The mysterious world

不思議な話です。自己満足ですのでのんびり行きます。

自衛隊での話

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暇つぶし・・・2

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↑武山駐屯地祭
 
以前、投稿した当直勤務での事。当直とは外出者の管理と夜間の連絡受領を主に行う夜勤の事です。
なにも無ければ退屈で中隊内の出入を管理しているファイルをよく見ていた。
任期満了除隊がほとんどだが、まれに目につくのがある。以前は昭和40年代にあった変死事件について投降したが、それ以外は特に変わったものは無かった。
 
しかし、任期満了除隊の他に交通事故死というのがあり、一緒に当直に着いた陸曹に聞いてみた。
 
「事故?プライベートですかね?」
「そうだろ・・・官用車で任務中なら殉職だからな」
「営外者(既婚者)だったんですね・・・気の毒に・・・」
「お前・・・そこの(同じ階)営外者用のロッカー室の話・・・知らんのか?」
「いえ・・・初耳です」
「帰ってくるんだよ・・・その人月曜の深夜に・・・2時から3時にかけてな」
「またまた・・・御冗談を・・・え?ホントに・・・」
「ははは!大丈夫だ!お前のように鈍感な奴には見えんだろうよ。俺もだがな」
「ははは・・・誰か見た人いるんですか・・・?」
「ああ・・・なんでもこの部屋を覗きこんでロッカー室に行くそうだ・・・ロッカーの扉を開けしめしたり、パイプ椅子がギシギシ音をたてるそうなんだが・・・好きだったんだろうなこの仕事が・・・ちゃんと帰って来るんだから」
「・・・あと、三時間で2時ですね。」
「ビビってんのか?幽霊でも先輩だぞ・・・ははは・・・今日は全員帰ったな?」
「はい・・・営外者を覗いて・・・」
 
静かな中隊事務室・・・デスクに座りながら少しウトウトしました。
「・・・い・・・・ぞ」
「・・・い・・・るぞ」
「おい・・・入るぞ」
 
「!」飛び起きました。「誰だ?今のは」
頭の中で叫び、同時に先ほどの話が一気に蘇った。
L型ライトを手にまっすぐ営外者用ロッカー室に向かいました。
 
「カツンカツン」自分の足音が反響してます。
ドアノブに手をかけた時、
バタン!パイプ椅子が倒れる音がしました。入室して部屋の中を確認しましたが、なにもありませんでした。
ただ、パイプ椅子が倒れていた以外は・・・元に戻し・・・手を合わせました。
 
事務室に帰り時計を確認するとAM2時半・・・ホントだったんだ。。。
そう思いました。

非常呼集・・・

新隊員教育は前期と後期に分かれ、前期はハートマン軍曹(映画:フルメタルジャケット)でおなじみの雰囲気・・・自衛隊はもっとお上品でしたが
 
よく言われたのは
 
「ここはヤンキーニーチャンの厚生施設じゃないんだ!いやならとっとけぇれ!」
 
「質問!と問われたら 無し!!と答えろそれがいい兵隊だ!」・・・とほほ
 
後期教育は部隊ごとの専門教育になる。私は迫撃砲についての教育を受けた。
 
映画なんかではただ砲弾を砲身に落とし込んで耳をふさぐ光景だけ描かれているが、実際は初弾を発射するまでのチームワークが大変重要になる。標幹走りに気泡合わせ・・・
 
現在は120mmを使っているようだが、その当時は107mmを使っていた。
 
寝泊まりしていた隊舎は木造の古い隊舎で2階には広いワンフロアと狭い事務室しかない。その当時は81mmの区隊と合同で寝泊まりしていた。
 
二階の大部屋の真ん中にロッカーを並べて区隊の仕切りにしていた。
 
L字型の部屋の窓側の隅にベットが二つで、他は等間隔に八つ置かれている。
 
私は窓側を割り振られ、もう一人が隣にいた。さほど仲の良い男ではなかったが、
ある日妙なことを口にした。
 
「なぁここは何時から使われているんだ?」
 
「さぁな、このねんきの入り方は旧軍からじゃないのか」
 
「夜・・・たぶん旧軍だと思うけど、起こされるんだよ・・・夜中に」
 
「夢の話か?」
 
「も・もちろん夢だよ」・・・おかしなやつと思われたくなかったんでしょう。彼は話を
そこで切りました。
 
何日かして、ある夜の事、彼は私を揺り起こします。
 
「・・・どうしたぁ?」
 
「やっぱり、夢じゃない・・・!俺の顔覗きこんで、、、おい集合だぞって」
 
「旧軍兵の話か?俺にはなにも聞こえなかったぞ!」・・・実はこの隊舎について
この時点でリサーチ済みでした。私と彼の寝ているところでずっと前からしばしば、旧軍兵が現れ入院者まで出たことがあり、その後、教官は見た感じ鈍感そうな新隊員をこの一角に割り振っていたようです。
 
・・・やっぱり私は鈍感(-_-)
 
そんな騒ぎがあった、数日後の深夜
 
「非常呼集〜!!隊舎前」
 
これは本物です。不意打ちを食らいパニック状態です。
 
集合に5分以上かかりバツとして、
 
「区隊!全員水筒を出せ!テッパチを取れ!水筒を頭上で逆さまにしろ!」
 
ばっちり目が覚めました。
 
寝る前に備えるということを学ぶ
 
ある日の深夜、いきなり電気がついた。当然、例の非常呼集だと思い
 
完全武装に素早く着替え、半長靴の紐結びも慣れたもの
 
すぐに隊舎前に集結した。81mmの区隊と合わせ総勢20名の隊員が
 
ビシッと整列した。。。0115(自衛隊ではマルヒトヒトゴ)と時間を呼称します。
 
しかし、いくら待っても教官が出てきません。
 
こんなことがたまにありました。もちろん、教官の策したいたずらでも電気の接触不良でもありません。調査済みです。昔から0115によくあることだそうです。
 
隣の彼は慣れたらしく
 
「昨日は広島出の19だったよ。俺と同じ年・・・なんかシナ?とかに行くらしい」
 
「なんだ?シナ?どこだそれ南方か?」という感じになっていました。
 
これが「暇つぶし・・・」で紹介した騒動です。
 
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腹に響く砲声でした

不審番・・・

 久しぶりのホラーです。

 教育隊にいた時、「不審番」という当番勤務が順番で回ってきた。

 不審番は消灯時刻から起床時間まで二人一組の一時間交代で隊舎の警備を勤務です。

 正面玄関に立つのを立哨、隊舎内を巡回するのを動哨と呼んでいました。

 普通、30分づつ交代で一時間を過ごします。

 その日、私は同じ班の隊員と第4直(午前1時から2時まで)につきました。

 夕食後、中隊長の心得的な訓示を受けたが、印象に強く残ったのは「逃げるな」「報告は正確に」

 ということだった。戦時でもないのに大げさなと思い班長と会話すると

 「敵は来ないが、ここ(隊舎)出るんだそうだぞ。。びびって逃げるなよ」と半分冗談で言われた。

 はじめ私が動哨として真っ暗な隊舎内を歩いて巡回した。一階二階は隊員が寝ているので大した

 ことはないが、三階のフロアはまったくの無人だった。一応、屋上の扉も点検して三階に降りたが、

 視界の隅に人影をとらえた。

 北側の奥から二番目の居室・・・もちろん怖いなど言っていられず、居室内を確認しました。

 誰もいない。

 順番に他の居室を見て回りましたが、異常はありません・・・背後の気配以外は・・・

 ついてきている?私とは違う足音のリズム・・・振り返りライトを照らすが誰もいない。

 気のせいと言い聞かせ中央階段から降りるとき、ふともう一度振り返ると、黒い人の影が廊下の

 奥から近づいてくるのが見えました。

 早足で一階まで戻り、立哨している同期に話しかけました。

 「顔色悪いぞ」と言われましたが、先ほどのことには触れずに交代しました。

 風の強い日でした。ガラスの扉越しに木々が揺れているのが見えます。

 しばらくすると、同期の悲鳴が聞こえました。・・・やはり三階です。

 木銃を構えて三階に走りました。

 同期は談話室と呼ばれていた部屋の前で震えていました。

 「どうした!?無事か?」と聞くと「化け物がいる・・・ここやばいぞ」

 「ちょっと、待て」と私は談話室の扉に手をかけました。「やめろ!もっと人を呼んだほうがいい」

 と同期は叫びましたが、私は勢いよくドアを開け突入しました。

 しかし、なにもありません。

 「おい、人騒がせだな」と言った瞬間、「馬鹿!上だ!天井だよ!」と言われたので、咄嗟に

 木銃の切っ先を上に向けましたが、なにもありませんでした。

 「何を見たんだ?」と聞くと「写真から・・・顔が浮き出て・・・こっちをみていた・・・」

 たしかに談話室には、当時の人気アイドルのポスターが天井に近い壁に数枚貼られていました。

 その中の一枚、半分はがれているのがあったのですが、それは投身自殺した子のポスターでした。

 これか?と聞くと「そんな・・・さっきはこの顔がここまで迫ってきたんだ・・・」

 この出来事を正確に報告しました。特に指導されることもなく、当直指令はただうなずいた。

 次の日の昼休み、三階の談話室に行ってみるとポスターはすべて新しいものに変えられていた。

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赤い光点

これも20年以上前に実際に体験した話です。


連隊本部は仮想敵国甲と位置づけていた旧ソ連軍のアフガンにおける戦法に大変関心を示しており

たびたび、部隊を青軍(自衛隊)、赤軍(甲)に分けて演習をしていた。

ある演習の際、臨時の編成で赤軍小隊の小隊長付をやらされた。

編成はドライバーの私を含め小隊本部3名、隊員は中型車両2台に20名程分乗していた。

目的は青軍の防御陣地に夜陰に乗じて接近し奇襲をかける予定だった。

旧ソ連軍もベトナムでアメリカがやったように小規模で、ヘリ、装甲車を使って強襲を繰り返す

戦法を行っているということで、赤軍の攻撃もそれにならって行われた。

奇襲が目的なので夜の移動は管制灯火行軍(ライトを消して管制灯火のみ点灯)となった。

私は先頭のジープを運転し、助手席には小隊長役の陸曹、後部座席には通信担当の隊員が

乗っていた。後方には中型トラック2台が随伴している。

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この日は霧が濃く、月明かりもほとんど期待できなかった。真っ暗だった。

暗闇に目が慣れてくると轍が白っぽく見えてくるが、霧の為ほとんどわからなかった。

低速でゆっくり進んでいると赤い光点が二つ前方にあるのが確認できた。

それは同じく管制灯火行軍をしている別の部隊がいることを意味した。

小隊長は車間に注意と指示してきたので、了解と静かに返答した。

しかし、助かった・・ほとんど、路面の轍が判別出来なくなっていたので、内心ほっとした。

しばらく、その車両に続いていたら、どこかの3差路に出た。前車は右のルートを進んだようなので

迷わずそれに続いた。

小隊長の顔が暗闇ながら、かなり険しくなっていることに気づいたが、運転に集中した。

「おい!」「はい」「止めろ!」「へ?」「いーから早くとめろ!!!」「は!」

急に大声を出されたので、あわてて急ブレーキをかけました。

車間距離をとっていた後方の中型トラックも続いて急停止しました。

小隊長の顔を見ると固く眼をとじ冷や汗をかいていました。

「どうしたんですか!?」と後方のドライバーが走り寄ってきたので

私はジープを下りて「いえ・・・あの・・・」といいかけた時

凍りつきました。

ジープのすぐ前は崖だったのです。

もし、小隊長がなんらかの異変に気づき怒鳴らなければ、私を含め小隊は全滅していたはずです。

前を走っていたはずの車両はどこにもいませんでした。

崖下の捜索を分隊長が申し出ていましたが、誰が見ても車両が落下した形跡はありませんでした。

小隊長は他の隊員の不安を煽るから、あまり大騒ぎするなと指示したので、我々は転回できる

ところまで後退し元の林道に戻りました。

帰り道の道すがら、なぜ崖があることがわかったのか小隊長に聞いてみましたが

「タヌキにばかされた。。。そおゆうことでよかろう」と誤魔化された。

3差路の右ルートから、なにかを見ていたはず・・・私には見えなかったなにかを・・・

その後、わかったのはその付近に3差路など無いことだった。

怖い話:死の連鎖

 この話は自衛官だったころ、私がいた営内班の先任士長(A士長)が体験
した話です。

彼は人柄が良く下っ端からは慕われていました。ただ、今でいうアニメ・
漫画オタクであり、外見(オタ)も自衛隊員には見えなかったので、上の
人からは異色な人材として見られていたように思います。
他にもグルメ評論、戦史、映画、写真撮影、車を語らせると、あっという
間に2〜3時間過ぎてしまうほど雑学博士でもあったので、稼業外は彼の
話を聞くのが楽しみでもありました。


また、演習においての指揮能力も他の先任士長に引けをとらないので、私
はいい上官だと思っていました。


しかし、彼だけ糧食班に出向させられる事が多く、部下である私たちは
内心不満を持っていた。分隊で活躍すべき人材になんで飯炊きばかりさ
せるのか。。。

そんな愚痴を彼にもらしたら
「いいんだよ。君たちには悪いが僕は料理が好きだ。泥まみれで銃を撃つ
より、シチューの隠し味を考えていた方が性にあっている。」

たしかに演習でこの人が炊事車で作った戦闘糧食(温飯)は評判が良か
った。



ある日、荷造りしているA士長を見たのでどこに行くのか聞いてみた。


炊事車を使った戦闘糧食の講習会だか研究会だかがあるようで、また、
出向を命じられたようでした。内容については詳しく知りませんが、
どうも田舎の方の小さな駐屯地で幹部相手に臨時で行われるらしく
本人は公費で旅行が出来ると嬉しそうだった。

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3週間後、A士長は戻ってきた。少々、お疲れ気味のご様子。

土産話が聞けたのは、数日後の野営中の時だった。



偽装を施したトラックの荷台でA士長は不味いCレーションで創作
料理に挑戦していた。今回は一緒の分隊だったので我々も楽しみに料理
を見ながら待っていた。


すると
「君たちは超常現象を信じるか?」とおもむろにA士長が呟いた。


私たちは苦笑して、
「UFOは有りますよね。この間、大騒ぎになりましたし・・・」
http://blogs.yahoo.co.jp/umizaru_63/12260485.html


「しかし、自然現象か見間違えとか、思いこみがほとんどではないでしょうか
・・・」
と誰かが言った。

「う〜ん・・・だといいんだが・・・実は研究会に行ったとき少々怖いおも
いをしてねぇ」




以下A士長の視点


講習会に参加していたのは他の駐屯地からの選抜で10人程度が来ていた。
我々、展示説明係りの隊員は全員同じ時期に来たのではないようだ。
したがって、帰る時期もそれぞれ違う。
僕がついたのは最後から2番目だった。
全員が揃っていた期間は一週間程度で、次々に先に来た順から原隊に帰って
いった。

短期間の班編成とは言え、送別会はあるようで、多すぎる酒は好きではない
が、そのたびに付き合った。会場は普段使われていない隊舎を宿舎としてい
たので、二階の一番奥にある空き居室を使っていた。

いよいよ、残りが自分を含め5人になったとき、気心が知れたのか宴会は遅
くまで続いた。22時以降は消灯だが、この駐屯地の当直は送別会を中止させ
に来るような無粋な真似はしないようだ。

自分の御国自慢や女の話等で盛り上がり5人の酔いがピークに達したとき、
主賓である隊員がトイレに立った。古い木造隊舎で普段使われていないので、
寝床のある二階のトイレは使用できず、一階まで下りて行く必要があった。

数分で次の日に帰る主賓の隊員がまた笑いながら宴の席に戻ってきた。


「まったく、みなさん私を脅かしたいのはわかりますけど、あんなものを
トイレに持ち込んだら怒られますよ。」

「あんなものって何?」

「大きな頭のオブジェですよ。何時用意したんですか?いきなり後ろにある
もんだから、びっくりして手にひっかけるとこでしたよ。」


その時はみんな頭のオブジェに関しては触れず、主賓の隊員のリアクション
が楽しくて自分を含めかなり酔っていたのか忘れてしまったようでした。



そして、2〜3日後、二人目の帰る日が来て、前日の夜、恒例と化していた
ので4人で宴会となりました。人数的には寂しい宴ですが、皆明るく時間の
過ぎていくのを忘れるほど盛り上がっていました。すると、今回の主賓も
途中でトイレに立ち一人で一階に下りて行きました。

そして、数分後、笑いながら戻ってきました。
「だれだれ?こおいうの俺はぜんぜん平気だからねぇ〜」

「何がです?」

「頭のオブジェ!良く出来てるねぇ腕組んで観察しちゃったよ。ははは」

「どこにあったんですか?」

「え?一階の廊下だけど・・あれ?君たちじゃないの?」

この時、はじめて自分もおかしいと思った。

そして、更に2〜3日後、3人目が帰る日の前日、やはり帰る隊員にとって
は最後の締めなので3人でも宴会は実施したのです。


しかし、宴会当日の昼、カメラが趣味である自分は撮った写真を帰隊した
仲間に送ろうと始めに帰った隊員の駐屯地に電話を掛けてみた。
すると、電話回線を中隊に繋いでは貰ったが、なかなか、本人を呼んでもら
えない。昼休み中なので問題はない筈なのだが、電話に出た相手は君は誰なの
か、どんな関係なのかをしつこく聞いてくる。



その訳は
「・・・大変不幸な事故に逢い・・・殉職したのだ・・・もうご家族のとこ
ろに帰って葬儀もすんだ・・・」
ということだった。



つい先日まで一緒に勤務していただけに落胆した。
そして、言い知れぬ不安が過ぎり、二人目の隊員の駐屯地にも電話をかけた。



「・・・特外(特別外出・・・泊まりOK)中に交通事故に逢い・・・残念
な事に・・お亡くなりになりました。」



偶然なのか・・・何かが作用しているのか・・・
もし、後者であるならば・・・あれに間違いない。



その日の晩、二人の冥福を祈りつつ酒を酌み交わすが、酔いがまわると
三人とも陽気になっていった。

飲みすぎだ・・・

宴会の前に今回の主賓に「けして一人でトイレに行かない様に・・・」
と釘を刺しておいたが・・・

気がつくと自分ともう一人がテーブルに伏せていた・・・
主賓の隊員がいない・・・

あわててもう一人を起こそうとしたとき、主賓の隊員が戻ってきた。

「ひょっとして・・君も見たのかい?」

「ああ・・・まさかな・・・信じていなかったんだけど・・・」

「どこで・・・?」

「今度は階段の踊り場にいたよ・・ひょっとして奴は・・・」

「僕たちは大丈夫だよ。心配しないでくれ。この講習会も・・・
すぐ終わるから」


次の日の朝、明るく見送ったが言い知れぬ不安は多かった。

講習会が閉会し、最後は二人とも同時に帰れるようだった。
自分ともう一人はそんなに酒が好きというわけではないので、宴会ではなく
自分たちの居室で軽く飲んで終わりにすることにした。



頭のオブジェについての話題は極力避けていたが、やはり気になったので
今までの経緯を二人で整理してみると
奥の居室で飲んでいる時に帰る人間にだけ見えて・・・そして、二階に近づ
いてきている・・・見た人間は死んでいる・・・
まさか・・・この居室にも・・・どうやって移動しているんだ。

とにかく、今夜はこの居室から一歩も出ないようにしよう。
そして、絶対に見ないこと。
そのように二人で決めた。消灯ラッパと同時に床につく。
賑やかだった広い居室も今や二人だけ、とても静かだった。



浅い眠りについたが、ガタガタとベッドの軋む音で目が覚めた。
もう一人の隊員が布団を頭から被り廊下側に背を向けて落ち着かない様子
だった。


「どうした?」小声で聞くと

「静かに、いいな絶対に見るなよ」と小声で返してきた。

廊下側の壁は天井に近いところがガラスになっていて誰かが通過すると影
が見える。

あれは頭のオブジェなんかじゃない。



生首そのものだ。



横切る陰でそう判断した。しかも空中に浮かんでいる。


なにかを捜しているのか、行ったり来たり気配は消えなかった。

自分も廊下側の壁に背を向け、しっかりと目を閉じた。



「ちくしょう・・・」


もう一人の隊員が恐怖からか、呟くとその声に反応したのか。
居室のドア静かに開いた。



居室内の天井近くを何かが飛び回っている。



「ゥウゥ・・・ワワワ・・・」


笑っているのか泣いているのか・・・息が漏れているのか
気味の悪い声が聞こえる。


ひたすら無視して耐えた。


気がつくと、朝日が居室内を照らしていた。起床ラッパが軽快に放送され
ている。


安心して布団から出て、もう一人の隊員と目を合わせた。


「ゥウゥ・・・ワワワ・・・」
しかし、またこの声が聞こえた。


二人ともベッドの陰に隠れた。


まだいるのか・・・


そう絶望しかけたとき、窓の外の電線でかわいらしい鳩がお尻を向け
鳴いていた。

以上がA士長の体験でした。




三人目の隊員はどうなったかと聞きましたが、このときはまだ生きてい
たそうです。

しかし、その後、生死は不明ですが音信不通になり、
しばらくしてから電話をかけたら退職したとだけ言われたそうです。



・・・この反応はたぶん自殺だ・・・とA士長は言っていました。



たしかにその時期、地方紙の片隅に自衛官の自殺体が発見されたと
あったそうです。


私は退職した後、一度だけA士長に会いました。それも偶然、千葉県内の
国道で渋滞にハマっているとき、隣同士になった為です。

特に用事も無かったのでランチを御馳走になりました。
この話を蒸し返して、もう一人の隊員について聞くと、


「ああ、やっぱり俺たちは間違っていなかったよ。彼は今でも元気だ。」


そお笑顔で答えた。

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