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南部バス ・ ペイント再現シリーズ、今回は
川重 BU10 前折戸・中引戸仕様車を、UPします。
正面・後部方向幕に 小型系統幕が、付いた、この車両は、
一説では、千葉中央バスから移籍との、情報があるようですが、
はっきり確定できる要素がないので、
サイドビュー ・ フロント ・ リヤ のペイント再現を、UPしておきます。
正面に、エンブレムマークが、ありますが、廃車派生品からの、
取り付けられたものと、見られます。
1983年頃から、3台見ることができ、
うち 2台は、三戸営業所に 配置され
三戸〜八戸線、三戸駅〜三戸営業所〜田子〜夏坂・新田 線などで、活躍しました。
あと、1台は、八戸営業所に、配置され、郊外路線を中心に、活躍し
いずれも、1990年頃まで、見ることができました。
三戸営業所 所属車は、川崎鶴見臨港バスから移籍の
富士3E・CJM500 (冷房車)の投入により、廃車となっています。
三戸営業所 所属車は、引退するまで、
後部方向幕部分に、広告板が、取り付けられていました。
八戸営業所 所属車は、後部方向幕は、使用せず
「南部バス」の、固定表示でした。
三戸営業所 所属車では、行き先方向幕の
多くは、正面と側面が、同じ表示となりますが、
三戸〜八戸 線(一部 田子 発着)では、
側面方向幕が、途中経由表示で、見ることが、できました。
ペイント再現で、3つ UPしておきます。
1980年代当時、正面が、相内経由 八戸(小中野バスセンター)ゆきで、
【※ワンマン表示板付きのような、行き先表示が見られました。】
側面が、途中経由表示というパターンを、大抵 見ることができましたが、
稀に 正面が 「小中野バスセンター」 と表示していた時があり、
側面が、途中経由表示だった、パターンを、見かけた記憶がありました。
側面 大型方向幕では、一部の路線で、途中の経由表示が、
見ることが、ありましたが、
側面 小型方向幕で、途中の経由表示が見れたのは、
三戸営業所 一部の所属車で、
三戸〜八戸 線 運行時のみ、見た記憶しか、ありません。
八戸営業所 所属の、一部の車両でも、側面 小型方向幕で、
途中の経由表示が、あったようですが、
1980年代に、それを見た記憶がないので、
ペイント再現で、UPすることは、しません。
※三戸〜八戸 線の、八戸側の、起終点は、
2002年12月以降、ラピア バスターミナル です。
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南部バス・ペイント再現
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南部バス ペイント再現シリーズ
今回は、前折り戸・中引き戸仕様 BU10 を、UPします。
この車両は、1973年から1975年ごろに 製造された車両で、
正面マスクに、いすゞ・エンブレムマーク、
後部マスクは、方向幕がないので、大窓仕様で、
点検扉には、通気口が、あり、
自分の記憶では、少なくとも、2台見ることが、でき、
八戸営業所に配置され、主に、郊外路線で、活躍しました。
側面方向幕が、ないので、行き先表示板が、中引き戸・戸袋窓側に、付けられました。
前折り戸・中引き戸仕様が、2台あったと書きましたが、
1台は、エンジン音を聞いた記憶では、形式末尾に、アルファベットのない
BU10 で、後部マスクは、画像上のとおりで、広告板は、一切なく
英語の社名表示は、小文字サイズだったと記憶していて、
少年時代、八幡・剣吉駅前 経由の、 路線で、見かけることが、ありました。
この頃、八戸営業所担当の 八幡・剣吉駅前 経由の路線は、
1980年代前半までは、上名久井 ゆきでしたが、
1980年代後半あたりから、上名久井 から
区間延長で、諏訪ノ平駅まで、運行され、1日 4往復 運転されていました。
その中の 昼前後の、2往復は、春〜秋 土休日限定 で、
法光寺 ゆきとして、運転されていたときが、ありました。
現在、八幡・剣吉駅前・上名久井 経由の路線は、
すべて、三戸営業所 ゆきとなっています。
話を戻して、もう1台は、エンジン音を、聞いた記憶では、
貸切車で 聞かれる 高出力車 BU10K で、
正面マスクは、上の画像と、同じですが、
後部マスクが、下の画像ように、
片側 1灯 ・ 3連式の、方向指示器・ブレーキ灯となっています。
後部マスクの、一部に、白い部分がありますが、
そこには、引退するまで、必ず広告表示が、あり、
八戸市内のホテルや、地元 飲料製造のサイダーの、広告表示が、ありました。
少年時代、八幡・剣吉駅前 経由の路線や、
八戸駅・扇田 経由 五戸 線などで、見かけたり、
乗車する機会が、あったりして、
他の、BU とは、違うエンジンサウンドと、
後部の、片側3連 方向指示器・ブレーキ灯が、すごく印象に残る車両でした。
これらの車両は、1989年か1990年あたりまで、
見ることが、できたと記憶しています。 |
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南部バス ペイント再現シリーズ、今回は、以前、サイドビューのみ、UPした、
自社発注 川重・BU10 三戸営業所のみ在籍した 車両の、
フロント・リヤマスクを、UPします。
フロントは、マーク表示のない、「ISUZU」の英文字表示のみとなりました。
1985年頃までは、「ISUZU」英文字表示の下に、
「ワンマン」表示板が、ありましたが、
それ以降は、全路線ワンマン化により、省略されました。
リヤマスクは、後部方向幕を採用してませんので、大窓仕様です。
自分が、高校生の時は、ずいぶんお世話に、なったもので、
朝、三戸駅に着くと、諏訪ノ平始発 三戸小学校経由 泉山ゆき や、
剣吉駅 始発 及び 手倉橋 始発、三戸営業所ゆきで、
三戸駅前に、入ってくるシーンが、浮かびます。
あと、三戸駅始発で、 田子 経由 夏坂 ゆき or 新田 ゆきに、
就いていたシーンも、思い出します。
1991年当時、前中折戸・ 後部大窓の、BU10は、登録ナンバーで、
青22か14‐56、14-58、14-59、14-60 の、4台確認できました。
この車両の、方向幕は、正面・側面同時作動ではないので、
行き先を変える際、正面・側面それぞれ、手動操作していました。
運賃表示器は、14列×3段の、幕式表示だったことも、記憶に残ります。
ワンマン表示板のある、行き先表示は、1991年頃まで見ることが、できた仕様で、
三戸営業所始発で、見ることが、できた場合も、ありました。
方向幕交換後は、「小中野バスセンター」の、表示から、
「 市(小中野バスセンター)内 」という、表示となりました。
三戸営業所のみ、在籍した、前中折戸・後部大窓のBU10は、
京浜急行移籍車 川重・CJMの、投入により、
1995年頃に、全車引退となりました。 |
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南部バス ペイント再現シリーズ、
今回は、以前 サイドビューのみ、作成した、
川重・BU04 五戸営業所 在籍車を、フロント・リヤ マスクを加えてUP します。
上2枚の、フロントマスクは、1985年頃まで、見られたタイプで、
一部の路線で、車掌乗務の、ツーマン運転が、有りました。
ツーマン運転の際、白の ワンマン表示板は、白地だけで、
「ワンマン」、行灯表示灯は、正面から、見えないよう配慮されてました。
五戸営業所で、どこで、ツーマン運転を、していたかは、
当時、五戸町を、訪ねたことが、ないので、全くわかりませんが、
国立国会図書館で、昔のバスに関する書籍の、モノクロ写真に
ツーマン運転で、回送表示の、BU04を、見ることができました。
当時、南部バスでの、ツーマン運転は、中扉から乗降するので
前扉が、「しめきり」、中扉は、「出入口」と、幕表示されてました。
ワンマン運転表示の、方向幕は、五戸 所属車で、
当時、使用していたものを、再現しています。
八戸ゆきでも、「1・3」系統番号表示で、
当時、運転していたようです。
3枚目の、フロントマスクは、
1985年ごろ以降、ツーマン運転が、廃止されてからの、もので、
白地の、ワンマン表示板が、省略され、
マークつき、「ISUZU」表示が、はっきり目立つようになりました。
1990年頃、モノコックボディの、冷房車が、投入された頃に、
方向幕が、交換されています。
川重・BUで、マーク付き、「ISUZU」が、見ることができたのは、
自社発注・移籍車を合わせても、この車両のみです。
方向幕表示は、小中野バスセンターから、途中 国道104号線を通り、
「剣吉小学校通り」のバス停を、通過後、国道4号線に入り、
豊川・扇田を、経由して、五戸駅(五戸営業所)を、結ぶ路線で、
今は、この路線は、ありません。
五戸駅というのは、昔、自分が、生まれる前に、南部鉄道が、あって、
(昭和43年5月 十勝沖地震による、被災の影響で、 廃止。)
尻内(現在の八戸駅)〜五戸を、結んでいた路線の、五戸側の、終着駅です。
その名残から、現在でも、車内放送では、「このバスは、 五戸駅ゆきです。」と、放送され、
運賃表示器では、五戸営業所とは、表示せず 「五戸駅」と、表示され、
南部バス 五戸営業所の、バス停には、「五戸駅前」と、書かれています。
最後に、リヤですが、方向幕が なく、大窓スタイルです。
1975年後期以降に製造されたので、
点検扉の、通気口が、省略されたので、スッキリした印象が、あります。
五戸営業所の、BU04は、1990年代前半まで、見ることが、できました。 |
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南部バス ペイント再現シリーズ
以前、フロント と リヤ マスクを、UPさせた、
川崎鶴見臨港バス移籍車 川重架装 BU04D と BU10Dの、
サイドビューを、UPします。
1985年頃から、投入された、臨港バス移籍車は、
前扉側に、行き先表示幕が、付けられ、
後部窓には、左右引き違い窓は、なく、
4枚とも、上下窓を採用してました。
中引き戸の、窓には、「自動扉」のほかに、
たしか、「扉が閉まるまで ステップに 立たないで下さい」という、
注意書き表示が、あったと記憶してます。
前扉の、窓面積が、小さい車両は、昭和51年〜52年前期に、製造された車両で、
前扉の、窓面積が、大きい車両は、昭和52年後期〜53年に、製造された車両です。
臨港バス移籍車で、キュービックLT と、同じ塗装が、施された
BU10Dの、サイドビューも、UPしておきます。
キュービックLTカラーの、BU10Dは、
前扉の、窓面積が小さい、車両のみ見られ、
八戸営業所のみ、配置されました。
サイドビューの、塗り方は、後に、南部バスに、投入された
モノコック 冷房車の、川重 BU10K.富士3E・CJM500.
川重 ・ CJM470.CJM500.CJM550と、ほぼ、同じです。
自分の記憶の中で、南部バスでの、臨港バス 移籍の、川重・BUは、
八戸営業所では、UPした、サイドビューすべての、車両が、見られ、
三戸営業所では、窓面積の 小さい、BU04D のみ、見られ、
五戸営業所では、窓面責の 大きい、BU10D のみ、見られました。
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