ナイル川のほとりの伴-Ban nearby Nile-

国際を夢見てウガンダへ飛んだ医学生が公務員となった物語。

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どういう訳か、未だに学生をしているぼくに昨年末、中学同窓会から原稿依頼が舞い込んできました。

時数制限もあったので長々とは書けなかったのですが、「卒後10年」というテーマでと言われたのでこんなことを書きました。


「卒業して10年」

 横浜市立大学医学部5年生として未だに学生を続けており、既に社会人となった同期を見ては焦っています。そして25歳の私が言うのも失礼な話、最近人生の短さにも焦っているのです。というのも、人生を考える際に「10年」単位ではおそらく数単位しか残っていないからです。はじめは他人からの受け売りでしたが、近頃では自分でも人が何か一つの物事に取り組むには「10年」は必要なのではなかろうかと考えています。
 私は19年8月からの6カ月間、東アフリカのウガンダで難民への医療支援NGOに学生インターンとして入り込みました。詳細はブログに譲りますが、そこで感じたのは物事の変化の困難さです。今の世は1分1秒を争い一喜一憂しているわけですが、歴史はそのようなことは教えていません。賢くも愚かである人間が自分たちの手で考えて行動を起こし、得て失ってきたものの積み重ねが歴史であり今であり未来でもあります。現地でウガンダ人に言われました。「アフリカは100年経ってもたいして変わらないよ。」我々の日本だってそう。これまでこの島国で培ってきた風土、国民性などの全ての積み重ねが現在であり、これからも基本は変わりません。チャーチルの言う「民主主義が最悪の統治形態」であっても、それが培われてきたものなのか押しつけられたものなのかを考えて世界を見れば一目瞭然ではないでしょうか。
 卒後「10年」。この間に私のモラトリアムは終わりました。あとは貴重な残りの人生を自分や家族のためだけではなく日本や世界のためにもつぎ込むだけです。そんな短い私の人生の中にも附属中学時代の歴史があって、それが今の自分を作り上げてくれています。


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