うんむまじどの『イスラムな気持ち』

シリア危機(「内戦」ではありません)−アサド政権の「テロとの戦い」は続きます

めぐり逢い紡いで

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ショートエッセイです*偶然の出会いについて書こうと思います。
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ミーハーをしていて・・・という話です。
あるアーティストのファンクラブに入っています。

2005年の5月頃、そのファンクラブから、その秋のコンサートの案内のハガキが
届いたのです。しかし、なぜか2枚。

家に帰ると、先に帰っていた夫がそれをじっと見ていて、ひとこと。

「よかったね。アナタのお友だちが近くにいて・・・」

よくよく見たならば、1枚は、なんとお隣の奥様宛てのものでした。
それが、いっしょに我が家のポストに入っていたのでした。つまり誤配達なのでした。

しかし、お隣の奥様は私より9歳年下。子供の年も違う。私はフルタイム
で仕事をしているので、それまで、彼女をお隣の奥さんとだけ認識していても、
ほとんど話したこともなかったのです。もうお隣が越してきて10年くらい
は経っていたのですが・・・。

しかし、その後、すぐにファンとして友だちになったことは言うまでも
ありません。今では、すっかり仲良し。もちろん、コンサートへは、いつも
いっしょに出かけています。

しかしもしも、その誤配達がなかったらば、きっと今も素知らぬ顔で、
二人は同じ会場へと別々に足を運んでいたのでしょう・・・。

イメージ 1

今年も北見から、じゃがいもとタマネギが届きました。

もう25年ほども前、北海道へ一人旅をしたときに、礼文島で同じ民宿に
泊り合わせ、8時間のハイキングコースを一緒に歩いたこのご家族と、
私は今もってご縁があるのです。

奥さんの秋江さんは、明るく元気いっぱいの女性です。
お化粧品のセールスをしてトップ賞のご褒美をいただきニューヨークや
パリにまで行ったような人。彼女が、そこに居るだけで場がパーッと
華やぎます。
一方、ご主人は、写真が趣味で、とても物静かで温厚なかたです。
一人娘の忠子ちゃんは、出会った頃は、小学校5年生でした。

いっしょに過ごした時間は、それほどのものでもないのに、パッとすぐに
友達になってしまった感じでしょうか。私は遠慮なく口をききます。

「秋江さん、今年は、どうしたんだろう。送ってきてくれないな・・・
と気にしていたんだ」
「ははは、ごめんね。ちょっと今年は遅くなってしまった」
「いやー、もう、縁切られたのかと思った」と私。
「ははは、そんなことないよ」
「ありがとね。冬場はスープ類が多いから助かるわ」
「そう、よかった。電話わざわざありがとう」

もちろん、電話は、そんな会話だけでは済まず、家族の現在の状況など、
あれこれと、その都度延々としてしまいます。

そんな中で、秋江さんは、今のご主人とは再婚であったこと。
一人娘の忠子ちゃんは、前夫との間の子であったこと。
そしてまた、北海道へ駆け落ちしてきた秋江さんの父君のことなど、
ご両親のあれこれの四方山話を聞かされたのでした。

そこにも、まさに小説にも奇なる話があり、私はいつかじっくり聞きに
いきたいと思っているのですが・・・。これも、いつか叶えなければ
なりません。

先週、渡邊榮一さんの絵を銀座の日動画廊まで見に行き、
銀座をしばしぶらぶらとし、その後、日比谷公園へ。

もう四半世紀も前に出会った旧知のイギリス人の友、Lilyと一緒に
行きました。Lilyは、もともとは私の英語の先生だった人です。

日比谷公園へ足を踏み入れたのは、実は、私は初めてでした。

「日比谷公園はドイツのどこかの街にある公園のよう・・・」

とLilyは言いました。

Lilyは旅行家です。世界に200いくつかの国や地域があって、
そのほとんどを訪れたことがある人です。私の旅の数は、とても
Lilyの足元にも及ばないけれど、旅が好きなことは同じ。
そんなLilyと何かしら引き合うものがあって、先生と生徒がいつの間
にかお友達づきあいをさせていただき、もう今では、無二の親友の
ようになりました。

私は、Lilyの凄く変わっているところが好きなのです。

この夏、西アフリカへまた行くのだと言いました。
ハイエナを見に行くそうです。人間が口に咥えた肉をハイエナがさっと
奪って食べるという、そのシーンを見てくるのだと、楽しそうに話しました。

飼われていない、海にいるイルカと泳ぐためにオーストラリアへ行ったり、
何千ものペンギンの群れを見るために南極近くのチリの南端の島まで行く人です。

さて、この季節の日比谷公園は緑が溢れんばかりにきらきらと輝いて
いました。ピンクパンサーだの何のと名前がついた、色とりどりの大降りな
バラが咲き誇り、本当にLilyの言うように、ちょっとヨーロッパのどこかへ
旅しているような気分になりました。

その日、日比谷公園では「African Festa」というイベントがちょうど
催されていて、色鮮やかな布や民族衣装をまとって歩く、アフリカの
どこかの国からの女性たちの彩りもあり、私たちは、しばし公園の散策を
楽しんだのでした。

その後「日比谷茶廊」というオープンカフェに座って、Lilyとおしゃべり。

「あ、『KILKENNY』がある。私は、これ。『KILKENNY』はおすすめです」

Lilyにすすめられて、私は初めてアイリッシュビールという『KILKENNY』を
ためしました。その泡がとてもクリーミーで口当たりまろやか。ブラックに
近い山吹色のビールの味もきりりとしていて絶品。こんなにおいしいビール
があったものかと驚きました。

これをここまで読んでくださり、まだ『KILKENNY』を飲んだことがないかたは、
ぜひ(キルケニー)をいつかおためしください。

その後、新丸ビルなどが建て替えられて、すっかり洗練され、とてもここが
日本とは思えない丸の内界隈を歩いて東京駅まで出て帰って来ました。

新丸ビルに入ったら、Lilyは、

「まるでシンガポールのショッピング街に迷い込んだ感じ」

と言ったのでした。

だいぶ話は散漫になりましたが、私には時折一緒に出かける長いお付き合い
の友、この夏、ハイエナに会いに西アフリカに行く変わったイギリス人、
Lilyとの出会いがあったということです。

これもまた、一つ不思議なめぐり合わせかも知れません。

11月に、私には、またとても不思議な出会いがありました。

勤め先からの帰り道、私鉄のS駅に着いた私は、今日は何も買うものもないし、
なんだかちょとパワーがあるから、バス停から20分ほど歩く路線のバスに乗って帰ろうかな、
と思いつきました。ちょうどバスターミナルにそのバスが止まっていたのが目に入ったせいも
あります。

しかし、10月に勤務時間を変えてから、帰りの時間が変わり、とんと乗らなくなった路線のバスです。

バスに飛び乗って座っていると、すぐ後ろの席で熟年のご夫婦がカタログやら地図やらをがさごそと
広げて、何やら話しをしています。

耳をすますと、そこに、シリアや中東のイラク、パレスチナなどという単語が聞こえてくるでは
ありませんか。

私は驚きました。それでも、いきなり振り向いて話しかけるのも失礼だと思い、と軽く聞き流して
いました。

バス停を降りるために準備した私は、後ろのおしゃべりが止まり、気配が動くことを感じました。
なんと、先ほどまで気になるお話しをされていた熟年夫婦が私と同じバス停で降りたのでした。

そこで、私は、バスを降りたその場所で話しかけました。

同じバス停で降りなければ、話しかけてはいなかったと思います。

「失礼ですが、さきほどシリアの話をしていませんでしたか?」

そのご夫婦の奥様のほうが、答えてくださいました。

「あ、こんど12月にシリアへ旅行するので、今日は大使館へ行ってビザを取ってきたその帰り
なんですよ」

と話されました。

その場でいろいろお聞きしたら、娘さんがイギリスに留学されていて、その娘さんを尋ねた後、
いっしょに中東へ旅行をされるという話でした。

私はブログやメールアドレスをのせている自分の名刺を差し上げました。

そして、その翌日、イギリスの娘さんのほうからメールをいただきました。
その後しばしのメールのやりとりがありました。その娘さんは、具体的には、12月の20日過ぎに
にダマスカスに滞在すると教えてくださいました。
その娘さんの友だちが、青年海外協力隊でシリアにいるので、ダマスカスにも訪れるのだという
ことでした。

12月23日の日本時間の今夕16時頃。

私が偶然バスで出会ったそのMさんとお嬢様が、私の手紙を主人の妹に届けてくださる予定です。

Vol.3 シェフのNさん

いつかこのブログ上で、おススメのお店として紹介させていただいた『酒菜厨房 
南蛮食堂 Nan-Boon 』(さいたま市南浦和)のオーナーシェフNさんについて
改めて書きましょう。

Nさんとは、私がシリアのダマスカスにいた頃、日本大使館付きのシェフとして
来ていて知り合いました。

ダマスカスはシリアの首都とはいえ、私たちの感覚から言うと小さな町です。
いつかオランダのアムステルダムから横浜にやってきた人が、「この横浜に比べたら
アムステルダムは『村』です」と言ったことがありましたが・・・横浜から比べたら
ダマスカスもまさしく『村』かも知れません。

イタリアのローマに長年住んでいる友は、大使館関係者などと知り合って親しくなる
なんてローマでは考えられない、と話したことがありましたが・・・それはそうでしょう。
そんな話をした頃で、ローマには日本人が2、3万人も住んでいるという話でしたから。

私が行った当時は、シリア全体でも日本人は100人程度でした。しばらく滞在していたら、
それは狭い『村』ですから、日本人同士やはり出会うわけです。

Nさんは、今風に言えばお笑い芸人のようなタイプの人で、人が集えば皆を笑わせてくれ、
その場に居合わせた人がとても和み、癒されるという感じの人でした。

Nさんがいつかレストランをしたなら、絶対に対面式のレストランがいいだろう・・・
そんなイメージを出会った頃から私は確かに持っていたのです。

暇なときにネットサーフィングをしてNさんがお店を開いているのを偶然見つけ
たのは2年ほど前です。それは、タウン誌の紹介記事でした。

昨年ころから時折、仕事で埼玉方面の事業所へ出張する用事ができた私は、
ある日、同行していた職場の人に、ここから南浦和は近いかしら・・・とふと尋ねたの
です。そしたら、その彼は、ケイタイでちょこちょこっと調べて、私が帰り道に寄る
ことができる場所だと教えてくれました。私は何気なく尋ねたのに、彼がすぐに調べて
くれたことで背中を押されたのです。

そして、私は、今年の6月にNさんのお店を訪ね、17年ぶりの再会を果たし
ました。紛れもなく、私がイメージしたとおりの厨房にカウンターがついた対面式の
座り心地の良い席のある、おしゃれなレストランでした。

Nさんは、すこしふくよかになられていましたが、話すお声、話しぶりなど、
少しも変わってはいませんでした。

また、来るわ、と約束して、翌月7月の私の誕生日に夫とともに再訪しました。
ちょうど17年前の同じ日、私の誕生日会で写したNさんと私が写っている写真を携えて。

Nさんは、ダマスカスでの私たちの結婚式にも出席してくださり、我が夫とも
かの地で会ったことがあるのですよ。

それにしても17年の月日の早さ・・・。光陰矢のごとしとは、まさしく・・・でした。

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