夏休みはお盆がある関係で法事が多い、子供のころは海の近くの親せきの家に連れて行ってもらえるので・・出かける意味を知らずはしゃいだものです。
大人になってもこの時期が近付くと予定もないのにワクワクします。
20年近く前のことですが、この日もワクワクしていました。
蒸し暑かった夏の週末、まだ自衛隊にいたころの話です。たまたま予定が無く営内待機になるはずだった同期2名を誘いドライブに行くことになりました。地方出身者の多い中、私たち3人は東京生まれで駐屯地も都内にあったので雑踏から離れるように目的地を定めたのでした。
北関東の徳川ゆかりの地や涼を求めて坂を登り大きな滝の見物にも行きました。小学生のとき林間学校がありましたが、その懐かしいコースを辿ることにしました。楽しい時間は直ぐに過ぎるもので宿泊先を定めていなかった私たちは日が落ちる前に帰途に就こうとした。外泊の申請はしていたので、彼らを都内の実家に送る予定だった。
しかし、男3人とは言え普段なかなか自由にのんびり出来る時間が少なかったので帰るには寂しい気がした。積もる話もあったし、帰りは宇都宮まで一般道を使おうと誰かが提案し、それに乗った。
夕暮れで古びた家々に田園地帯が広がっている。そんな景色を横目で見ながら車を走らせていると、大きな看板が目に付くようになった。「露天風呂」とシンプルに書かれている。これはいい感じだなぁと3人とも意見が一致し立ち寄ることにした。
看板を追うように走らせ、入口を見つけた。右側に鬱蒼とした雑木林があり、その真ん中を切り取ったかのような未舗装の道路があった。車を右折させその林道に入った。しばらく進むと雑木林はひらけ砂利敷きの広い駐車場が現れた。どうやら利用客の車は私たち一台だけのようだった。貸し切りだなぁなどと冗談をいいながら、ぽつんと建ててある木造の銭湯のようなつくりの母屋に入った。
昔ながらの下駄箱に靴をいれると直ぐロビーがあり、小さなガラスのショウケースを隔てて老人が立っているのが目に入った。ショウケースの上には黄色のハンドタオルとバスタオルが3枚づつ並べてある。500円を支払ってタオルを受け取った。脱衣所には初老の男性客が二人いた。私たちは脱衣を済ませると浴場のドアを開けた。奥の壁が無い代わりに素晴らしい清流を眺めることが出来た。ここは川の畔にあったのだ。天然の露天って感じだなぁこれで500円は安いと私たち3人は大満足だった。
露天風呂から見える夕焼けから星空に変わっていく空や遠くに見える山々のコントラストの変化、目の前を流れる川の景色を堪能してあがる事にした。服を着た後、離れに続く廊下があることに気づいた。行ってみると畳敷きの十畳くらいだろうか。真ん中に長テーブルが置いてあるだけの簡素な休憩室があった。腰を下ろした後、ビールがあればいう事なしなんだがなぁと同期の一人がいいはじめ、もう一人がそれくらい売っているだろう、俺が買ってくると腰をあげた。私は運転があったのでコーラを頼んだ。
買いに行った同期と入れ違いに瓶ビール2本とコーラの瓶1本それとグラス3個をおぼんに乗せて着物姿にエプロンの中年女性が休憩室に入ってきた。お!早いねと早速グラスに注ぎ、料金を支払おうとしたら忙しいのか、もう母屋に戻ったようだった。少し遅れて買いに行った同期が戻ってきて、だれもいないからさっきのおじさんに頼んでおいたよと言った後、少し驚いていた。もうビール来ていたのか、はやいなぁと・・・
あまり深く考えず、乾杯してあれこれ自分の失敗談や演習での出来事などを話し込んでいたが、そのうちこの露天風呂に話題が移った。ここは好い所だけど、妙なことが多くないかと同期の一人がもらした。なにがだ?と私が聞くと、そいつは少し考えて
「音が無い・・・と思わないか?」
そういえば、やけに静かだ。ボイラーの音、他の客の声や足音、従業員の声など、当然あるべき音が無い。聞こえたのは露天風呂で川の音だけだった。
それに・・・
「ここ500円って・・なぜ俺たち知っていたんだ?なぜタオルが3枚づつ用意されていたんだ?ショウケースは空だったぞ。」
「あの脱衣所の客はどうやって帰ったんだ?あの林道を風呂上りに歩いてか?近くに民家は無かっただろ」
「それにこのビール・・・どう考えても注文するまえに持ってきているんじゃないか・・?」
いろいろとおかしいことが多いが3人とも実害も無いし差ほど恐ろしさは感じなかった。日頃の訓練の賜物だろうか。来るなら来いという感じだった。
時間も時間だし、そろそろ帰ろうということになりロビーで従業員を探したが誰もいない。先ほどの空のショウケースだけ置いてある。結局、母屋を出て車に向かった。当時、デジカメは身近に存在しなかったが、使い捨てカメラはどこにでも売っていた。余ったフィルムを消費しておこうと思い、母屋の近くが明るかったので玄関の近くに車を移動して写真を撮った。
注意深くあたりを観察するとボイラー設備が無いし、従業員が乗ってきているはずの自転車や車もない・・・不思議な風呂屋だった。
帰りに変わった体験をしたので私たちは大いに盛り上がった。考え方によってはすべて説明がつくし、この時点では怪奇現象とは違う感覚でとらえていたからでした。
しかし、一ヵ月後、別の用事で家族と同じ場所に来たとき、あの風呂屋は面白いからと探したが、見つからなかった。不思議に思い地図を確認して、やっと現実を認識した。
雑木林などその街道には存在しないこと・・・
そもそも清流の川などその付近には存在しないこと・・・
趣のある古びた家々、広い田園風景もそんなものは存在しなかった・・・
その街道は田舎だが民家が建ち並び、週末あの時間の宇都宮方向は所々渋滞して賑やかだった。
私は駐屯地に帰ったとき、現像に出すのを忘れていた使い捨てカメラを現像に出した。なにか写っていることを期待したが、なにも写っていなかった。
しかし、それが問題だった・・・
最後に撮った写真は母屋をバックに私が乗車した車を撮影したものだが、背景は暗闇で車と私しか写っていなかった。
これには愕然としたので、公には能力を隠している先輩がいたので写真を見て貰ったのだが・・
先輩隊員曰く「ここからよく帰ってこられたな・・こいつらは人間・・ではなくなっているなぁ・・写真は燃やしちまえ」と言われた。
先輩隊員はつけくわえて
「おまえは平気だが・・車が狙われたかもな。必ず週一で洗車して足回りに水をかけろよ」
・・どおゆう意味があったのか。異様な雰囲気で聞けなかったがとりあえずそうすることした。
もうあの場所には行かない・・・と締めるのが、普通だと思いますが、私はまた行けるなら詳しく調べたいと思い、たまたまドライブで行ったときには有料に乗らずあの街道を今でも利用しています。もちろん、同乗者には隠してですが・・・
後日、酔った先輩隊員に食い下がって聞きました。私たちに何が起きたのか。写真は燃やさずもう一度見て貰った。すると、「お前らバカ3人は鈍感に産んでくれた親に感謝しろ・・・ハハハ」と笑われ、「ここを見ろ」と写真の一部を指さされた。そこには車内の後部座席から恐ろしい表情で睨みつける性別不明の顔がはっきり映っていた。当初は気が付かなかった。日を追うにつれて濃くなっていったと思われる。「普通ならこいつらに引っ張られたらもう帰ってこれない。あの車だったから・・・だから大事にしてやれ・・・」と、それ以上は教えてくれませんでした。その車は10年近く家族の愛車として愛され引退しました。
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