The mysterious world

不思議な話です。自己満足ですのでのんびり行きます。

自衛隊での話

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怖い話:暇つぶし

私が自衛官だったころ、当直という勤務があった。

主に中隊事務室に待機して連絡業務といったもので、外出者が出払うと暇になる。

ある日、その順番が回ってきて同じ班の陸曹と一緒に時間を潰していた。

事務室内にはいろいろな書類が保管してあり、取り分け気を引いたのはマル秘と
表紙に書かれた帳簿だった。

滅多に閲覧出来ないので、いい暇つぶしという感じで帳簿を開いていた。

ほとんどがつまらない報告書ばかりだったが、中隊入出者記録というものに手が伸びた。

中隊発足以来の隊員の記録が記されていた。

防衛太郎、昭和××年××月××日配属し、昭和××年××月××日任期満了除隊
そんなことを記録している帳簿だった。

自分や今在隊している隊員のことも記載されているので、卒業アルバムをみている感覚で
気軽にページをめくっていた。


昭和40年代の記録に妙な記載を見つけた。
「変死」と書かれている。


勤務中なら殉職となるはず、なぜ・・・?

一緒に当直についていた間もなく定年の陸曹にこのページ欄をみせて聞いてみた。


「知らんのか?駐屯地内で殺人事件があったんだよ。」

「そうだったんですか。その被害者なんですね」

「そうなんだけど、いろんな憶測が出てなぁ・・
そんとき俺は二等兵だったから、噂と後日談しか知らんが・・」

暇だし興味もあったので、詳しく聞くことにしました。


「おまえたちが新教の時に使った木造隊舎の中央玄関の外に倒れていたそうだ。
死因は首の骨が折れたことによるものだそうだ。」

話し出した顔つきから怪談話が始まると予測できました。

「しかし、その隊員は徒手格闘の名手なので、犯人は正面から素手で襲ったのでは
返り討ちにあうはず、後ろからだとしても普通だったら武器を手に襲撃するはず・・・」

「それよりもやられた隊員の致命傷は素手の人間では与えられないものだった。
なぜなら、頭と胴体を掴んでねじったようになっていたそうだ。人間を含めて動物の仕業なら、
ゆうに3mを超す身の丈を持った生物ということになると、当時の捜査ではなったそうだ。」

「そんなもんがこの東京のど真ん中にいるはずはなかろう・・それで
捜査は打ち切り変死という扱いになったんだ。」

「おれたちは当時、自殺と聞かされたよ」

「たしかにその事件のあった日に木造隊舎2階の小さな窓ガラスが1枚割れていたが、
人が突き破って落ちるには脚立で登らなければならない位置だった。
それに破片は内側に散らばっていたんだよ。当然、脚立など無かったし、酒も飲んでおらず、
なぜ深夜一人でその場所に行ったのかさえ、わからず仕舞いで終わったんだよ。」


「緑色の怪物・・・」


「なんだそりゃ?」

「いえ、以前、新教隊舎で幽霊騒ぎがありまして、夜中にいきなり電気が点灯したり、
話声や足音がしたり、そのときに誰かが言っていました。
この駐屯地には旧軍から噂されている物の怪がいると・・・緑色の肌をした化け物・・・」

「あっはっは、それは面白い!では今夜二人で化け物退治にいってみるか?」

ホラー映画のプロローグようですけど、
その後、何度か夜に足を運びましたが、化け物は出ませんでした。

今では建て替えられ新しい鉄筋の隊舎が川越街道から見えます。

もし・・・あの階段をあのとき上っていたら・・・

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これは以前、私が行った駐屯地でのことです。

ドライバーになったばかりだったのですが、横須賀にある駐屯地に2か月ほど

臨時勤務で出向したことがあります。任務は消防ポンプ隊操縦手。

気分転換にいい仕事をもらったと内心喜んでいました。

これで演習に行って泥まみれからしばらく解放される。

午前、午後と軽い放水延長訓練と巡回で一日が終わる。

そんな平和な日々が続きました。

しかし、ここは当時、新隊員教育を専門に行っていたので、しばしば夜中に起こされた。

「308中隊(仮名)から脱柵者が出た模様なので、警衛隊の指揮下に入り割り当て地区の捜索を実施する。直ちにかかれ!」

陸だけではなく、お隣の水兵さんもちょくちょく、あったようだ。

だいたい近くの町で、御用となるが、まれに駐屯地内に隠れていることがある。

塀に張り巡らしてあるワイヤーに触れず、外に脱走するのは、ほぼ不可能なので
ワイヤーが無事なら中にいる可能性が高い。

消防ポンプ隊が出張るまでもなく、すぐに見つかるケースが多いので
他の隊員と一緒にもっさり起きて、ゆっくり着替えていた。

しかし、ある日、水兵さんがいなくなったと連絡があり、割り当てられた主要地点を他の隊員とだべりながら、歩いて回り。異常なしで片づけたのですが、
次の日、消防ポンプ隊宿舎の裏手にある食糧備蓄庫の陰で首つり状態で発見されたことがありました。

そんなことがあったので、連絡があったら面倒くさがらずに探すことにしました。

今は取り壊されて、真新しい綺麗な隊舎が建っているようですが、当時、レクリエーションセンターという木造の大きな隊舎が教育団本館と並んで建っていました。

朝鮮戦争時代には米軍が戦死者を一時保管した場所でもあったそうです。

「赤じゅうたんの中央階段を夜に一人で上がると、一人では下りてこられない。。。」

そんな噂がこの建物にはありました。

私も新隊員の時、この駐屯地を出たので探検に行ったりもしましたが、特に変わったことはありませんでした。

ただ、2階はすでに使用されておらず、針金で巻かれた各部屋のノブが気味悪さを演出していました。

そんなある日、また新隊員が行方不明と2000時位に連絡を受領しました。

消防ポンプ隊の捜索地区の割り当ては食堂及びレクリエーションセンター付近となり、L型ライトを手に捜索を開始しました。

レクリエーションセンターの入口に入り、真っ暗な1階を捜索したのですが、気味悪いことこの上ない雰囲気です。

卓球台が3台と穴のあいたソファに壊れてオブジェと化した大きな古時計・・・

しかし、西側のフロアを隔てている赤じゅうたんの中央階段に差し掛かった時、不思議な光景を見ました。

照明が点灯しており、2階はやけに賑やかです。大勢が歩きまわる足音がします。

どこかの部隊が稼業中のようでした。

一応、捜索しようと階段を一段上がろうとしたら

まさか脱柵者が2階には行かんだろうと、一緒に来た隊員に言われて、

そうだな・・・大勢いるし・・・と

上がるのをやめました。

東側も捜索しましたが、ビリヤード台から落ちていた玉しか見つけられませんでした。

建物から出て、帰ろうとしたら、

一緒に来た隊員に「おい!」と声をかけられました。

ん?と振り返ると

レクリエーションセンターは漆黒のやみに包まれていました。

「どうなってるんだ?」とあわてて中央階段までもどり二人で階段を上りました。

しかし、ほこりの積もった長い間未使用の廊下があるだけでした。

針金でノブは縛着してある為、部屋は開けられませんでしたが、当然、人がいた形跡は
全くありませんでした。

一応、帰った後、班長に報告しました。

脱柵者と思われた隊員はすでに別の場所で見つかり、事なきを得ていたそうです。

その後、班長が話し出したのはレクリエーションセンターに纏わる事件のことでした。

ある新隊員が罰当番としてセンターの便所掃除を言い渡され、夕食後、一人で行ったそうなのですが、点呼の時間になっても帰ってこないので、センターに捜しに行くと、2階の廊下で倒れているのが発見されたそうです。
幸い外傷もなく、すぐに回復したそうなのですが、
彼が見たものは
2階が賑やかだったので、赤じゅうたんの中央階段を上がってみると、大勢のアメリカ兵が仕事をしていたそうです。
夜のはずなのに昼のように明るく、シャワールームからはバスタオルを腰に巻いた白人兵が談笑しながら出てきていたそうです。
廊下の奥で下士官と思われる兵士が手招きをしていたので、行ってみると室内に入るように促されたそうです。
入ってみると作戦会議中なのか、
立体地形図を囲んで数人の将校が話し合っていたそうです。
そして、こちらに向けて朝鮮半島の地図を広げている将校が立っていたので目をやると、額に銃創があるのににっこり笑ったそうです。
悲鳴をあげたそうですが、それと同時に部屋にいた米軍将校たちが一斉にこちらを向き、頭が半分ない者や肩からわき腹にかけて裂けている者など、彼らはすでに致命傷を受けているのに同じくにっこり笑ったそうです。
それを見て意識を失った。
その新隊員の事件がはじまりで、その後も何人か同じ体験をした隊員が出たそうです。

私たちの場合、夜に一人で上がるという条件を満たしていませんでした・・・
そおいうことなのでしょうか?

去年、駐屯地解放のとき見学に行きましたが、レクリエーションセンターはすでになくなり、かわりに新しいPX(売店)になっていました。

あの米兵たちは故郷に帰れたのかな・・・かわりに建った新しい隊舎で自衛官が作った焼きそばを食べながらちょっと切なくなりました。

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この車が一番懐かしい・・・

怖い話:照明弾・・・

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通信車仕様のトラックから外に出てみると日は完全に沈み、東京ではお目にかかれないすばらしい星空。
しかし、遠方で散発的な銃声砲声が轟いていた。当時、この仕事をしていなかったら大変なことだろうが、その時はもうさして珍しいことではなくなっていた。
これは富士の裾野で起こったことです。

特科大隊が照明弾を打ち上げているのが遠くに見えた。
本部幕舎のある中隊本部陣地には中隊長以下幹部達と通信班、それと弾薬班がいた。
そして、100Mほど離れた稜線を隔てた向こう側に第一、第二小隊が布陣していた。
この時、私はいつもの分隊から離れ、臨時に通信車のドライバーとして参加していた。

実弾の射撃訓練に来ていたのだが、2000時を過ぎると風呂も買出しも終わり、やることがなくなるので自由時間のようになった。
遠くから聞き覚えのあるディーゼル音が近づいてきた。弾薬班が○○学校で次の日に撃つ為の実弾を受領して戻ってきたのだった。
戻ってくるなり助手席の三等陸曹が身を乗り出し「おい!ありゃあなんだ!」と叫んだ。

私は車両の中にいたので空の様子がわからず、他の隊員と顔を見合わせていると「総員!点呼確認」と号令が聞こえた。すぐに装備を装着し小銃を手に車両から飛び降りました。
すると陣地内のほぼ全員がある一点を見上げ呆然としています。

陣地から富士山に向かって目をやると大きな発光体が浮かんでいました。

距離にすると2000〜3000M程度でかなり至近でした。
携SAM(携帯用対空ミサイル)があったなら必中エリアです。

発光体は現存するどの航空機にも不可能な動きを繰り返し飛び回っています。
中隊長は直ちに直近のレーダーサイトに確認を指示し、陣地内は緊迫しました。
各小隊も発光体の出現でパニック状態になり状況説明の要求が引っ切り無しに入電されてきました。
私の当時の感想を述べるともう仮定の話ではないということです。
現実に目の前にそれが存在しているのです。もしTV局がいたらいい画がとれたでしょう。

「レーダーでは捕らえていないそうです!」射撃幹部が中隊長に報告している声が聞こえました。

発光体は赤から紫にそして青色に変化しその光で影ができるほど接近したりまた遠ざかったりを繰り返しましたが、概ね15分間好き勝手に飛び回った後、一直線に航跡を描き消えてしまいました。

中隊長はみんなを集め、「あれは明らかになんらかの意思を持った存在であり、この後もここが安全であるとは断言できない。各員は不測の事態に備えよ」と指示した。
夜間歩哨は二人一組で行うことになり、私は2300時より0100時までの間、前哨点監視についた。その後、発光体は一晩で4度姿をあらわした。その度に非常呼集をかけ眠れぬ夜を過ごした。

「奴らはどんな武器を・・?」答えは期待していませんでしたが、つい一緒に歩哨についた陸士長にもらしてしまいました。
「わからんが今攻められたら、銃剣格闘だろうなぁ・・」聞かなきゃよかった・・。くだらん事を思い出す・・入隊する日、おふくろは最後まで入隊に反対していた、こんなに平和なんだから平気だといって家を後にしたが、こんな事態は予測していなかった。

発光体があらわれるたび未知の敵に対しての恐怖感が募った。

東の空が明るくなりはじめ朝もやがたちはじめた。
危機は去ったようだった。なぜなら海兵隊のF/A−18戦闘機2機がどこからともなくあらわれ付近上空を飛び回っていた。腹にはサイドワインダーにスパロー2発をかかえていた。対空装備で富士に・・?やっと援軍の到着と思えた。自衛隊機が発砲したら大変だが、米軍機なら言い訳はいくらでもできる。

この10時間あまりの出来事はなんだったのか?はっきりと言える事は幹部を含め私たちの動揺は本物でした。駐屯地に帰ったあと「あれは特科の撃った照明弾である」と朝礼で発表された。
「大型トラック位の大きさの照明弾が15分間も滑空してハエみたいに飛び回れるのか?」
まぁ話したところで誰も信じないだろうから口止めすることもないだろうと、みんなで苦笑した。

他の部隊と合同で演習に参加したときたまたま発光体の話になった。するとその隊員は「よく聞く話だ。ちょくちょく現れるらしいぞ。そして米軍の戦闘機がいつもの訓練模擬弾装備じゃなくて、対空装備で出撃してきたろ?たぶん空母からだぞ・・」そんな話をしていた。

霊峰富士は正に神秘の聖域・・・

今回は矢追さんばりですが、ほんとのはなしです・・・

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暑い夏の日、八月のお盆の時期は駐屯地内も隊員が休暇を取るため妙に静かになる。まして日曜日ともなるとほとんどの隊員は外出をして食堂や隊員浴場はガランとして時間もいつもよりゆっくり流れているような錯覚におちいる。私がかつていた駐屯地もそうでした。

当時、私はお盆の時期を外して休暇を取っていたので、いつもとは違った雰囲気で流れる時間を過ごしていた。
どしゃぶりに見舞われた演習から帰り、私の先輩だったK士長は自分の車付である大型トラック(当時カーゴとか3トン半とか呼ばれていた車両)を野外プールの向かい側にあった洗車場で泥を落としていた。
雲ひとつない天気でとても暑い日の昼間でした。K士長も私と同様に休暇の時期をずらした一人だった。休みなのに洗車とは・・
見習わなければと思っていると、中隊の居室に戻ってきたK士長はこんな話をはじめた。

洗車場で作業をしていると営庭のある方向からこちらに歩いて来る人がいて、近くに来ると立ち止まりじっと作業を眺めていたそうです。
振り返ってよくみると、紛れもなく旧陸軍の制服であり、着こなしや顔つきもいわゆる軍事オタク系の人ではなく、ごく自然に見えたそうです。目があったところで相手がにっこり笑ったので敬礼すると、相手も答礼し
「この暑い日に御苦労だな」と言ってきたので
「どうせ暇ですから」というと、この6輪は何人兵を運べるのだ?とか他愛のない世間話をはじめたそうです。話し方から、階級はかなり上であると感じたそうです。
おもむろにその軍人は帽子をとり
「すまんが頭に水をかけてくれんか」と頼んできた。K士長は断ったが、
「気にせんで、そら、やってくれ」というのでホースから出ている水道水をかけてあげたそうです。すると坊主あたまを片手で拭い、またにっこり笑い、
「ん、生き返った。ありがとう」と言い残しすたすたと師団本部隊舎の方向に歩いて行ったそうな。何者なのか不思議だったので、となりでウォーターガンを使って洗車していた隊員に「今の人は何者だろう?」と話しかけたが、その隊員は「・・・さっきからK士長は一人でしゃべっていましたよ・・・急に道路に水まくし・・どうかしたんですか?」と逆に聞き返されてしまったそうな。

旧軍の兵士が夜に出没すると何度か聞いたことがありましたが、昼間に出たというのはこの時初めて聞きました。
奇しくもその時期はまもなく英霊の日を目前に控えた日であったような記憶があります。

怖い話:徘徊者・・・

この話は私が自衛隊にいたとき、レンジャー課程の訓練を受けに行った先輩から聞いた体験談です。

レンジャー訓練には二人一組でコンパスと地図を頼りにして、制限時間内に目的地へ到達するというものがあります。
レンジャーとは知っている人は知っていると思いますが、所謂、自衛隊の特殊部隊ですので敵地に潜入、偵察、かく乱、破壊、人質奪還などを主な目的として行われる訓練課程です。

その日は富士の樹海に入り、夜間も距離を稼ごうと移動していたそうです。
すると何人かの小集団が自分たちと並行して歩いている足音が聞こえ、進めば進むほど近づいて来るようでした。
一般の人との接触は極力控えるように命令されていたので、バディに手で合図し隠れることにしたそうです。こんな夜中に移動とは・・・?
と不思議だったそうですが、迷っているなら救助しなければならないし、そうでなければ迷彩服を着て顔は真っ黒にカムフラージュしていたのでいきなり出て行けばかえって驚かせる結果となります。

とりあえず、このハイカー達をやり過ごすことにし、様子に異常なければ、今後遇わない様に別のルートを模索する必要があります。

しかし、暗闇でバディがしきりにハイカー達を指さしているのに気づいたので、直近を通過するのを待ち隠れている岩陰から覗いてみると・・・あろうことか。

それはハイキングに来ていた一般人ではなく、体中が腐乱した遺体が死臭を放ちながら一列に並んで歩いていたそうな。

二人の隊員は悲鳴や息遣いが漏れないように自分で口を押さえたそうです。

樹海の伝説は多いですね。。。コンパスは普通に使えるそうですよ。

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