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私が自衛官だったころ、当直という勤務があった。 |

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こんにちは、ゲストさん
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私が自衛官だったころ、当直という勤務があった。 |
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もし・・・あの階段をあのとき上っていたら・・・ これは以前、私が行った駐屯地でのことです。 ドライバーになったばかりだったのですが、横須賀にある駐屯地に2か月ほど 臨時勤務で出向したことがあります。任務は消防ポンプ隊操縦手。 気分転換にいい仕事をもらったと内心喜んでいました。 これで演習に行って泥まみれからしばらく解放される。 午前、午後と軽い放水延長訓練と巡回で一日が終わる。 そんな平和な日々が続きました。 しかし、ここは当時、新隊員教育を専門に行っていたので、しばしば夜中に起こされた。 「308中隊(仮名)から脱柵者が出た模様なので、警衛隊の指揮下に入り割り当て地区の捜索を実施する。直ちにかかれ!」 陸だけではなく、お隣の水兵さんもちょくちょく、あったようだ。 だいたい近くの町で、御用となるが、まれに駐屯地内に隠れていることがある。 塀に張り巡らしてあるワイヤーに触れず、外に脱走するのは、ほぼ不可能なので ワイヤーが無事なら中にいる可能性が高い。 消防ポンプ隊が出張るまでもなく、すぐに見つかるケースが多いので 他の隊員と一緒にもっさり起きて、ゆっくり着替えていた。 しかし、ある日、水兵さんがいなくなったと連絡があり、割り当てられた主要地点を他の隊員とだべりながら、歩いて回り。異常なしで片づけたのですが、 次の日、消防ポンプ隊宿舎の裏手にある食糧備蓄庫の陰で首つり状態で発見されたことがありました。 そんなことがあったので、連絡があったら面倒くさがらずに探すことにしました。 今は取り壊されて、真新しい綺麗な隊舎が建っているようですが、当時、レクリエーションセンターという木造の大きな隊舎が教育団本館と並んで建っていました。 朝鮮戦争時代には米軍が戦死者を一時保管した場所でもあったそうです。 「赤じゅうたんの中央階段を夜に一人で上がると、一人では下りてこられない。。。」 そんな噂がこの建物にはありました。 私も新隊員の時、この駐屯地を出たので探検に行ったりもしましたが、特に変わったことはありませんでした。 ただ、2階はすでに使用されておらず、針金で巻かれた各部屋のノブが気味悪さを演出していました。 そんなある日、また新隊員が行方不明と2000時位に連絡を受領しました。 消防ポンプ隊の捜索地区の割り当ては食堂及びレクリエーションセンター付近となり、L型ライトを手に捜索を開始しました。 レクリエーションセンターの入口に入り、真っ暗な1階を捜索したのですが、気味悪いことこの上ない雰囲気です。 卓球台が3台と穴のあいたソファに壊れてオブジェと化した大きな古時計・・・ しかし、西側のフロアを隔てている赤じゅうたんの中央階段に差し掛かった時、不思議な光景を見ました。 照明が点灯しており、2階はやけに賑やかです。大勢が歩きまわる足音がします。 どこかの部隊が稼業中のようでした。 一応、捜索しようと階段を一段上がろうとしたら まさか脱柵者が2階には行かんだろうと、一緒に来た隊員に言われて、 そうだな・・・大勢いるし・・・と 上がるのをやめました。 東側も捜索しましたが、ビリヤード台から落ちていた玉しか見つけられませんでした。 建物から出て、帰ろうとしたら、 一緒に来た隊員に「おい!」と声をかけられました。 ん?と振り返ると レクリエーションセンターは漆黒のやみに包まれていました。 「どうなってるんだ?」とあわてて中央階段までもどり二人で階段を上りました。 しかし、ほこりの積もった長い間未使用の廊下があるだけでした。 針金でノブは縛着してある為、部屋は開けられませんでしたが、当然、人がいた形跡は 全くありませんでした。 一応、帰った後、班長に報告しました。 脱柵者と思われた隊員はすでに別の場所で見つかり、事なきを得ていたそうです。 その後、班長が話し出したのはレクリエーションセンターに纏わる事件のことでした。 ある新隊員が罰当番としてセンターの便所掃除を言い渡され、夕食後、一人で行ったそうなのですが、点呼の時間になっても帰ってこないので、センターに捜しに行くと、2階の廊下で倒れているのが発見されたそうです。 幸い外傷もなく、すぐに回復したそうなのですが、 彼が見たものは 2階が賑やかだったので、赤じゅうたんの中央階段を上がってみると、大勢のアメリカ兵が仕事をしていたそうです。 夜のはずなのに昼のように明るく、シャワールームからはバスタオルを腰に巻いた白人兵が談笑しながら出てきていたそうです。 廊下の奥で下士官と思われる兵士が手招きをしていたので、行ってみると室内に入るように促されたそうです。 入ってみると作戦会議中なのか、 立体地形図を囲んで数人の将校が話し合っていたそうです。 そして、こちらに向けて朝鮮半島の地図を広げている将校が立っていたので目をやると、額に銃創があるのににっこり笑ったそうです。 悲鳴をあげたそうですが、それと同時に部屋にいた米軍将校たちが一斉にこちらを向き、頭が半分ない者や肩からわき腹にかけて裂けている者など、彼らはすでに致命傷を受けているのに同じくにっこり笑ったそうです。 それを見て意識を失った。 その新隊員の事件がはじまりで、その後も何人か同じ体験をした隊員が出たそうです。 私たちの場合、夜に一人で上がるという条件を満たしていませんでした・・・ そおいうことなのでしょうか? 去年、駐屯地解放のとき見学に行きましたが、レクリエーションセンターはすでになくなり、かわりに新しいPX(売店)になっていました。 あの米兵たちは故郷に帰れたのかな・・・かわりに建った新しい隊舎で自衛官が作った焼きそばを食べながらちょっと切なくなりました。 この車が一番懐かしい・・・ |
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この話は私が自衛隊にいたとき、レンジャー課程の訓練を受けに行った先輩から聞いた体験談です。 |
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