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2007年の9月、網膜剥離で1ケ月入院した時の事などなど書いてます。

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 東日本大震災から今日で5年あの日と同じ金曜日だ。
あの大震災で忘れてはいけない事が沢山あるけれど、
今思う事は、震災で沢山の命が失われた事。。。
 
連日のように自殺や殺害などのニュースは後を絶たない。。
どうして命を粗末に扱うのだろう。
 
言いたい事は理解出来るけれど、日本死ねの表現はどうなのだろう?
死ね。軽々しく口にして欲しくない言葉。
 
人が死んでしまう。近くにも遠くにもいない、もうこの世から命がなくなる。
その悲しみは計り知れない。
 
せっかくこの世に生まれた大事な命。
 
「生きてこそ〜」  そう強く思う。
 
大震災で沢山の命が失われた事、命の大切さを思い出して欲しい。忘れないで欲しい。
 
2011年平成23年3月11日(金)東日本大震災。
沢山の命が失われた事を、命の大切さを常に忘れないで欲しい。
 
あの日の夜空はとてもとても星がきれいだった。
大昔から変わらない夜空。宇宙は広い。人間は小さい存在だけど強い力を秘めているはず。
 
10年後の被災地はどうなっているのだろう?
あの日からもう4年。
月日の経つのは早い。一日の過ぎるのが早いですね。
 
3.11のあの日が近づくと大震災の報道がニュースが増える。
人間って報道されないと忘れてしまう事が多い。
 
あの大惨事をあの大地震を忘れないためにも、
CMでも番組で良いので端の方にでも被災地を応援するロゴとかを年中流しても良いのでは?
 
日曜日TVで、女川町が震災後1ヵ月後に復興協議会を立ち上げた事。
復興計画で「還暦以上は口出すな」と若い人たちの意見と組織で新しい街づくりを進めていた事を知った。
 
恥ずかしながら同じ宮城県内に住んでいるのに、内陸部に住む私はこの事を知らなかった。
 
あの大津波と火事で大惨事の女川町が1ヶ月後すでに前を向いて進んでいたのですね。
 
昔、会社の寮で志津川町方面から来た人達と同じ部屋になった事があった。
同じ宮城県でも内陸と海沿いでは言葉使いも性格も雰囲気も全く違う事を知った。
 
強いて言えば、海沿いの人達は力強い荒々しい男性のようなタイプに感じた。
大きな海と共に生活している海岸沿いの人達は、海のような大きなパワーを持っている。
 
過去にも大津波の被害に遭っても復旧復興してきたはず。
頑張っている被災地の底力を感じる。
 
同じ宮城県民としてもっと被災地に足を運んで応援していきたい。
女川方面には最近足を運んでいない私。
 
暖かくなってきたので、ドライブに行きますか?
海産物はスーパーでも買えるけれど、やはり海沿いで食べる海産物はとても美味い。
 
食して被災地を応援しよう。
引っ越しで実家と引っ越し先の片づけをしているが、不用品が多過ぎる。
実家はばあの衣類。片付けようにも全部着ると言い張る。(うーん、いつも同じ服装だと思うけど)
じいの大工道具。大量の釘、ネジ木材などなど(もう大工作業は出来そうもないと思うけど)
 
引っ越し先の家、数年前からじいより一つ年下のおばあちゃんが一人暮らしの家を購入した。
関東にいる息子の家の近くに引っ越して、家財道具はそのまま引き継いだ(実家は雨漏りで家財道具は全滅状態なので助かるけど)
引っ越し先の家は、衣類、鞄、食器類家電などなどなど大量にある。
 
引っ越し先の家には最低限必要な物だけ持参すれば住めるけれど、
じいの大工道具を入れる物置にはタンスや食器類が残っている。
それを片付けないと入れられない。
 
実家も引っ越し先も我が家も、ハッキリ言って不用品が多過ぎる。
 
リサイクルに出そうにも限度がある。ゴミ袋に入れ捨てられる物は良いけれど、大きい物は無理。
家電は処分するのにお金が掛る物もある。
大量の食器は未使用ならリサイクル出来るがそれ以外は処分に困る。
重箱も多い。処分しようにも大きい物もある。
捨てたくても捨てられない本類、書類類も多い。
 
どうしてこんなに物が増えてしまったのだろう?
どうして不用品が多い?
 
今は物が溢れている。
昔は直し直し大事に物を使ってきたはず。今は直すより買い換えた方が金額が安い事もある。
次々新商品が発売されて次々欲しくなる。キリがない。
 
本当に必要な物を大事に長く使いたい。
不用品を処分してシンプルに生活したい。
 
明日、明後日は引っ越し先の家にリサイクル店が来て不用品の査定をしてもらう予定。
不用品どれだけ処分できるかな?
 
 
じい(父親)が子供頃から住んでいる私の実家。
老朽化が激しく全部屋が雨漏りして寝る場所もほとんどない状態。

宮城県沖地震、東日本大震災にも倒壊はしなかったが、半壊認定された実家。
じいは大工で借家の実家を直し直し住み続けていたが、
高齢と糖尿病で目が見えにくくなり実家を直すことはもうできない。
 
昨年の12月に中古住宅を購入した。
 
高齢の両親に代わり私が住宅購入の手続きなどをしている。引っ越しの準備も私がしている。
 
大工道具や不用品はリサイクル業者に買い取ってもらった。
が、釘類や大工道具、板類などはまだ使うと言い出しだいぶ残っている。
多少の工具などは使うかも知れないけれど、釘類は使うだろうか?
 
布団、衣類、食器類まだまだ処分するものが沢山ある。
引っ越し先の家も荷物をそのまま引き継いだので、処分するものが沢山ある。
 
長男のじいが昔から住んでいる家を長女の私の代で引っ越すことになる。

初めての住宅購入、不安もたくさんある。
 
じいの通院、引っ越し、忙しいのに、ばあが引っ越ししないと言い出した。
じいもばあも家がもう住める状態でないのは充分に理解しているはずなのに、
ばあが引っ越しを拒みだした。
 
中古住宅の金額を払ってから、あの家を買わない方が良かったと考え出したのだろうか?
高齢で新しい環境に変化することに不安があるのは分かる。
今の家に住み続けたい気持ちは分かるけれど、もう住める状態ではない。
 
ばあは11月までは食事以外はほとんど外出していたのに、11月末に道路で転倒し、12月初めにじいが家で転倒してからばあの外出が無くなった。
 
外出しなくなってから、ばあの表情が無くなった。
人って歩かなくなるとこんなにも一気に雰囲気が変わるものなのか?

家を購入した事は間違っていたのだろうか?
 
 
 
実家で中古住宅を購入。高齢の親に代わって私が新しい家の掃除片付けをしている。
親戚のおばちゃんも手伝いに来てくれるけれど、ほとんど私がしている。
 
新しい家の掃除だけじゃなくて、引っ越す古い家の片付けもしなくてはいけない。
年末年始の休みは、片付け大掃除で終わりそう。
 
せめて元旦、2日くらいはのんびりしたいけれど、初売りに行くし正月はのんびり出来ない。
寝正月のお正月をしてみたいねえ。
 
今年は新年から実家の家探しをしていた。
やっと家が決まり新年から実家は新生活をスタートするけれど、
じいはこの前転倒して歩けなくなっている。
 
ばあも高齢で引っ越す事に不安を感じているようで、精神的に少し不安定になっている。
 
新年から親の介護の負担が増えそう。
新しい生活が始まるけれど、不安も多い。
 
来年はどんな年になるのだろう?
 
一年後の大晦日はお正月はどんな生活をしているのだろうか?
 

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