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東日本大震災から今日で5年。あの日と同じ金曜日だ。
あの大震災で忘れてはいけない事が沢山あるけれど、
今思う事は、震災で沢山の命が失われた事。。。
連日のように自殺や殺害などのニュースは後を絶たない。。
どうして命を粗末に扱うのだろう。
言いたい事は理解出来るけれど、日本死ねの表現はどうなのだろう?
死ね。軽々しく口にして欲しくない言葉。
人が死んでしまう。近くにも遠くにもいない、もうこの世から命がなくなる。
その悲しみは計り知れない。
せっかくこの世に生まれた大事な命。
「生きてこそ〜」 そう強く思う。
大震災で沢山の命が失われた事、命の大切さを思い出して欲しい。忘れないで欲しい。
2011年平成23年3月11日(金)東日本大震災。
沢山の命が失われた事を、命の大切さを常に忘れないで欲しい。
あの日の夜空はとてもとても星がきれいだった。
大昔から変わらない夜空。宇宙は広い。人間は小さい存在だけど強い力を秘めているはず。
10年後の被災地はどうなっているのだろう?
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東日本大震災
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あの日からもう4年。
月日の経つのは早い。一日の過ぎるのが早いですね。
3.11のあの日が近づくと大震災の報道がニュースが増える。
人間って報道されないと忘れてしまう事が多い。
あの大惨事をあの大地震を忘れないためにも、
CMでも番組で良いので端の方にでも被災地を応援するロゴとかを年中流しても良いのでは?
日曜日TVで、女川町が震災後1ヵ月後に復興協議会を立ち上げた事。
復興計画で「還暦以上は口出すな」と若い人たちの意見と組織で新しい街づくりを進めていた事を知った。
恥ずかしながら同じ宮城県内に住んでいるのに、内陸部に住む私はこの事を知らなかった。
あの大津波と火事で大惨事の女川町が1ヶ月後すでに前を向いて進んでいたのですね。
昔、会社の寮で志津川町方面から来た人達と同じ部屋になった事があった。
同じ宮城県でも内陸と海沿いでは言葉使いも性格も雰囲気も全く違う事を知った。
強いて言えば、海沿いの人達は力強い荒々しい男性のようなタイプに感じた。
大きな海と共に生活している海岸沿いの人達は、海のような大きなパワーを持っている。
過去にも大津波の被害に遭っても復旧復興してきたはず。
頑張っている被災地の底力を感じる。
同じ宮城県民としてもっと被災地に足を運んで応援していきたい。
女川方面には最近足を運んでいない私。
暖かくなってきたので、ドライブに行きますか?
海産物はスーパーでも買えるけれど、やはり海沿いで食べる海産物はとても美味い。
食して被災地を応援しよう。
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あの日から今日で3年。
我地元で災害公営住宅が建築中で、入居者を募集している。
あの日は仕事が14時で一旦終了し小腹が空いたし牛乳も無かったので、
イオン一階で買い物中にあの大地震に遭遇した。
実家に向かう途中、家に向かう途中のあの不安感は今でも覚えている。
あの日、まさか一週間も停電するとは思わなかった。
あの日暗い中近くの避難所の小学校に向かう途中の夜空は星が綺麗だった。
停電で暗かったので余計に星空が綺麗に見えたのかも。
あの日夜空を不安な気持ちで見上げていた人が沢山いたはず。。。
あの日暗い中情報はラジオからだけで、津波の情報は知っていたけれど、
翌日に給水場の体育館で見たニュースで被害の大きさを知った。
その翌日食品を買うために並んだスーパーで大津波の写真を新聞で見た。
あまりの被害の大きさに言葉を失った。
今は普段のいつもの生活に戻っているけれど、
あの大震災の日の事を思うと電気の大切さを痛感する。
一週間寒い中電気のない生活は大変だった。
電気は自然には存在しない。作り出さなくてはいけない。
原発。あの大震災でどれだけの人が不安に思った事か。。。
福島はまだ手付かずの場所が多い。。。
あの大震災を忘れないために、資源の大切さを忘れないように、3月11日を節電の日にして欲しい。
沢山の命が失われた事を決して忘れてはいけない!
昔は電気がなくても生活出来たのに、今は電気がないと何もできない。
今は便利な世の中なのに電気がないだけで不便な世の中になる。
今夜あの日のようにロウソクを灯そうかと思う。
今日はあの日と同じで14時に一旦仕事が終了する、
あの日のようにイオンに行き大震災の時間を迎える事にしよう。
イオンの近くでは追悼献花台と夜にはキャンドルナイトと追悼花火がある。
絶対忘れてはいけない3.11
温かくなったら石巻方面へ、震災後一度も足を運んでいない矢本、野蒜方面に行ってみようかな。
子供の頃から海水浴に行っていた思い出の場所、野蒜海岸。
仕事で落ち込んだ時、野蒜海岸まで海を見に行った事があった。
沢山の遺体が打ち上がった野蒜海岸に行くのに勇気がいるけれど。。。
今の現実を確かめる事も必要かも。
3年は長いようで短いですね。
3月11日14時46分
あの日どこで何をしていましたか?あの日を忘れないで。
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今日で東日本大震災から2年半。
2年半にもなると報道もめっきり少なくなっているのが現状。
被災地の復興は進んでいるのだろうか?
7年後に東京オリンピックが開催される。
その頃までに被災者が大震災前の生活に戻っている事を強く希望する。
オリンピックの準備にも多額のお金がかかる。震災復興にも多額のお金が必要。
消費税は上がるのだろうか?
近い将来の7年後の日本はどうなっているのだろう?
東京オリンピックで盛り上がっているけれど、被災地の事も忘れないで欲しいですね。
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早いもので大震災から2年。 あの日の事は忘れてはいけない、未来に向けて伝え続けなくてはいけないとしみじみ思います。 2月、悲しいニュースを目にしました。 ガガさんのカップ 県に寄贈 見届けるように翌朝逝く 歯科医の弓さん 東日本大震災の復興支援オークションで米人気歌手レディー・ガガさんがキスマークを付けた、 ティーカップを落札した大崎市の歯科医、弓哲玖さん(54)が20日、宮城県庁にカップを寄贈した。 寄贈を見届けるように、弓さんは21日午前7時49分、特発性肺線維症のため入院先の病院で亡くなった。 以前書いたガガさんのコーヒーカップを落札した歯科医の記事です。 ↓ 大震災で沢山の命が失われた。 一人一人の命はとても大事な物。復興支援のためにカップを高額で落札した歯科医の弓先生。 苦しんでいる人を救うべき医師の若すぎる死ってなんか悲しすぎる。。。 沢山の人にカップを見てもらい被災者を励まして欲しいそう思います。
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