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そんな時ってありますよね。

私の場合を言わせてもらうと、かなり自己暗示かけていったん決めたらそれに向かって突き進む。

それしかない気がしてます。

スタートを切ったら、とにかく歩き出すことを考えてます。

周りにどんな風景が存在していようとも無視。

そんな性格だから、今がある気がします。

色んなことある・・・だけどそれらにいちいち振り回されていたら次の足が出ない。

とにかく歩き出す。間違っていたらその時点で直せばいい。

そんな風だから、周りの人々は情熱家ですねとかいろいろおっしゃるけど、自分としては普通だと思っている。

頭でいくら考えていてもきりのない時・・・・そんなときは私は歩き出す。

目標を設定して。歩きだす。時に走り出す。

いいのか悪いのかわからない‥‥そんなときはとにかくやってみる。

そんな風にして進んできました。岐路のようなときに差し掛かった時ジャンプするときもある。

そんなんで、生きてることは、ビビッドで躍動感に満ちている。

人生後ろ向きのまま進めない。常に前方を見て前を向かずにはいられない。

疲れたら休めばいい。

今までの生きてきて得た知恵を最大限に使い、前方に向かい進む。

私の人生の生きかたはいつもそうでした。きっとこれからも同じように歩いてゆくでしょう。

人生諦めたらだめ。挑戦の連続と思います。

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こんな夜は秋でもないのに人恋しくて、意気投合できる人と、なんか語り合えたらと思います。

非常に乙女チックで、散文的でなく、むしろ詩的な感じでブログを書いてみたいと思うのですが、なかなかうまくゆきません。

有意義なこととかそうでないとかいう前に、心の赴くままに流れるように書いてみたい,でもなかなか書けないもどかしさにいら立つ。

人生のもう終盤に近いころなのに、まだまだ未完成で完成品とは言えません。

何時も中途半端で、焦って同じ失敗を繰り返し、ああでもこんなこと書くのはやめましょう。

センチメンタルな心情のあり様を、なんかの形で書いてみたい、創ってみたい―そんな今宵です。

静かです。キーを打つ音のみが聞こえ、スタンドはぼんやりと照らし、一人の時間を過ごしています。

遠い遠い娘時代にタイムスリップして、個を楽しむ時間がまだあるというのは、まだ幸せなのかもしれません。

でも私はいつもこうでしたし、これからも私の個性のまま生きてゆくと思います。

半分楽しんでいるのです。

私は神経症を患っていたので、もう限りなく精神科医とお話をしましたが、やはり最後に残るのは自分―決定するのも自分、この心を持っているのも自分、ただ医師は、
参考意見を言うのみだと思ってます。

今精神疾患が激増してますが、世の中がのんびりと平和になれば減ってゆくと思います。

人間の精神構造なんて解りきることなんてないと思っています。

心―それは自分自身でも把握できないくらい複雑で、かつ気まぐれで、つかみどころのないものではないのでしょうか?

自由な、闊達な、ビビッドなものそんなのが―心だと思うのです。

いくら心理学が発達したと言え、まだまだ未解明な部分が多すぎるのです。

でもだからと言え、心をないがしろにすることはいけないと思ってます。

こころーこころをばなにに例えん―で始まる漱石の「心」と言う本もう一度読んでみたくなりました。

夜も更けてきました。ついにポエム書けませんでした。

何時か良い詩が書ける時が来ることを思って・・・・・おやすみなさい。。

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今日はとっても寒い。

日本中がそうだろうと思う。

私が私の居場所を求めているように、世界の人々も人間誰しもがそんな自分にぴったりの居場所を求めて生きているのだろうと思う。

一人でも嘆き悲しむ者がいる限り、私は幸せになれない。

誰の言葉か忘れてしまいましたが、きっとある革命家の言葉だったように思います。

私は思春期を部落の子と一緒に、勉強し遊びました。中学生の頃です。

多感な時期で、学校の先生も、差別する気持ちを捨てて、いかに民主主義が大切かを、そして日本国憲法の大切さを教えてくださいました。

人はみな平等であり、幸せになる権利を持っている。

部落の子を差別してはいけないー心意気を徹底的に教え込まれました。

ですから、それらが今の私のものの考え方の支柱になっていると思ってます。

今、夫とよく話しますが、彼も夜間高校の教師をしてたので、子供を見る目が出来ているのには学ばされます。

辛い労働の後に、学校へきて皆と一緒に学び遊ぶ、彼らを見つめる教師の姿勢は暖かく筋金が通った考えを持っていないとできないな…と思います。

人間っていつからでも学ぶことできるし、学ぶ権利を持っていると思います。

私は残念ながら経済的理由で大学に行けませんでした。

真剣に「哲学」の勉強したかったんです。

今もうじき70歳になりますが、我流ですがいろんな本を読んだり、問題意識をもって生きてきたと思います。

それで、今の私を形成してるものは、そんな逆境の世界の中で巡り合った人々の生き方だったと思います。

ある意味で幸せだったと思います。

この世界から戦争をなくし、命の大切さを守り通すこと、一人残さず・・・・。

こんな私の居場所―まだまだと言えますが、命尽きるまで人は挑戦の連続だと思っているし探し学び続けなければと思います。

私の居場所を求め続けて、力を出して、明日もまた生きてゆこうと思います。

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市役所の面接に行く予定です。

私にまだ仕事の能力がある?そんな気持ちで来週障がい者向けの事務の仕事の面接に行くことになった。

万一パスすれば障害福祉課か介護保険課で働きたいと思っている。

少し知識があるので…。

まず採用は無理かと思うが…ダメ元である。

2年位前は高等学校の事務で書類選考で通って、面接で落ちた経験がある。

今度は座り仕事がほとんどだからひょっとして採用されるかもしれない。

60代最後の挑戦である。

以前小学校で事務をやってた経験があるので、ひょっとしてと思っている。

ブログはできても、ワード、エクセルがうまくできないので、だめかも。

でもひるまず私は面接に行く。

風邪も治ったし、頑張ります。

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今国会で沖縄の辺野古の基地について質問が伯仲している。

簡単に言えば辺野古に基地はいらないである。

あんなマヨネーズより柔らかい、軟弱なところに、海面から70メートルの深さまで6万本の砂杭を打ち込んで基地を作ろうとする政府のやり方はたしかにおかしい。

だいたい基地を日本の土地に、それもアメリカの基地を作らせる今の政府は一体何を考えてるんだろう。

沖縄、横田、岩国など何でそんなにもアメリカ様様で、思いやり予算をふんだんにつぎ込んで基地を作るんだろう!

日本国憲法9条に違反する基地を日本の国民は、黙って作らせて良いのだろうか?

これに関して素朴に疑問さえ感じない日本人の今の現状が、私は不思議なのである。

さらに言えば核抑止論、これは全くばかげている。

核戦争が起きたらこの地球は破滅するのである。今の全世界の核は地球を6回も7回も破滅することができると30年前に私は聞いている。

話は前に戻るけど、基地が何に使用されるのか知ってる人はなぜ抗議しないのだろう。

沖縄には基地がいくつも存在する。

基地は、アメリカの法律の下で勝手に動いている。

戦争も簡単にできる。

沖縄の人たちは闘い続けている。

中学生でも知っている、沖縄の現状を私たちはもっと知るべきではなかろうか。

そして日本から、アメリカは出てゆけと言いたいし、アメリカと結んでいる「日米安保条約」から「日米友好条約」に変更して構わないと思う。

世界で唯一の被爆国日本は、世界のトップを切って「二度と原爆を使わない」というべきだ。

広島長崎はもうごめんだ。

核兵器禁止条約に真っ先に署名すべきである。

今の政府は全くおかしい。

早く平和で安心して住める日本にしたいものだが、今の政府には99%できないだろう。

原発もしかり、隠蔽、改ざん、ねつ造、こんな間違いだらけの政権は今すぐ退いてほしい。

今の日本に住んでいる一国民のつぶやきである。

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ブログの友に励まされました。

私は他の方を励ますことばかりでしたが、今日ほど励まされたことはありません。

悩み悩んだ末、通信性大学に通われるという決断・・・・感動と良い刺激を感じました。

世の中は若年寄の人が多くなかなか本音で生きない、また本音で人に接しない、またできない世の中です。

でも彼女の未来への選択は素晴らしく、心から応援してゆきたいと思います。

私も姿勢を正してまっすぐに、自分のこれからの事考えてゆこうと思いました。

陽花さん、頑張ってください。

私も励まされます。

いつでも私にできる限り、応援します。

今後新しいあなたへの脱皮されてゆく過程を楽しみにしています。

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風邪をひいてここ数日寝たり起きたりの日々を送ってました。

今深夜ですが昼に寝てたので、こうして書いてます。

病気と言えば、肺炎で4回入院した経験があり3回目のとき、医師から助かるかどうかわからないと言われたことがあります。

自慢ではありませんが、救急車にも20回くらい乗ってるし、看護師のくせに全くだらしないと言えばそうですね。

一生を病院と縁が深く、介護に明け暮れた日々もあります。

おかげで?病抜けというか、この頃はほとんど病気をしてない生活でした。

いろんな医師を見てきましたし、自分で今この病気はどの程度でどこを中心に考えなければならないということも、わかるようになりました。

重症化する前に、生活の改善をせねばと思うのだけど、予防医学を自分の生活の中に取り入れるのはずいぶんお金がかかると思いました。

現在カウンセリングもやめていますが、病院を一つに絞り今の自宅で健康にいい日々を無理なく送ろうと考えてます。なんにせよ軌道修正し、ゆっくりと生きよう・・・そう思ってます。

人生何時からでもやり直しはきく、いつからでもスタート地点に立てる…そういうなんか自信と言うか哲学みたいなものを持っています。

間違ってると思ったら、そこからスタートだと思いますし、焦ることはありません。

何でも勉強だと思えば、何べんでも挫折しても立ち直れると思ってます。

どん底に落ちても何べんでも立ち上がれますし、この世で起きたことはこの世で解決つくと思ってます。

ですから案ずるより産むが安しで、なんでもやってみることです。

でも私の味わった苦労は次の世代の人たちには渡したくない。
私たちを乗り越えた挑戦をしてくださいと―そう思うのです。

未来はあなたたち若い人の世代のものです。

頑張りましょう。

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私って単純明快です。

私はそれでも、尚やはり「キュリー夫人」の事尊敬してます。

何書いてるんだと言われそうですが、少々子供っぽい頭脳かもしれませんが。

きっと大人になりにくい人間だなと思われそうです。

いいんです。

死ぬまでこんな私が基盤となっていると思います。

21歳のころから、キュリー夫人伝を読み、大切な本なので・・・今では古ぼけてしまってますが。

何回か引越しをして、この本だけは大切に失わずに持っています。

ここ自分の充電中ですが「キュリー夫人伝」だけはまた、読み直そうと思っています。

一人の女性として、かつ妻として、母として、そして科学者として、素晴らしい人です。

私は今まで彼女の生き方に支えられてきました。

明日から、またスケジュールが詰まってますが、皆さんも風邪などひかれませんよう

またブログでお会いしましょう。

おやすみなさい。

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私は私らしく生きてゆこうと思います。

他の何にも代えがたい私のこの個性、大切に生きてゆこうと。

まず自分に惚れていたんだから、今までどうり自分に惚れて生きてゆこう生きるしかない。

つくづくそう思いますね。

雨の日晴れの日そして日照りの日。

これからも自分流に生きるしかない。

悲しみは嫌な感情だからと切り離さず、悲しい時は悲しみ、涙が出たら泣けばいい。

ある開き直りかもしれない。

でもそれって人間やってるから、結論から言ってもそうなんだと思います。

幾山川、今までそうして70年生きてきたんだから、乗り越えてきたんだから。

この頃、そんな自覚で生活しています。

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新書を買って・・・。

前から欲しかった女性の精神科医の本を買いました。

とても欲しかったのが手に入り、これから読もうかなと思っています。

生活の中で小さいけれど喜びを見つけるのもいいことだなーと思っています。

本棚には読みたい本がたくさんあって、時間がなくって積読です。

ショートに行ってから体力も回復して、よく眠ったのが良いことだと思いました。

また感想を書きます。

当分の間リハビリの回数もふやし、体力づくりです。

若いころはよく読んだ方です。

ドクターからストップがかかったことが度々ありました.

でも乱読なので、そのうちにまた大学行きを考え「法学」「経済学」「福祉」など興味深いので、系統だって勉強しようかなと考えてます。

私は死ぬまで何かに、トライせずにおれない―そんな性格なんだなって思っています。

今の精神科医はあまり好きではありませんが、やはり女性の科学者や医師また文学者なんて魅力を感じてしまいます。

女性って不思議な能力を持っていると思います。

ではおやすみなさい。

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