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10年前の夏、八戸市内で、撮影した、
今となっては思い出の、
南部バス CJM550 八戸営業所 所属車です。
画像の行き先路線は、当時、平日のみ、設定されていて、
1日 3往復のみ 運転だったと記憶してます。
3往復共、小中野バスセンター 発着で、
中心街〜平中通〜浄水場通(→報恩会館根城前)〜馬場〜田面木〜日赤病院 経由
で、 運行しました。
この路線と、小中野バスセンターは、既に、ありません。
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南部バス(CJM550)
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京浜急行移籍車で、既に、廃車となった
長尺モノコック CJM550を、紹介します。
長尺モノコック CJM550を、紹介します。
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今となっては、思い出の 南部バス CJM550です。
2台とも、7年前 同じ日に、三戸営業所にて撮影しました。
黒帯なし ・ 531号車が、三戸営業所 所属で、
黒帯あり ・ 533号車が、八戸営業所 所属で、
京浜急行時代、ワンロマ車として、活躍していた車両でした。
異なる営業所に、在籍していた、長尺・CJM550が、
三戸営業所で、2台揃って、休む姿は、当時、めったになかったと思います。
531号車を、撮影していた時は、薄日が指していた、天候も、
533号車を、撮影する頃には、ご覧のとおり、降雪となりました。
533号車が、八戸(ラピア)ゆきで、出発するまで、見れた貴重なシーンでした。
※敷地内にて、許可を得て撮影しました。 |
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自分が、最初に、ブログを始め、画像UPさせた、
思い出の、南部バス 三戸営業所 CJM550について、
書き足りないことがあったので、一部 再UPさせます。
それは、方向幕に表示してある、三戸市内 についてです。
自分の記憶が間違いなければ、今も、三戸郡三戸町です。
この、三戸市内 という表示を、見かけるようになったのは、
1991年ごろ、自分が、三戸高校に、通学していた頃、
川崎鶴見臨港バスから、移籍の、富士3E ・ CJM500 (冷房車)で、
三戸市内の、経由表示が、付くようになりました。
それまで、後に対象となる、三戸駅始発の、
「田子」 「田子高校」 「夏坂」 「新田」 「一戸」 「金田一」
の、各 行き先表示は、経由表示の無い、行き先のみの表示でした。
それが、三戸(営)に、2台投入の、富士3E ・ CJM500より、
三戸市内 という表示が、付くようになりました。
※ 「田子高校」 「一戸(一戸駅)」 は、写真のとおりで,
他は、ペイントによる、方向幕 再現のとおりです。
その後、三戸営業所 所属車の、旧塗装車は、
順次、三戸市内表示タイプに、切り替わり、
廃車代替で、京浜急行から移籍の、
川重・CJM500でも、三戸市内表示タイプで、投入されてました。
初めて、三戸市内 経由の行き先表示を、見た時、
間違いなのか、三戸市に、変わったのか、
疑問を、感じたのを、覚えてます。
個人的な推測として、三戸町内だと、
しっくりこないからではないかと、考えます。
誤解の無い表示であれば、対象の行き先が、すべて通過する 三戸営業所 でも、
良かったのではないかと、考えたりします。
このタイプは、2003年ごろまで、見ることができ、
2004年頃、三戸(営)所属車は、
系統番号 英文字つきの、方向幕に、交換しました。
※三戸市内という 表示について、
南部バスに、問い合わせしないよう、お願いします。
(疑問が、あっても、自分は、一切、問い合わせしてませんので。)
○○町なのに、○○市内 経由の、路線バスを見たことありますか? |
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南部バスには、長尺CJMは、2台投入され、 共に、京浜急行からの、移籍車両で、 この ・533号車は、八戸(営)に、所属してました。 在籍当初は、八戸駅〜(高速道経由)〜軽米線を、 中心に、運用された後、八戸(営)管轄路線で活躍しました。 この車両も、引退してます。 |
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ブログをはじめました! 今まで自分が撮影した、路線バスや鉄道ネタを中心に、 お届けしたいと思います。 これからどうぞよろしくお願いします! 最初に紹介するのは、 自分の、生まれ故郷を、走る、 南部バス 三戸(営)の、CJM550です。 1994年頃、投入時は、五戸(営)に、在籍した後、 三戸に移りました。 既に、引退しましたが、忘れられない車両です。 |
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