同大学法学部教授の言で、
「時を経ても褪せることなく独創性を保っている」
と評されています。

解読のロジックがしっかりしているというのは、
浅学の自分でさえわかります。
そんな方の研究成果の中にある

・須佐之男命は須佐(山口県萩市須佐)に駐屯していた!
 (出雲への前線基地だった)
・須佐の男という諡をイザナギによって与えられたのが「須佐之男命」だった。

そんな夢のある話、
ほって置けません(笑)

氏の研究成果をベースに郷土「須佐」の古代史を探求してゆきたいと思います。

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