ナイル川のほとりの伴-Ban nearby Nile-

国際を夢見てウガンダへ飛んだ医学生が公務員となった物語。

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学ぶということ。

最近、「大学で学ぶ」ということについてよく考えます。

一般に日本の大学では「なんとなく卒業」し「どこかの企業に就職」して「老後を迎える」という高度成長期以降のモデルが定着しています。
しかし、昨今の世の中ではその方程式も崩れ去ってきており改めて「大学」というものについて深く考えるべきなのではないかと思っているのです。

「勉強しなきゃいけないのは分かってるんだけど。。。」という学生は多々いるでしょう。

ぼくの通う医学部も含め薬学部や法学部などはある専門領域をしっかりと勉強しなければいけない、ある意味入学の時点で敷かれているレールを走ることが必要なのですが、他の学部学科は入学しても学生生活の中での勉学の立ち位置があやふやで、とりあえずその先に見える就職というところになんとなく向かっているのではないだろうかと思うのです。
もちろん中にはしっかりと自分で問題意識や興味を持って学問をしっかりと行っている人も多々いますしそういう友人もたくさん知っています。
ただ、他の大部分の人はそうではないような気がしてならないのです。

社会に出るまでは「学生」というのではなく、「学生から社会人になるまでのモラトリアム期間」として大学生活を捉えている人がどれくらいいるのでしょうか。
自分がそれまで社会に支えられてきたこと、そしてこれからは自分がその社会を支えていかねばならないことなどをしっかりと意識している学生がどれだけいるのでしょうか。

そして学生時代にそういう意識を持つための方法として最近特に考えるのが「キャリアプランニング」です。
将来どういう道があるのかを知ることがどれだけ学生に安心を与え夢を与えそしてそれに向かって邁進させるか。

今後はそれをしっかりと学生に提示してやることがとても重要なことな気がします。


もちろん医学部だって同じです。
他の学生と比べると「就職活動」という社会との関わりがあまりにないため、学生気分で研修医になってそのままの勢いで医者として働くという人もかなりいるのではないでしょうか。
人によってどこかで社会人として医者として気付くのでしょうが、できればそれは早い方がいい。

医者は医者でもどういう医者になるのか、このキャリアプランニングも同様に重要です。


また、特に医学生は「一般的な教養」というものも欠如してきています。
医学部というのは医学部の中で固まる傾向が非常に強く、外部との関係が希薄過ぎるのです。
もし他学部の学生と「医療制度」に関して話し合ったとしたら、自分たちの無知に気付き恥ずかしい想いをし、それにより成長するでしょう。
志賀直哉、森鴎外の著書について尋ねられても何も答えられない、世界情勢について聞かれても何も答えられない、そんな医者ばかりではますます医者はバカにされてしまいます。
無知の知を実践するためにも大学生活という比較的時間に余裕のある時期にはそういった教養や学問をもっともっと積極的に身につけるべきなのです。
意味のないテレビをただただ眺めていたって時間の無駄です。

どんどんと専門性が高まって細分化されていく世の中だからこそ、学生に対する「根本的な教養」と「キャリアプランニング」というものは必要不可欠なのだと思います。

どういう訳か、未だに学生をしているぼくに昨年末、中学同窓会から原稿依頼が舞い込んできました。

時数制限もあったので長々とは書けなかったのですが、「卒後10年」というテーマでと言われたのでこんなことを書きました。


「卒業して10年」

 横浜市立大学医学部5年生として未だに学生を続けており、既に社会人となった同期を見ては焦っています。そして25歳の私が言うのも失礼な話、最近人生の短さにも焦っているのです。というのも、人生を考える際に「10年」単位ではおそらく数単位しか残っていないからです。はじめは他人からの受け売りでしたが、近頃では自分でも人が何か一つの物事に取り組むには「10年」は必要なのではなかろうかと考えています。
 私は19年8月からの6カ月間、東アフリカのウガンダで難民への医療支援NGOに学生インターンとして入り込みました。詳細はブログに譲りますが、そこで感じたのは物事の変化の困難さです。今の世は1分1秒を争い一喜一憂しているわけですが、歴史はそのようなことは教えていません。賢くも愚かである人間が自分たちの手で考えて行動を起こし、得て失ってきたものの積み重ねが歴史であり今であり未来でもあります。現地でウガンダ人に言われました。「アフリカは100年経ってもたいして変わらないよ。」我々の日本だってそう。これまでこの島国で培ってきた風土、国民性などの全ての積み重ねが現在であり、これからも基本は変わりません。チャーチルの言う「民主主義が最悪の統治形態」であっても、それが培われてきたものなのか押しつけられたものなのかを考えて世界を見れば一目瞭然ではないでしょうか。
 卒後「10年」。この間に私のモラトリアムは終わりました。あとは貴重な残りの人生を自分や家族のためだけではなく日本や世界のためにもつぎ込むだけです。そんな短い私の人生の中にも附属中学時代の歴史があって、それが今の自分を作り上げてくれています。

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