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むかしむかしある所に、『D』という名の、衰退した武家の一人娘がおったそうな
その娘は、時代劇に出てくる女は名前の最初に『お』が付くことが多いことから、『おD』と呼ばれていた―― おD 時は永平。阿佐潘では当時の領主・辰巳氏が専横を極め、多くの良士・良民が理不尽に処罰・不遇を受けていたその時代、悲しくも世情に流され父を失い、市場をさ迷い歩く娘がいた。 咎なく散った父の無念を晴らすため、娘は今日もまた、日の登り切らぬうちから、髪の毛半乾きで町に繰り出すのだった。 とある市場。人の起き出さぬ未明の通りを娘が歩いていると、たまたま屋から顔を出した翁に呼び止められた。 「これはこれは娘さん、年頃の娘が、髪の毛も乾かぬのに往来を出歩くということがあるか。我が娘のそんな醜態を世間様に晒しては、父上もさぞかしお嘆きだろう。」 「この姿を見て嘆いてくれる父はもういません。辰巳に殺されたのです。私は、一刻も早く父の無念を晴らしたい。ゆえ、私に髪の毛を乾かしている時間などないのです。」 「なんと。知らぬとはいえ気の毒なことを言った。すまぬ。しかし年頃の娘が髪の毛半乾きのまま街をうろつくというのは少しばかりエロい。ここはどうだ。この翁の頼みと思って、せめて髪の毛を乾かしていってからにしてはくれんか。」 「そこまで言われて断る理由もあません。わかりました。お言葉に従いましょう。」 そうして娘はその翁の家で髪の毛を乾かしてゆくことにした。市場通りにありながら翁の家には商いの気配がなく、穏やかな暖色系で統一された土間が不思議な安息感を演出していた。 「あばら家で申し訳ないが、せめてゆっくりと髪の毛を乾かしていくがよい。ときに娘さん。名を伺ってもよろしいか。」 「はい。Dと申します。」 「はあ、なんて?」 「Dです。アルファベットの、D。ですから私のことは『おD』とお呼びください。」 「おD、おDか…。うむ、良い名だ。」 「ありがとうございます。」 「うむ。」 「………」 「………」 「………」 「…おD。髪は、乾いたか。」 「いえ、まだです。」 「そうか…」 「………」 「………」 「…あの。」 「ん…。何だ、どうした。」 「あの、あれです。えーっと…」 「いいぞ。なんでも言ってみろ、おD。」 「そう。そうです、ひとつお聞きしたいことがあるんですが、」 「うむ。」 「…あ、違うわ。」 「ええっ。」 「そうだそうだ、違った。あっ、もう大丈夫です。」 「なんじゃそれ。」 「ごめんなさい。」 「いや別にいいけど…」 「………」 「………」 「………」 「………」 こうしておDはゆるりと髪を乾かし、外を出歩いても大丈夫な状態になった。 心身を復讐に染めていたおDだったが、さらさらと風に鳴る髪を聴いていると、あらためて髪の毛を乾かすことの大切さと、髪の毛半乾きで外を出歩くことの愚かしさを見つめ直すことができた。 おDは かみのけを かわかすようになった ※以降、よっぽどのことがない限り、おDは風呂に入ったあと、髪の毛が乾くまで外出しないようになります。 「どなたか存じ上げませんがありがとうございました。おかげさまで髪の毛が乾きました。」 「いや、髪の毛が乾いて何より。しかしおDよ。このような時勢、お主の境遇を聞いてなお、お主のような娘が仇討ちとはやんごとない。どうだ、そのようなことはやめて、当家に養子として入り、健やかに過ごすつもりはないか。」 「会話も弾まないのにですか。」 「それはお互いが努力すればなんとかなるだろう。一人の努力では届かなくても、二人ともが努力して、その二人間での努力感を100%に持っていけば、会話の弾まないのくらいなんとでもなると思っている。」 「…折角のお言葉ですが。」 「そうか。若い娘が断崖の道を選ぶ。まさに世も末かな。しかしおDよ。髪の毛も乾き、改めてよく見てみるとお主なかなかべっぴんではないか。この惜別の華として、最後にケツをさわらせてくれるとありがたいが。」 「お断り申します。それでは。」 こうしておDは旅立った。父の仇のため、憎き辰巳を討ち果たすため。その背を見送る翁の眼は、薄暗い市場にあって人知れず、万の色を滲ませていた。 「あの玉のようだった東条の娘が、あれほどの芯を持つとは、驚いたな。のう、清十郎よ。お主、虎を育てておったのか。」 髪の毛は乾かす。親しくてもケツは触らせない。それが私のやり方―― おDは行く、遠い朝焼けの向こう、辰巳の背を蹴りに。 |

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