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島原城を撮るには、断然 午前中に限る
…と、思っていましたが、
夜の島原城もステキです Σd(ゝ∀・)
ライトアップされていて、余計なものが映り込まないだけに
幻想的に闇に浮かびあがります ゚.+:。(*´ω`*)゚.+:。
さらに、新発見 Σ(`∀゚´*)オォ!!!
島原城は1624年に松倉豊後守重政によって築城されました。
完成時には「御祝儀の御能 下々まで見物被仰付」と
『肥前国 有馬古老物語』に述懐されています。
この能楽が、後々の方言形成に大きく影響を与えたであろうことは
容易に想像できます。
また、江戸時代 は
「島原藩は松倉氏の菩提寺に、重政の供養のため
1月と11月にに御菓子料を献じていた」
と、『島原の歴史〜藩政編』に記載されているので、
感謝されていた殿様だったようです。
それがヘンテコに歪められたのは、開国直後の明治初期。
頑なに「禁教」を続けていた日本に対して、世界の批判が集中し
どうもキリスト教を弾圧した、徳川家康や松倉重政を「悪者扱い」して
攻撃の矛先を鈍らせた経緯があったようです。
明治期に流布された その「悪名」のせいで、
「こんな悪大名の城などを、なぜ再現したのか」
などと、怒りの声をよく耳にします。
実際、ボクも その一人でした。
でも、島原半島の歴史を知るたびに、
松倉重政の、民衆への溢れんばかりの愛情を感じます。
灌漑用の溜池の築堤(諏訪の池)
防風・防砂で田畑の防護を図った 堤防・松林の造成(千々石海岸)
また、庶民のための「初市」の開催など
その業績にふれるたびに、頭の中に人間・重政のドラマが広がります。
先日、小浜町では こんなのを発見
今度、明るい時間帯に詳しく調べてみようと思います
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温故知新
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島原では、今の時期、江戸時代から続く 伝統行事があります
江戸時代初期、元和4年(1618年)、
島原藩主 松倉重政が 島原城を7年3ヶ月費やして築城のため
各地から集まった労働者たちのために 近郊の商人や農民、漁民の方たちが
大手門前の広場で物々交換の『市』を開いたのが始まりといわれています。
その後、毎月3日、13日、23日に開かれるならわしとなり、 旧正月が明けてから初めての市ということで『初市』と呼ばれるようになりました。
松倉重政は、悪政を布いた殿様のように思われていますが、
ひとつひとつの業績を見ると
産業を興し、文化を高め、領民の幸福を願う心で
政治に取り組んでた姿勢が ひしひしと伝わってきます
そろそろ再評価されても よいとも思いますが…
長くなるので、初市のご紹介を進めま〜す (*^-^*)
植木市
刃物市
陶器市
衣類に
骨董
みなさんは、こういうの された事あります?
子供たちが夢中にヾ(*≧∀≦*)ノ
こんなのまで行列が Σ(゚ω゚)
中には、出店らしからぬ、こんなお店まで o口(・∀・ )
発想の原点は、「みんなで楽しく盛り上がって 元気になろう」
ってことなんで、景気がどうのとか グタグタ言わずに
思いっきり楽しんじゃいましょう *:.。.☆ヽ(´∀`)メ(´∀`)メ(´∀`)ノ☆.。.:*・゚
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島原城の北側
城内2丁目の個人邸内に それは あります
その見事な泉水池は毎日数百トンの流水量を誇り
現在も近隣住民の雑用水として
また、周辺の田畑の灌漑用水として利用されているそうです
古くは江戸時代の藩主の別邸であり
藩主らは石上の北斗七星をかたどった「盃状穴」に酒を注ぎ
風趣を愛でたといわれています
突っ込みどころ満載ですが、
場所は ちょっと複雑で分りにくい(一方通行・進入禁止等)ので
島原城・島原文化会館から、徒歩で行かれることを お勧めいたします
※個人邸内ですので、常識的な時間帯での見学を お願いいたします
※お酒を持ち込むような お調子者も 居ないとは思いますが
非常識ですので、ご遠慮くださいませm(_ _)m
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国営放送局の、朝ドラの番宣ポスター
©NHK 2012
な〜んか、記憶のすみっこに ひっかかるな〜(´σ `)?
って 思ってたら、コレだったんですね(σ´∀`)σ
©KIRIN Beverage 2001
「活発な女子を表現したい」とねがう
これらの クリエイター達のインスピレーションの系譜は、
おそらく このあたりにあるのでは…
©和田慎二・フジテレビ 1986
最近では個人的に このコが 元気いっぱいで、好感度が高いっす(o・∀・)b
歌詞に登場する女の子の心模様は、
万葉集にも通じるような「オトメゴコロ」がキュンキュンしてます(〃ω〃)
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いつもと 変わらぬ 風景 (´ω`)
…と、思いきや (゚ω゚)
ニンジャ ですか?Σ(O_O;)
いえいえ (´д`ι)
石垣の 草刈りだそうです (´ー`A;)
「石垣の 雑草が、ここのところ異常に多いですね」
とは、城郭研究の第一人者 宮武正登 先生が
6/21に来訪されたときのコメント ((φ(-ω-)
「石垣の隙間に 土が入り込んでるせいでしょうが、
水が抜けにくくなってて キケンですね」
とも おっしゃってたそうです
その 3日後には…
※長崎新聞2012.6/25朝刊
崩れたのは ココ
現場は こんな感じに
こんど「島原市民文化講座」で、
宮武正登 先生を講師にお招きしているそうです
今回の 石垣崩壊についても、興味深いお話が聞けるかも (*´ε` *)
「島原図書館 郷土史を学ぼう会」「島原市民文化講座」連携講座
島原城を再分析する
〜日本城郭史から見た「縄張り」と石垣〜
日時:8月25日(土)午後2時
場所:森岳公民館 大ホール
講師:宮武 正登 先生(佐賀県教育庁文化財課係長)
参加費:無料
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