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今から20年前、1994年5月1日、不世出の天才F1レーサー、
アイルトン・セナがサンマリノGPのレース中、高速コーナー・タンブレロで、 壮絶な最期を遂げました。 1990年代初期、日本での、F1ブームの中心にいた、 ブラジルの国民的英雄の死は、世界中に衝撃を与えました。 F1は、サーキットからマシンに至るまで、何度も安全対策施した結果、 セナの死から、20年を迎えてもレース中の レーサーの事故死ゼロを保ち続けています。 ただ近年のF1に物足りなさを感じるとすれば、セナとアラン・プロスト、 ナイジェル・マンセルとネルソン・ピケ、 ミハエル・シューマッハとミカ・ハッキネンのように 運転技術に優れ、カリスマ性のあるレーサー同士が複数年続く強烈なライバル対決が 見られないことです。 特にセナとプロストの対決は、世界中のマスコミ、レースファンを巻き込むほど 熱く盛り上がりました。 互いをリスペクトし合う時があれば、互いを憎しみ合う時もありましたが、 1993年最終戦オーストラリア・アデレードで、 セナとプロストは互いに表彰台に立ち、握手し、シャンパンを掛け合い ライバル関係に終止符が打たれ、プロストは現役引退しましたが セナにとっては最後の勝利になるとは誰も想像できなかったと思います。 セナの死から20年、タンブレロのウォールに激突する瞬間を目の前で見た、 ミハエル・シューマッハは昨年末のスキー事故での頭部損傷により 現在も生死の境で懸命に闘っています。 現役時代、どんな状況でも諦めることを知らなかったミハエル・シューマッハが 生死の境から生還できることを心より祈ります |
モータースポーツ
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昨日、シルバーストンサーキットで、行われた、F1イギリスGPで、
走行中に、タイヤバーストがいくつか見られました。 過去、タイヤバーストは、1レースに、1台あったケースは、ありましたが、 何台も、タイヤバーストするケースは、見たことがないです。 F1において、タイヤに翻弄されたレースで、過去に浮かぶのは、 1997年 カナダGPと、2005年 アメリカGPです。 97年カナダでは、グッドイヤーと、ブリヂストンによる、タイヤ戦争があり、 レースで勝ち続けていたものの、グッドイヤーのタイヤ性能は、ブリジストンに劣っていて、 このレースで、優勝を争う、グッドイヤー勢の、2台に、ブリスターが発生し、 トップを走っていた、フェラーリの、ミハエル・シューマッハは、 1回目のピットストップ以降、ペースダウン、 マクラーレンの、デビッド・クルサードが、トップに浮上しますが、 クルサードにも、2セット目のタイヤに、ブリスターが発生、 ピットインし、タイヤ交換するものの、クラッチトラブルによる、 エンストを起こし、起動操作に手間取る間に、 他車が、単独クラッシュ、セーフティーカー先導の後、赤旗提示、 当時のルールで、レース75%消化により、レース終了、 クルサードは、勝利を逃し、シューマッハが、勝利しました。 2005年、アメリカ・インディアナボリスでは、 金曜・土曜のセッションで、ミシュラン勢に、タイヤトラブルが相次ぎ、 この年だけのルールにある、タイヤ無交換が、原則の決勝レースで、 給油しないこと条件に、タイヤ交換だけすることも可能でしたが、 ミシュラン勢は、安全性を考慮し、レース前に棄権し、 ブリヂストン勢、3チーム6台だけで、レースが行われました。 タイヤに翻弄されることは、過去に何度か、ありますが、 ブリヂストンが、撤退し、2011年、ピレリのワンメイクになってからは、 チームもドライバーも、タイヤに翻弄されている印象があります。 闘う側も、見る側も、タイヤに左右されない、レースを望んでいると思いますが、 ピレリが撤退し、ミシュランか、ブリヂストンが、復帰しない限り、 望めないような気がします。 |
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モータースポーツのF1で、2010年から、
レース中の給油が禁止されて以降、 タイヤ交換が、勝負の明暗を分ける、一つの要素となりました。 無給油だった、1993年までは、停止してから、5秒台で、タイヤ交換を終えて、 ピットアウトすると絶賛されました。 しかし、今では、5秒台だと、「タイムロス」と言われ、 2秒 〜 3秒で終えることが絶賛される時代となりました。 20年の間には、クイックジャッキ、ホイールガン、ホイールナットの改良があったり、 ピットアウトの判断を、「BREAK ON」のボードを持ったメカニックから、 備え付けのシグナルで行うなど、1秒でも早く、送り出すための、 技術と努力が重ねられました。 今年の、マレーシアGPでは、 レッドブルのピットクルーが、「2秒05」という、 最速タイムを出しました。 20年前、「マクラーレンイリュージョン」と呼ばれた、 マクラーレンのタイヤ交換では、1993年・ドイツGP、 アイルトン・セナのピットストップで、最速「4秒81」を記録しましたが、 20年の間に、半分以上、タイムを削ることに成功し、 今シーズン中にも、2秒の壁を切る、「1秒台」のタイヤ交換が、 見られるかもしれません。 4本のタイヤを換えるのに、「1秒90」台のピットストップが出たら、 これ以上、タイヤ交換で、タイムを削ることは、不可能と言っていいと思います。 6月末に行われる、イギリスGP以降、どのチームが、 最初に、2秒の壁を越えて、「1秒台」で、タイヤ交換を終えるのか、注目です。 |
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日本の自動車メーカー、ホンダが、2015年、
F1の、マクラーレンへ、エンジンを供給するという報道がありました。 ホンダから、正式発表されれば、 コンストラクターで参戦した、2008年以来の、F1復帰となります。 マクラーレン・ホンダといえば、赤と白の、マルボロカラーのマシンに、 当時、最強ドライバー アラン・プロストと、 最速ドライバー アイルトン・セナのコンビで、 1988年、16戦 15勝という、驚異的な勝ち星を記録しました。 その後、ホンダは、92年に休止するまで、最強エンジンの名を刻み、 プロストとセナは、ワールドチャンピオン争いで、 激しい戦いを繰り広げました。 エンジン供給に専念した、1983 〜 92年の戦いでは、 1986 〜 87年、ウィリアムズでの、 ネルソン・ピケと、ナイジェル・マンセル、 1988 〜 89年、マクラーレンでの、プロストと、セナによる、 チームメイト同士の激しい戦いで、F1を大いに盛り上げました。 さて、2015年に参戦するときには、 エンジンでの、アドバンテージは、昔ほど望めず、 チームの総合力が、試されると思いますが、 「POWERED by HONDA」の輝きが、再び見れるのか、 待ち遠しいですね。 |
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アメリカのモータースポーツ、インディカーシリーズ、
第3戦・ロングビーチで、日本の、佐藤琢磨選手が、 インディカーシリーズ初勝利を、挙げました。 2001年 イギリスF3チャンピオンと、 「F3世界一決定戦」マカオGP優勝の、 実績を積み上げ、2002年、F1デビュー、 2004年 インディアナポリスでの、アメリカGPで、 日本人史上二人目の、3位表彰台を獲得する活躍を、見せましたが、 2008年 所属チームの、途中撤退により、F1シートを喪失、 2010年、戦いの場を、アメリカ インディカーシリーズに移しました。 シャーシが、ワンメイクのインディカーは、チームの総合力と、 ドライバーの実力が、F1以上に試され、ライバルたちと、切磋琢磨しながら、 予選で、ポールポジションを獲ったり、 レースでは、3位や2位に入って実績を積みました。 昨年の、インディ500では、ファイナルラップまで、優勝争いを、演じながら、 クラッシュを喫し、悔しい思いを味わいました。 そして、今年、ロングビーチで、インディカー初勝利を、挙げました。 表彰台では、日の丸を掲げて、喜ぶ姿が、頼もしく、かっこいいです。 F1での活躍を知る人々の中には、もう一度、F1で見たいという声もありますが、 実力や才能があっても、お金が掛かり過ぎる、F1より、 実力重視のインディカーの方が、琢磨選手には、 合っているような気がします。 5月には、伝統の1戦にして、 モナコGP、ルマン24時間と並ぶ、世界三大レースの一つ、 インディ500マイルレースが、控えています。 昨年、果たせなかった、優勝を目指し、 インディ500勝者にだけ許される、牛乳を飲む姿を見たいですね。 |





