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スキージャンプのW杯、個人フライングヒル【オーストリア・バードミッテルンドルフ】で、
葛西紀明選手が、41歳7ヵ月でW杯史上最年長優勝を達成しました。 これまでのW杯最年長優勝は、43歳となった今も現役で奮闘する、 岡部孝信選手が、2009年当時にマークした、38歳4ヶ月でした。 勝利を決めた後、W杯通算最多勝記録を持つ、 シュリーレンツァウアー選手をはじめ、 トップジャンパーたちが、葛西選手へ、お辞儀をする姿が見られるなど、 葛西選手をリスペクトする姿が印象に残ります。 ソチオリンピックで、7大会連続オリンピックに出場する予定で、 20年以上、第一線で活躍し続けることが、いかに大変か見てとれます。 金メダルを取ることを大きな目標として情熱を注ぐ、葛西紀明選手に、 ぜひ、ソチオリンピックで、金メダルを取って、 日本中を喜ばせる活躍を期待したいですね。 |
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今大会の、夏の高校野球選手権で、
山梨県代表・日川高校の応援マーチに、プロレスファンには懐かしい、 ジャンボ鶴田さんの入場曲「J」が流れました。 日川高校OBでもある、鶴田さんは、1972年ミュンヘンオリンピック、 レスリング日本代表選手となり、その後、全日本プロレスに入門します。 様々な外国人レスラーと戦い、あと一歩の所で歯がゆい試合を続けることから、 「善戦マン」と呼ばれ時がありました。 しかし、「善戦マン」と呼ばれた時期に培った経験と、 「プロレスの鉄人」ルー・デーズから、「へそで投げる」バックドロップを習得してからは、 「怪物」と呼ばれ、押しも押されぬ全日本プロレスの看板レスラーとなり、 ザ・ファンクス【ドリー・ファンク・ジュニア、テリー・ファンク】、 スタン・ハンセン、ブルーザー・ブロディ、 アブドーラ・ブッチャーといった、外国人レスラーや、 天龍源一郎、長州力、三沢光晴、川田利明、田上明、小橋建太といった、 日本人レスラーと、名勝負を繰り広げました。 全日本プロレスの創始者・ジャイアント馬場さんが逝去した、 1999年、現役を引退し、第2の人生を歩み始めた矢先の、 2000年に、49歳の生涯を閉じました。 ジャンボ鶴田さんの技というと、「善戦マン」の頃は、 4種類のスープレックス【フロント、サイド、ダブルアーム、ジャーマン】、 「怪物」と呼ばれてからは、ルー・デーズ直伝の、バックドロップが、 それぞれ、印象に残りますが、 一番印象に残るのは、ジャンピング・ニーバッドです。 大技への繋ぎの技ですが、4種類のスープレックス、 バックドロップと共に、華麗に飛んで、相手に膝を撃ち込む、 ジャンピング・ニーバッドが忘れられません。 今大会の夏の甲子園で、日川高校の応援マーチに「J」が流れ、 後輩の球児たちが、頑張る姿を、天国で、見てくれたことだと思います。 |
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日本プロレス界で、幾多のタッグコンビがありましたが、
その中で、最強タッグコンビといえば、 自分は、迷いなく、「ミラクルパワーコンビ」を挙げます。 ミラクルパワーコンビとは、“超獣”ブルーザー・ブロディと、 “不沈艦”スタン・ハンセンのタッグで、 タッグコンビとしては、1982年 〜 84年まで見られ、 日本のリングで、ピンフォールと、キブアップ負けは、ありませんでした。 シングルでも、お互い強いレスラーが、タッグを組めば、無類の強さを見せ ブロディが、相手をロープへ送り、ハンセンが、ウエスタンラリアットを撃ち、 ピンフォールを奪う姿が、強く印象に残りました。 タッグ解消後の、1987年世界最強タッグで、 ブロディは、ジミー・スヌーカと、 ハンセンは、テリー・ゴディと、それぞれダッグを組み、 日本のマットで、初めて対戦が実現しました。 動画サイトでは、その時の映像が見られますが、 ハンセンの入場曲が掛かった瞬間から、観客のテンションが上がり、 ブロディと、ハンセンがリングで、対戦を迎えた時、観客の熱狂は、 最高潮に達しました。 試合は、両者リングアウトの引き分けに終わりましたが、 ブロディと、ハンセンが、いつか、シングルで対戦することを、 多くのプロレスファンは、望んでました。 しかし、1988年、プエルトリコで、ブロディが、悲劇的な最期を遂げ、 二人のシングルマッチは、永遠に叶わぬ夢となりました。 もし、ミラクルパワーコンビが、シングルで対戦したら、 日本人同士の対決以上に熱狂させたことは、間違いないと思いますし、 再びタッグを組んだり、互いに、シングルレスラーとして、 四天王【三沢光晴、川田利明、田上明、小橋建太】の、 大きな壁となって、全日本プロレスを、盛り上げたかもしれないだけに、 ブルーザー・ブロディの、悲劇的な最期は、本当に惜しまれます。 |
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昭和のプロレスで、一度見たら、忘れられないレスラーがいました。
その名は、ブルーザー・ブロディです。 2m近い長身と、野性味溢れる風貌は、「超獣」「キングコング」と呼ばれました。 レッド・ツェッペリン「移民の歌」カバー版を、全日本プロレスでは入場曲にしましたが、 力強いドラム、トランペット、サックスの演奏と、 チェーンを振り回しながら吠えて入場するシーンは、迫力が凄くあり、 ミル・マスカラスの「スカイハイ」、スタン・ハンセンの「サンライズ」と共に、 好きな入場曲の一つでした。 技は、多くありませんが、一つ一つに重さがあり、 オリジナル以上の完成度と破壊力を見せる技があり、 特に、フィニッシュ技で使う、「キングコングニードロップ」では、 コーナーポストの短い助走から、高いジャンプで、相手の胸板付近に、膝を撃ち込み、 ピンフォールを決め、数多くの栄光を掴みました。 タッグでは、スタン・ハンセンとの、「ミラクルパワーコンビ」が忘れられません。 モバイル投稿による字数制限で、余り書けませんが、 “超獣”ブロディと、“不沈艦”ハンセンのタッグは、 日本プロレスの中では、史上最強の外国人タッグだと思います。 今から、25年前、プエルトリコで、悲劇的な最期を遂げ、 “超獣”ブルーザー・ブロディの雄姿が、2度と見れない、 という一報を知った時は、ショックを受けたことを思い出します。 月日が流れましたが、野性味溢れる風貌とファイトが、忘れられません。 |
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フィギュアスケートの、安藤美姫選手が、4月に、女の子を出産していたことが、
昨夜、テレビ朝日の、報道ステーションで明らかになりました。 マスコミにスッぱ抜かれれば、スケート連盟や、所属先を巻き込む可能性もあるなか、 今回、自ら明かすまで、よくバレなかったなあと思います。 現在、新横浜プリンスクラブに所属する、安藤選手は、 秋の、関東選手権と、東日本選手権を勝ち抜かないと、 オリンピック選考を兼ねる、年末の全日本選手権に、出場することができません。 2年のブランクに、出産と、厳しい状況の中で、 来年の、ソチオリンピック出場を、目指して、安藤選手は、挑みますが、 層の厚い、フィギュアスケートでは、今年の世界選手権代表の、 浅田真央選手、鈴木明子選手、村上佳菜子選手に加え、 若手ホープの、宮原知子選手と、オリンピック出場枠「3」を巡って、 強力なライバルはいます。 今シーズン限りで、引退を決意して、1児の母として挑む、 安藤美姫選手、悔いのない戦いを見せて下さい。 |





