ナイル川のほとりの伴-Ban nearby Nile-

国際を夢見てウガンダへ飛んだ医学生が公務員となった物語。

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クリスマス休暇日記(12/20〜1/14)

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2008年1月9日(水)

今朝もかんたに起こしてもらって学校に一緒に歩いて行きました。

そして今日はお昼ご飯にラーメンをいただいた後、郵便局でアーノルドと会いました。

どうやら2月8日にマケレレ大学で「大使館デー」を行なうらしく
そこに日本大使館も招待したいから大使館に案内してほしいというものでした。
15の大使館を招いて自国文化の紹介などをするイベントのようです。
ペプシをスポンサーにとったようです。

ただ、ぼくは明日か明後日にはモヨに戻ろうかと考えていたので
もしまだカンパラにいたら金曜日に、と約束しました。

そしてキャサリンも来て一緒にP.O.BOXをチェックするとおかんからのEMS来ているよ通知が入っていたのでEMSカウンターに持って行き、封筒をゲッツしました。
お金を現金で入れていたので盗まれたらアウトだなと思っていたのですが無事でした。

とりあえず両替をしてようやく懐が温かくなりました。ようやくです。

そしてキャサリンとモヨ帰りの話をすると、大ボスのDr.ウェソンガがケニア暴動で家から出られずに
メールなどの連絡もまだ出来ないうえにウガンダ国内の石油価格も依然高騰していることなどから、
来週にモヨへ戻るよう指示されました。

これにより、週末のサッカーと日本人会新年会に参加できることになりました。正直嬉しかったです。

キャサリンと別れ、BanCafeにてアイスコーヒーを飲みながら読書をしていると、
ふと聞いたことのある声がしました。

振り返ると、また河地さんです。Ban Cafe確率2/3です。

週末から旅行に行くらしく、サッカーには来れないそうです。

いつの間にか2人でエイズの話をしていました。

何が原因なのか、どうしたら教育が効果的にいくのか、などを話し合いました。
河地さんは協力隊のエイズ分科会のメンバーなのだそうです。
すると、2月にその分科会で北部のエイズ状況も含めて講義をしてくれないかと頼まれました。
もちろん引き受けました。そういう機会は自分にとっても相当な勉強になりますからね。
普段考えていることを発表するには頭の中をしっかりと整理していく作業が必要で、
その作業によって自分で自分の考えが分かるし新たな疑問も生まれてくることになるでしょう。
有難い機会です。

その後、歩いて帰るも迷子になり、気が付いたら日本大使館の目の前に。
章光に電話をすると偶然窓際にいてお互いの姿を見ながらの会話。
キセメンティへの帰り道を教えてもらって無事に帰宅することができました。

夕方は子供たちと遊び、夕飯以降は昨日同様快適に過ごしました。
そして来週までお世話になりたい旨をお願いし、快く了承していただきました。

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2008年1月10日(木)

子供たちを送って帰宅してからは一歩も外へ出ない生活でした。

読書して遊んでご飯をいただいてビールをいただいてという感じでした。


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