由布院発 デジアナおじさんの怒りの矛先

ただいまリニュアル作業中です。しばしのご猶予を・・・・

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田野畑村は沿岸部では、漁業と観光をマッチングさせたことをやって来ました。
その中の一つ、「北山崎周辺を巡る観光ツアー「サッパ船アドベンチャーズ」」というのがありました。

これは、大きな観光船の「北山崎めぐり」=「ホテル羅賀荘の経営」(現在は全員解雇)とは違って、さっぱ舟ですから。かなり岸を走行出来ます。なので、「アドベンチャーズ」という名前が付いています。
イメージ 1



















イメージ 2
イメージ 3














僕ら漁師は、まあ普通に通過してる、通称「通り穴」という、岩の穴を通過したり、島々を練って走るのでまあ、迫力満点のツアーで、人気が高まりつつありました。例年だと、今頃から秋の紅葉時期にかけては、シケの時以外は、人気がものでした。

今回、なんとかサッパ舟(24フィート)2隻の舟が届きましたが・・・・。
肝心の観光客の姿は皆無と言っていいくらいです。
福島原発の問題もあり、なかなか東北に足が向かないのは予想できる。
それに、まだ余震が続いているので・・・。

秋の紅葉時期になれば、いくらか観光客の姿もみられるのだろうか・・・・?

僕の感覚では、今の段階では「観光の復興」の見とうしも、全くつかないのが現状であろう。

観光の復活には、広域的は取り組みがないと・・。なかなか、難しいところが山のようにあります。田野畑村だけの努力だけではどうにもならないのですから。

ー※ 村民、関係者にお知らせです。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
明日は、「宝福寺主催の合同葬儀があります」
日時、内容は次のとうり。

宝福寺において
平成23年6月26日(日)
10:00    阿弥陀仏御尊像開眼供養(これは岐阜県の仏師の方かた御寄進されたもの)
ひき続き  本葬儀

※「宝福寺」は村で唯一の寺であり、非常に津波とかかわりの深い寺です。
初代、石見対山和尚は、以前の津波なくなった人々がいた、この村をたまたま訪れました。その時に死者の供養も出来ないで困ってオロオロする村人をみて、何とか供養してあげたい。そういう思いから、この「宝福寺」を建立。現在は、孫がそれを次いでいます。
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これとは、別に村主催の合同慰霊祭は7月になってからあるようです。
詳細はおって、お知らせいたします。

(県南や宮城では、死者が多かったところでは、これまで火葬場も混んでいて内陸で順番を待って火葬を行って来たようです。そして、お寺も、個人でやる人もいるので、なかり混んでるように聴いています。)

この寺主催の葬儀と村の合同慰霊祭で、ひとまず津波犠牲者への心の一区切りはつくのか・・?

まあ、行方不明のまま死亡認定され人もいますので・・。遺族としては、そうもいかないでしょう。


※僕は、今夜もこの地区の漁師のアズビ(集会)もあり、明日はこの葬儀参列です。
その合間に、作家と雑誌の取材・・。
(取材に応じているのは、マスコミがもう殆どこちら被災地の報道をしなくなって来ています。そこに、被災地で忘れられては困るという思いがあるからです。)
明日までは、忙しいですねー。
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岩手日報
3.11東日本大震災企画

東日本大震災企画
http://www.iwate-np.co.jp/311shinsai/aruku/aruku_title.gif

苦境の観光に差す光
2011.6.24
田野畑村羅賀地区
http://www.iwate-np.co.jp/311shinsai/aruku/aruku1106243.gif

http://img.addclips.org/addclips_0.gif     

http://www.iwate-np.co.jp/311shinsai/aruku/aruku1106241.jpg 東日本大震災から2日後の3月13日、田野畑村羅賀(らが)地区は家屋が道をふさぎ、がれきが広がっていた。3カ月が経過し、がれきが撤去され、今は更地になった。
 羅賀漁港そばに立つホテル羅賀荘は津波をまともに受け、「立ち入り禁止」の看板が立つ。全壊を免れた家々が高台に残るのみ。行き交う車もほとんどなく、波音だけが響く小さな漁村は、静寂に包まれている。
 震災当日、漁業中村光明さん(63)は、ウニやアワビなど磯漁に使う自分の船に観光客を乗せ、北山崎周辺を巡る観光ツアー「サッパ船アドベンチャーズ」の準備で漁港にいた。
 同村のNPO法人体験村・たのはたネットワーク(道合勇一理事長)が主催するツアーで、切り立った断崖や波を砕く岩穴を船に乗って海から見る人気の企画だ。
 バスで来る観光客を待っていた中村さんは地震の大きさから津波を予想し、すぐさま避難した。しかし、黒い波は船と自宅、両方を奪っていった。「まさかここまで来るとは思わなかった。幸い家族は皆無事だったが、しばらく嫌な気持ちでしか海を見ることができなかった」
 村は、サッパ船ツアーをはじめ豊かな自然を生かした観光を漁業に次ぐ基幹産業として力を入れてきた。しかし、津波は直接、間接の打撃を観光産業に与えた。
http://www.iwate-np.co.jp/311shinsai/aruku/aruku1106242.jpg 羅賀荘の年間宿泊者は約4万5千人あった。しかし、被災後の3月末、60人余の従業員は解雇された。三陸海岸の中でも有数の景勝地、北山崎。全国各地から毎年約50万人が訪れる村内の随一の観光地も、訪れる人の姿はほとんど見られなくなった。
 北山崎は被災を免れ、土産物店や食堂、民宿が通常営業しているものの苦境が続く。民宿・食堂「白花しゃくなげ荘」の経営者泡渕(あわぶち)正さん(60)は「秋にならないと観光客は戻らないと思う。各地から『また来る』という応援の手紙や電話が一番の励みだ」とじっと耐える日々を送る。
 そんな観光産業だが、明るいニュースもある。漁師が注文していた中古漁船2隻が青森県むつ市の業者から21日に届いた。これでサッパ船ツアーも7月下旬には再開できる見込みだ。道合理事長(71)は「皆さんの期待も大きい。村全体に波及効果を与える先駆けになりたい」と準備に余念がない。
 天然ワカメの収穫も16日に始まった。仲間の船に乗り組んだ中村さんは「漁に出るのが楽しみで、前の夜は眠れなかった。ようやく海で仕事ができ、沈んでいた気分もすっきりした」。海の男の心はもう、津波を乗り越えた。
 (宮古支局・長内亮介)
 田野畑村羅賀地区の被害状況 22日現在、建物被害は全壊99戸、大規模半壊を含む半壊は23戸、一部損壊は2戸。10階建てのホテル羅賀荘は3階まで浸水した。民宿を含む村内の観光施設被害額は約15億円。村は羅賀荘を再開したい意向だが、具体的な再建計画は立っていない。
【写真(左)=漁港を取り囲むように立っていた家々ががれきと化した羅賀地区=3月13日、田野畑村羅賀】
【写真(右)=何もなくなった自宅跡付近から羅賀漁港を見る中村光明さん=6月21日】
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※頂いた義援金は、岩手県下閉伊郡田野畑村の「漁船漁業」の復興活動に
直接役立たせていただきます。

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「漁船漁業研究会」の趣意。ーーーー現、会員11名(態度保留3名=廃業も考えてる為)
 ア、みんなで協力しあって、早期の中古漁船の取得に全力をあげよう。
 イ、漁具の融通をして、効率よく使おう。
 ウ、若手を育成し、漁法をつたえて行こう。このままでは、伝統漁法が消滅してしまうからだ。
 エ、将来にわたり、所得向上の為に、研究新しい漁法の開発の情報を共有しよう。
 オ、資金調達の為に、みんなで協力して行こう。

どうか、ご協力よろしくお願いいたします。

転載元転載元: 山と土と樹を好きな漁師

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転載ありがとうございあます。
舟が手に入ったようです。
アドベンチャー再開。29日からです。
自分の舟も・・。東京の船です。タロウ♪の縁ですねー。

2つトラバしていきますねーー。よろしくお願いします。

2011/7/23(土) 午前 8:00 みさご丸

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