由布院発 デジアナおじさんの怒りの矛先

ただいまリニュアル作業中です。しばしのご猶予を・・・・

日々是好日

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還暦同窓会

「還暦同窓会の案内が届いたよ」
 かなり早くから「還暦を迎えた歳に同窓会を開こうよ」との話を聞いていた。高校と中学のそれぞれの同窓生から声があった。山に囲まれた観光地で忙しい毎日を送っている私にとって、日ごろの付き合いをご無沙汰にしてしまっていただけに、旧交を温める機会はこれまためったにない機会で、期待とほんの少しの不安とを抱きつつ楽しみにその日の来るのを待っておったのです。
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 また奇妙なことに、いずれの同窓会も時間は違うのだが、同じ正月2日に開催するらしい。山中から出かける私にとっては、同日開催でいろいろと制限はされるのだが、両方共に顔を出されるというのがありがたい。幹事さんに感謝だ。何人かの同級生とは付き合いがあっても、こんな機会がない限り、再会するチャンスはないに等しい。みんな歳を重ね、それぞれにそれぞれの人生を歩んだ顔になり、体型になっているのだろう。
 もう、昔のように酒は飲めなくなってしまったけれども、ノンアルコールのビールででも、遅くまで付き合いたいものだ。昔話に花が咲き、という風に自分の脳味噌が活性化されんことを祈るばかりだ。ということで、同窓会の案内にワクワクしながら、久しぶりのブログの更新を行った自分勝手を皆さんにお詫びします。最近、何とか復活の兆しが見え始めたけれども、相変わらず片目の視力は回復しない。心臓はかろうじて動いているからまぁいいかな。

腐臭のするテレビ

 寒い。それでも、今朝は1℃だった。寒いからというわけではなかろうが、今日は何となく両目ともいくらか調子が良い。でも、見えにくいというのは、大きなストレスだなんてことを思いつつ、反面「自業自得」ゆえに仕方のないことだと自戒する自分がもう一方でいると思うと侘しく感じるのも事実だ。情けない。そして、さらにストレスを倍化させてしまう。と、なんだかんだで頭が悪くなってくると、性格まで捻くれて口まで悪くなってしまう。
 家内が「この人ポッと出てきたのにギャラ70万も貰うんだって・・」とテレビの前で語りかけてきた。「へぇ・・・・・」自分はそんな話にはまるっきり興味がない。しかし、その割には必ず何か一言言わないと気がすまないから始末が悪い。イメージ 1
「戦場カメラマンがバラエティーのタレントになってしまって、戦場なんていうのもいかがわしいもんだ」実際、不思議でしようがないのだ。島田何とかとかいう京都出身のお笑いタレントが、図に乗ってまたまた作り出してきたタレントではないのか?。そして、その創られたキャラクターと筋書きに視聴者がまんまと騙され、乗せられているのでは。「あーっ、日本のテレビ界も落ちたもんだね」
 家内は返事をしない。眼が悪いと、そうでなくとも見ないテレビをさらに見なくなってしまうから、いいことだ。テレビの向こうから異様な臭いがしてくるから見たくもないのだ。臭い芝居、臭いお笑い、そして最たるは創られた報道番組。一億庶民を騙し続けるテレビからは腐臭がするのだ。
 「いしやーきいも、石焼芋はいらんかえ」横の通りを焼き芋屋の軽四トラックが売り声高らかに通り過ぎようとする。焼き芋のほんわかとしたいい匂いが私の食欲を引き起こす。
 焼き芋屋さんの売り声は、暗い冬空の下の暖か音波。共鳴する自分のおなかに春はまだだよと言い聞かせる。テレビ話で今日も暮れ、平穏な日々に感謝。

縁あって集まり候

 一昨日の夜、久しぶりのメンバーが顔を揃え、それぞれが近況とこれからのことについて話を交わした。と言っても、堅苦しい話なんかでは決してない。主題の一つは、仲間の一人が新規に和菓子の店を開店し、その開店祝いだ。もう一つは、地方新聞社の湯布院支局の支局長が結婚し、その結婚祝いと言うことで、その二つの祝い事のために旧知の顔ぶれ十数名が町内の小料理屋に集まった。
 このグループ、メンバーは若干変わりながらも、もう十数年続いている異業種の会だ。全員が集まると百名以上になるかも知れぬ。とにかく見知らぬ人も、見知った人も一堂に会して、新たな出会いを肴に酒を酌み交わし、湯布院町の農業を核とした産業の活性化を図るための新しいネットワークを作ろうという会なのだ。農業従事者、農事法人代表者、観光事業主、旅館経営者・支配人、教職退職者、銀行員、歯科医、等など、職種は多岐にわたる。一つ共通していることを挙げるならば「個性が強い」ということかもしれない。
 そんな中の一人のS君が、念願の和菓子店を県北の中核都市「中津市」で開店させた。実を言うと開店したのはだいぶ以前の七月のことだから、まぁちょっと気の抜けた開店祝いだったかもしれぬ。その店の名前は「丸円堂」(まるえんどう)とちょっと変わった名前だ。本人によると「この丸円堂という名前は、自分の祖父が和菓子店を開いていた時の店名で、一代飛び越して私が名前をいただいたわけです」と説明があり、自然に皆から拍手が沸き起こった。
 彼は、十年ほど前、湯布院にできた和菓子店の店長としてずーっと活躍してきた。そんな中で我々とも付き合いが出来、メンバーの会計世話人的な仕事をそつなくこなしてきてくれた。当初から、「自分で店を始めたい」と言葉に出していて、その時はそれが和菓子の店だなんてことは言わなかったし、周りも思いもしなかった。ただ、その時はみんな「何らかの形で協力するよ」と声をかけていたのだが、和菓子店となると彼の専門領域だけに余計な口出しは無用と慮ってしまい、結局幾人かが、建築や計画作りなどでお手伝いできたに過ぎなかったのだが、S君は「これも、みんなのおかげ」と感謝してやまなかったから、「出来た御仁である」という以前からの評価はもっともだったわけだ。イメージ 1
 そして、今回の開店祝いも「みんなが中津に出向いてくれるのはありがたいけれど、みんなに迷惑かけるから、自分が湯布院に行きます」とお祝いされる彼が自ら湯布院くんだりまでやってきてくれた。そんな彼のキャラクターがお菓子にも表れていて、まだ何ヶ月しかたたないのにもう独創的なお菓子が出来ている。ここで細かにふれると盗まれたりすると悪いので、洋を取り入れた大人のお菓子とだけ言っておこう。甘すぎず、深みと香りも味わえる至高の菓子と言っていい。
 その出来栄えは、今日集まった個性強き仲間達の関係に似ている。それぞれは押しが強いんだけれども、何かが調和を取る役割をすると、不思議にお互いが引き立てあってくる。いい関係だなと思いながら、ノンアルコールのノンカロリーのビールもどきで今夜も付き合おうことにするか。
 いい仲間と、美味い菓子、そして美味くはないけれど冷たいダブルゼロのビールもどき。ちぐはぐなようにあるけれど、これまた愉快で、今日もよき日、愉しさに乾杯だ。

FLASH万華鏡


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                        だいこくさまの正体はサンタさん!

転載元転載元: LOVE LOVE あいしてる

皇太子様来訪と車椅子マラソン

 
 13日土曜日、朝からこの辺りは心なしかザワザワとしている。いつもの土曜日とはちょっと違う「静かな喧騒」が、観光客の皆さんにも感じ取られているのだろう、いくらか怪訝そうな顔をされて散策されている。というのも、もうすぐ皇太子様がこの湯布院町を訪れ、私の家の近くの有名な食事処で昼食をお取りになるそうなのだ。我が家の前の通りも、よこの通りも、POLICEと白く太い文字で書かれた黒い腕章をした警察官と思しき体格の良い若者が幾人も、そこかしこに配置されているのだ。イメージ 1
 そんな中、若干なりとも家業であるレストランの営業に差障りがあるかななんて心配もしていたのだが、心配をよそにお蔭様で開店早々各テーブルともお客様で埋まってしまった。お昼前の時間帯なので、当たり前かも知れぬ。とそこへヤッケ風のコートを羽織った若い警察官が入ってきた。
「社長さん、もう10分後には皇太子様のお車が通ります。警備上、レストランの外には出ないようお客様にお願いしていただけないでしょうか」とのこと。さらに
「もし、皇太子様を道路の脇でお出迎えしたいという方がおられたら、今から外に出ていただいて、自分の横でお願いしたいのですが・・・・」と付け加えた。
「結構、シビアなんですね。分かりました。       一瞬のうちに
スタッフからお客様にお伝えいたしましょう」とスタッフに声をかけ、その旨を伝えた。
 するとどうだろう、23人のお客様を残し、30名ほどのお客様が席を立ち、その警察官の指示する東玄関の方へと進んだ。もちろん手には、デジカメか携帯が握られている。若い警察官もこれには少しだけ驚いて、
「こちらの方でお待ちになってください」と気の入った声で誘導していた。
 そして5分もたった頃だろうか、先導の白バイが2台、回転灯をつけてかっこよく走り去った。
「いよいよだ」とみなさん左の三叉路の方を凝視し、カメラの準備をする。
次に白バイとパトカー、さらに黒塗りの公用車が続き、3台目くらいに車の先頭のポールに菊の御紋のフラッグをなびかせて皇太子のお乗りになった、専用車が通り過ぎる。
「あっ、もう・・・」とお客様からため息が聞こえる。疾走だった。
「撮れたよ」ディスプレイを覗き込み喜ぶ人。でもほとんどの方は「駄目か」と残念の声。まぁ、仕方のないことで、それぞれ妙に納得しながらレストランの自分の席に戻っていかれた。
 帰路も同じような光景だったのだが、今度は速度がいくらかゆっくりだったため、お手を振られている皇太子様を確認できたようだ。めでたし、めでたし。
 
 と何やかやがあって、皇太子ご一行様は大分県の西部にある、江戸時代は天領として栄えた日田市へと向かわれた。ここでは、あの「いいちこ」の蒸留所を視察、試飲もされたそうで、後に日本最大の私塾といわれた咸宜園をご訪問。ちなみに現在の広瀬大分県知事はこの咸宜園を開いた広瀬淡窓の弟久兵衛の子孫にあたる。
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 そして日が変わり、14日はいよいよ今回の皇太子のご公務である大分国際車椅子マラソン大会だ。
 第30回記念大分国際車いすマラソン大会(大分県、日本障害者スポーツ協会・日本パラリンピック委員会など主催)が14日、大分市で開かれ、男子フルマラソン(クラス「T34/53/54」)はスイスのマルセル・フグ選手(24)が1時間23分28秒で、初優勝した。日本人選手は福岡県の洞ノ上浩太選手(36)が最上位の2位に入った。
この大会、会を重ね30回の記念大会となるからたいしたものだ。参加国も今や24カ国となり、まさに国際大会だ。それだけに、この30年間のドラマは数限りない。このマラソンをスタートさせた故中村裕博士の話やら、レースに出場する選手の話、家族の話、どれも感動のドラマなのだ。ただ残念なのは、今回記念大会にも関わらず、TVの中継がないことだ。各局の番組表を見てみると、相変わらずバラエティーや他のスポーツ番組ばかり。
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「どうしてこの感動的な車椅子マラソンを中継でやんないんだろう」
そう思っているのは私だけではないだろうし、おそらく一度このマラソン大会を見た方はきっとそう考えるんではと思われる。薄っぺらな番組が多い中、中身の濃い番組を提供できるには後何が必要なんだろう。
「そうか、スポンサーか。今じゃ硬派のスポンサーなんて、いないに等しいもんね」
商業放送だけに仕様がない。では、天下のNHKはどうなんだろう。
「経費がかかる割には、視聴率が獲れない」
そんな馬鹿正直な返答はしないだろうけれど、まぁそういうことなんだろう。
結局は、奇麗事だけ言って、実際の現場からは距離を置くという「いわゆる無難な手」を使うところは現在の日本の嘆かわしい風潮だ。皇室も、何か一言言って欲しいもんだけれど、物議をかもすことは避けざるを得まい。
 テレビ中継はないにしろ、後日ドキュメンタリー的にまとめられた番組の放送はありそうなんだけれど、何とか一人でも多くの人に見てもらいたい。そして、感動の押し売りをするわけじゃないけれど、今まで忘れていたようなあなたの涙に気がついて欲しい。
 体調がこの数日優れない。このせいにしちゃいけないけれど、何ともはや支離滅裂なエントリーになってしまった。ご容赦を。
 皇太子様が、「由布岳の山麓の紅葉が美しかったですね」と仰ったとの報道があった。異常気象は、秋の葉の色づきまでおかしくする。けれども、皇太子のご来訪に合わせたかのようにもみじと楓の葉っぱは、真紅に衣替えをしていたようだ。
今日も平和。明日も平穏が続きますようにと、今日のよき日に感謝しよう。

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