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 爲政第二

 二‐一

 子曰、爲政以徳、譬如北辰居其所、而衆星共之、

 子曰く、政(まつりごと)を為すに徳を以てせば、譬(たと)えば北辰(ほくしん)の其の所に居(い)て、衆星(しゅうせい)の之(これ)に共(むか)うがごとし。

 孔子曰く、「政治を行うにあたって徳をもってすれば、たとえば天の北極があって、あらゆる星々がその回りを巡りゆくように、人の世も有徳の聖人を中心として動いているかのごとく見えるであろう」

 徳治政治を天体の運行に喩える.
 現在の北極星ポラリスは地球の自転軸を北極側に延長した線上に位置している.このため地上からは、北極星は同じ位置に留まったままで、他の星がその周りを旋廻しているように見える.後代の、とりわけ日本の漢学者には、孔子の言う「北辰」を北極星と解釈するものが多かった.北極星を中心として星々が美しく巡りゆく天の営み.夜空を見上げた孔子は、人の世もかくありたいと願う……
 ところで、シェイクスピア『ジュリアス・シーザー』に、シーザーが空を指差して「俺は北極星のように不動だ」と豪語する有名な場面がある.むろんシーザーの地位が不動のものでないことは周知の史実であって、故にこそ彼の言葉は、観客の耳にひたすらむなしく響いてくる.だが北極星もまた不動でないということは、天文学の常識でありながら案外と知られていない知識なのかもしれない.実は、北極星は地球の歳差運動によって数千年周期で別の星に移り変わる.紀元前二千年代にはりゅう座のα星トゥバンが北極星にあたる位置にあり、今から一万三千年後にはポラリスに替わってこと座のベガが北極星になるという.そしてユリウス・カエサルが暗殺される紀元前四十四年には、現在の北極星は見えなかったのだ.シェイクスピアの時代にはポラリスが天の北極に位置していたが、天文学に精通していたシェイクスピアのこと、おそらくは北極星が不動の星ではないという事実を知った上で、シーザーをして「天空にあって唯一動かざるあの星のように」と言わしめたに違いない.シーザーが高らかに指し示すその先に輝く北極星を見るか、それとも虚空の闇を見るかは、観客の教養如何でございます――といったところであろうか.
 要するに孔子の時代、北極星は存在しなかった.朱子の新注にも「北辰に星無し」とある.日本で出版されている『論語』のほとんどは「北辰」を北極星と訳しているようだが、誤りとせざるを得ない.
 前漢武帝のころに書かれた司馬遷『史記』の「天官書」には、「中宮天極星、其の一に明るきは太一の常居」とある.この後「旁三星三公、或曰子属」と続くように、「天極星」はひとつの星ではなく天の北極を中心としたひとつの領域を指しているようである.我が国のキトラ古墳にも北極を巡る五つの星が描かれており、こうした星図ではそれぞれを帝・后・太子・庶子に喩え、中心となる北極星ポラリスを含めて北極五星という.この場合、ポラリスは「北辰」と呼ばれ、「其の一に明るき」こぐま座β星コカブは帝星とされる. 帝星――すなわち天帝の象徴である.
 天帝を祀る思想は夏代後期に完成したとされるが、後の周代において著しく神格化が進んだであろうことは想像に難くない.なんとなれば殷周革命の時期、コカブは紛うことなき北極星として天体の中心に位置していたからである.ところが星は――というよりも地球は、長い年月をかけて少しずつ動いていく.孔子の生きた春秋時代、コカブはかつての位置から遠く離れ、既にして北極星ではなくなっていた.そして周王朝もまた甚だしい凋落のさなかにあった.孔子はこれを憂い、憂うとともにある種の諦観に至っていたであろう.なにしろ若き弟子のひとり子張などは臆面もなく問うてくるのである.「十世知るべきや」――周が滅んだ後に次々と出現するであろう未来の王朝の様子も予知出来るでしょうか、と.齢七十を数えていた老孔丘は優しく答える.「殷は夏の礼に因る、損益する所知るべきなり。周は殷の礼に因る、損益する所知るべきなり。其の或いは周に継ぐ者は、百世と雖も知るべきなり」――「殷が夏に、周が殷に取って代わったが、そうしたなかで減ったり増えたりした制度の移り変わりについては、そのわけをだいたい理解することができる。だから十どころか、このさき百の王朝が生まれては滅んでいくとしても、それがどんなものかは予知し得るだろう」と.
 天は動いていく.天帝さえもが不動の地位を占めない.人の世などは言うに及ばず、現に周王朝は滅亡の危機に瀕し、若者は未来の十世に思いを馳せているほどだ.こうした状況にあって、ひとり星空を見上げる孔子の胸に去来するものは、果たして不動の輝きに対する甘い憧憬であっただろうか.否、と言わざるを得ない.「政を為すに徳を以てせば、譬えば北辰の其の所に居て、衆星の之に共うがごとし」という言葉には、地上の権力はおろか天上の神威すら否定しかねない孔子の思想的純粋性が秘められているように思える.
 孔子は星空を見上げる.奇妙なことではないか、そこには輝ける何ものも存在しないのに、天帝を含むあまねく星々が、見えない何かを軸として規則的に運行しているのだ.彼はこの目に見えぬ天体の中心をこそ「北辰」と呼んだ――と解したい.
 とすれば、彼の徳治主義は後世における儒教のそれとは一線を画している.有徳の聖人が天下を治めようとも、あるいは孔子のように有徳の聖人でありながら受命なき生涯を余儀なくされる者があろうとも、「北辰」をめぐる天体の運行は不変にして普遍である.何時いかなる時も「衆星」は「北辰」に向っている.それがあたかも一つの星――時の為政者――を尊崇するかのように見紛われる世こそは、政を為すに徳を以ってする理想社会と称えられるべきであろう.
 周代のように帝星と「北辰」が交わる時もあれば、そうでない時もある.孔子の空に北極星はなかった.だが、それでも孔子は、その透徹とした瞳で「北辰」を見詰めていた.

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