思い立って「お味噌」「だし」「お味噌汁」や「具」などについて独学ですがお勉強することにしました。
と言ってもお料理しながらですから楽しくやれます。
以前買っていた辰巳浜子さんの味噌料理に関する著書を引っ張り出して読んでいると
いりこは頭とはらわたを取らないと生臭さが残るとありました。
知ってはいましたが、忙しさを理由にそのまま使ったりもしていたので、あらためていりこと
向き合うことにしました。
頭とはらわたを除くと半分に
なってしまいます。
1匹ずつより分けていると
「手間をかける」ということの
重要さがじわじわと
しみてきます。
無駄な時間ではないのだ
なあとしみじみ思います。
子供の頃、祖母がモヤシのヒゲ根を1本1本取っていたので、なぜそんな面倒なことをするのか?と尋ねたら
「おじいちゃんに食べていただくのだから」と言って笑っていました。
気の遠くなるような昔のことですが、その会話とその時の祖母の笑顔がずーっと心の片隅にあるのです。
手間をかけるということは、食べる人のことを想い愛情を混ぜ込んでいるのだと後々理解しました。
それでも世の中は便利になった分忙しくなり、人に想いを抱くこともなくなってきたように思います。
日本人の大切な食のルーツであるお味噌も工場まかせで、だしも顆粒や粉末が主流のようです。
ダシ入りお味噌が出た時は仰天しましたが、よく売れているみたいです。
それも時代の流れなのでしょう。
お料理に手間をかける時間がなくなってしまって、その時間はいったいどこに行ってしまったのでしょうか。。
そんなことを思っていりこと向き合っていると、「時間がたつ」というより「時が流れる」という感覚にとらわれます。
同じことなんですけどね、どこかが違う。
頭とはらわたと胴体を分離して、はらわただけを捨てます。
お魚のはらわたは重金属などよくないものが溜まるといいます。これは海の汚染の問題。
手のひらに乗ったいりこはこういうことも教えてくれるのです。
最後に、もうひと手間。
フライパンで少し香ばしく炒って瓶に詰めます。
頭は多めの胡麻と一緒に田作り風にしてお酒の肴に。
選別の時に出た粉はお茶パックに入れて
4グラムずつ3袋ができました。
小さないりこ達ですけど、目の前にこうして
体を投げ出して命をささげてくれているのですね。
お料理に少し手間をかけると、作った人も
いただく人も知らないうちに幸せを感じるのでは
ないかと思ったひとときでした。
いりこくん、おいしいお味噌汁にしてね^^
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