由布院発 デジアナおじさんの怒りの矛先

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「東京原発」

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販売元: GPミュージアムソフト

「東京原発」

 いろいろややこしいというか、重大な問題ばかりが目の前をチラチラしている昨今、久しぶりに息抜きにとDVDのラックに手を伸ばすと「東京原発」なんて映画を手にしていた。
「おっ、これは調度いいな。硬すぎず、柔らか過ぎず、コメディーのようでコメディでなし、風刺映画かと思うとそうでもない」頭を使わずとも、何かしかが記憶に残り、尚且つ十分に楽しめる不思議な映画なのだ。
 そして、このストーリーにこのキャスティング。役所広司の東京都知事、段田安則の副知事、吉田日出子の環境局長、岸部一徳の財務局長など、この俳優陣を見ても面白くないわけがないということで、何度目かの「東京原発」をプレーヤーにセットする。
 ストーリーは、破天荒なもので「知事が東京に原発を誘致する」という爆弾発言からスタートするのだが、部下達は右往左往するばかり。ひとつひとつの台詞がアイロニカルで面白い構成だ。注目するは、原発の科学的な説明部分で、しっかりと学習したのだろう、知識がひとつ増えたような感じさえする。
 とまぁ、ドタバタする中、今度は必要なプルトニウムの輸送中の爆弾事件が勃発してくるのだが、詳細は置いとくことにして、そんな具合で全編退屈させない。劇場公開時は、あまり話題にはならなかったようなのだが、近年の邦画の中では出色の出来だと私は思う。
 疲れた頭をほぐしたい方に、ぜひオススメの一本だ。

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渋いっ!!!

と予告編を見た時に思って、公開を楽しみにしていた映画だったのですが、昨日先行ロードショーがスタートしたので、早速見に行ってきました♪

内容は公式HPで紹介されている通りなのですが、
(公式HPはこちら↓)
http://www.goodnight-movie.jp/

揺るがない信念。
正義を貫こうとする思い。
長年の友情。
支えるスタッフ。
公正な報道とは、TVの価値とは?

そして「言葉の強さ」。

いろんな要素が沢山詰まっている。
そしてアクションが無くっても「言葉」でビシビシ心に響いてくる。

アクションでもロマンスでもコメディでもなくって、娯楽要素が全く無いシリアスな実話のストーリーなのにグイグイ引きこまれてしまい、アッという間に映画は終わってしまいました。

自分の考えに裏打ちされた言葉。
信じる心に従い、自信をもって伝える勇気。

これらは最近の自分で失いかけていたものかも。取り戻すようにしなきゃ!

言葉の強さに感動した内容でした。

おススメです♪

では「Goodnight and Goodluck!」

転載元転載元: Fitness Life

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「グッドナイト & グッドラック」

〜現在の日本のマスコミ人にぜひ見てもらいたい映画〜
 今回のシネマコレクションは番外編で、4/29からの劇場公開で、田舎住まいの私は当然見ていないし、もちろんDVDも発売されていないのでコレクションにはあるはずがない。だのに、なんで「グッドナイト & グッドラック」なの?そういぶかられても仕方がない。
 これには理由がある。現在の日本のマスコミの報道姿勢、或いは平成の治安維持法といわれる共謀罪法案が可決されようとする、異常な日本の社会、政治状態に危惧を抱くものとして、時代は違えど、真実を追求し、信念を持って報道することの大切さをこの映画を通して、日本人として、日本の状況に置き換えて再認識してもらいたいからなのだ。「見てもいないのにこんなレビューもどきを書いていいのか」という疑念はある。しかし、私は私の好きな「ジョージ・クルーニー」を信じてあえて紹介することにした。 この「グッドナイト & グッドラック」という映画、1950年、マッカーシズム(McCarthyism)が吹き荒れ、激しく行なわれた「赤狩り」の中での一人のマスコミ人の生き様を描いた「政治ドキュメンタリー(実話)」に近い内容の映画だ(らしい)。恐怖は東西冷戦の真っ只中、共産主義の拡大に恐れを抱いていた1950年に始まった。アメリカ合衆国上院で、ジョセフ・レイモンド・マッカーシー上院議員(Joseph Reymond McCarthy 共和党極右)が「205人の共産主義者」が国務省職員として勤務していると告発したことを端緒に、ハリウッド映画界などをも巻き込んで大規模な「赤狩り」に発展していったわけだが、そのマッカーシーを追いかけるメディアの物語(らしい)。
 この映画の主人公は「エド・マロー」。1930年代後半から50年代にかけて全米で最も高い人気を誇った伝説のニュース・キャスターだ。死後すでに40年以上が経過しているにもかかわらず、その名声は今なお、アメリカ放送史の中で燦然と輝き続け、彼を信奉するジャーナリストは後を断たないと言う。
 そして、この権力との対峙の舞台となったのが「シー・イット・ナウ」というニュース番組だ。本作で描かれるマッカーシー上院議員との対決をはじめ、朝鮮戦争の現実、冷戦下のベルリン、アメリカ国内の市民権問題など、時事問題に真っ向から取り組んだこの番組は、現代の報道番組の礎を築いたとして、今も高い評価を受けている。「報道のCBS」と呼ばれるようになったのも、この「シー・イット・ナウ」のおかげだという。
 映画では、マッカーシーの映像は当時のものを使ったりしているという。そのマッカーシー議員とマローの闘争を描いているわけだが、いろいろな圧力、嫌がらせが本人や周りのスタッフに降りかかっても、断固として真実を追いかけ、報道を続けるというのがひじょうに大まかなあらすじだ。
 ということで、もう何を書いても言葉足らずにしかならないわけで、なぜこの映画を取り上げたかということだけ分っていただき、都会に暮らしている方はぜひこの映画を実際に観て貰いたい。それと、ロバート・デニーロが主演した「真実の瞬間(とき)」も、このマッカーシズムの中での物語であるので、DVDでも借りるかして、お暇な方は自宅のテレビでご観賞いただきたい。
速く私も観てみたい!
 ジャーナリズムとは何か。今の日本の偏向したジャーナリズム、或いは権力に擦り寄ったり、利用されたりしているジャーナリズムを国民一人一人が再認識するきっかけになればと思うし、日本の骨のある報道人に何とかして踏ん張って欲しいという期待を持って、これをエントリーしたわけなのです。

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DVD販売元/ 松 竹

「この世の外へ クラブ進駐軍」

 どうもこの「この世の外へ クラブ進駐軍」という映画は「いい映画」であるはずなのに「どこか一味足りないな」というような感想がついつい出てしまう。実際、劇場公開時も、たいして話題にもならずにマイナーな作品としての評価が多かったように思う。
 ストーリーはと言うと、終戦直後の東京を舞台に、進駐軍のクラブでジャズを演奏しながら逞しく生きていこうとする若者たちの姿を描いた青春群像ストーリーなのだが、監督の阪本順治が自ら脚本も執筆しているにも拘らず、物語の流れの中にアクセントがあるようなのだが、123分見終わってしまうと何か「ぼんやり」とぼやけてしまう。劇中のJazzにしても、どこかひきつけるものがないから、音楽にのめりこむこともないままに終わってしまう。
 ただ、そういった中にも創り方はさすが阪本順治といった「細やかな」ところがあちらこちらに見て取れる。終戦直後の混乱の中の「市場」などはリアルだし、脇を固めるキャスティングも手を抜いていない。真木蔵人演じる通訳の日系二世兵士、哀川翔やら小倉一郎、大杉漣、徳井優をはじめとするおなじみの男優達、そして女優陣も意外なキャスティングで物語に花を添える。なのに「クリープの無いコーヒーなんて」(かなり古い例えで恐縮)みたいに、どうもピンとこないのだ。
 だからといって、嫌いな映画ではないのだから不思議。もう一度見たいと思わせる。それは、戦争を通常の暮らしの中で捉え、生身の人間の心情が分りやすく描き出されていて、いろいろな立場の、様々な感情がこの映画から伝わってくるからかもしれない。
 戦後の日本人と、進駐軍であるアメリカ兵の精神状態が対比され見えてくると、現状の日本とアメリカの置かれた立場と似かよって思えてくる。終戦後の混乱した日本が舞台であるわけなのだが、描かれている内容は今の世の中の状況に対する批判と受け取ることもできなくはないわけだ。ただ、エンドクレジットの「朝鮮戦争の戦死者数」はちょっと「わざとらしく」臭い。
 おそらく、この映画の評価は観る人によって分かれることだろう。誰からも評価を得られる映画にしなかったことが、逆にこの「この世の外へ クラブ進駐軍」を質の高い映画にしたと言ってもいいのかもしれない。いろいろ言うよりも、何はともあれ、一度ご覧になっていただきたい作品で、評価は別に、損はしないと思う。

「Ray」

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「Ray / レイ 追悼記念BOX」/販売元 ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン

「Ray」

〜この映画で、あなたもレイ・チャールズが好きになる!〜

 ラストに流れる「我が心のジョージア」のメロディーが、再び「Ray」の各シーンをフラッシュバックさせる。そして、映像と音楽の余韻に浸りながら時計に目をやる。「えっ、2時間半もたったの?」それくらい時のたつのを忘れさせる、中身の濃い映画なのだ。
 この映画の見所は多数ある。最初に挙げるべきは、何と言っても「ジェイミー・フォックス」の好演、熱演だろう。この「Ray」は、彼居ずしては創れなかったろうし、仮に撮ったとしても駄作でしかなかったであろう。それほど適役で、終いには「レイ・チャールズ」と「ジェイミー・フォックス」が重なり合って見えてくる。「ジェイミー・フォックス」に「レイ」がいろいろなの指導をしたらしく、ピアノへ向かった雰囲気から、歌う時の振り、話す時の独特のしぐさまでもが「レイそのもの」になり切っていて、「物真似」ではない「魂の演技」がそこにはあった。実際「ジェイミー・フォックス」自身が、「まず、形、所作の習得に長い時間を掛けた」と語っている。アカデミー主演男優賞受賞も当然のことだろう。『賞賛』の一言に尽きる。
 この「ジェイミー・フォックス」の演技が、このストーリーを際立たせてくれるわけだが、二つ目の見所は、黒人差別社会の有り様と視覚障害者である「レイ」の生き様だ。アメリカという自由の国のイメージと多民族国家である中で生じる格差・差別社会の現実が、レイの半生を通して見て取れる。「負けるな」という強い意志でレイを育てた母親の陰の力で、レイの場合は「アメリカンドリーム」を手にするわけだが、「日本の場合はどうなんだろう?」ということがふと頭を過ぎった。日本では、視力障害者の人々の就職の道は極端に限られている。マッサージ師や鍼灸師に視力障害者の方が多いのも日本社会の未発達の部分の表れなのかもしれない。障害のあるなしに拘わらず「感性の豊かさ」を育成していくということを、もっと教育環境、社会環境の中で取り入れていくことができないものなのだろうか。そういった意味でも「レイの生き様」は、決してお手本にはできないが、目標にすることはできる。日本の社会も、急いで文化的キャパシティーを拡充し、数多くの「日本のレイ」の誕生を何時の日か実現したいものだ。
 若干、本筋から脱線したが、「レイ」がアーティストとして、大きな成功をした「サクセス ストーリー」としてだけで、この物語を観てもつまらない。周囲の人間関係や、トラウマになっている弟の死、頻繁に襲う孤独感、ドラッグ中毒、数多くの女性関係などなど、「レイ・チャールズ」の経験は総て彼の音楽の下敷きとなっているのだ。ジェームス・ブラウンやナット・キング・コールの真似ではなく「レイ」の独創的世界を創るようレコード会社に諭されたり、そんな新しい世界を創らんがためにゴスペルをアレンジして教会やマスコミから非難されたり、それこそ「ハンディーキャップをものともせず」音楽活動を精力的にこなしていく「レイの生き様」には注目だ。そこには、名曲の数々の誕生ストーリーが描かれているのだ。奥方や愛人との出会い、衝突、そして別れ。この人生の出来事がレイの音楽のバックボーンとして存在し、愛情と憎悪、悲哀などの感情を音符に置き換えるというメッセージ性の強い作品となっているのだ。
 もう多くの人がご覧になっていると思うが、まだの方は、現在は、廉価版も発売されているので、ぜひご覧になることをお勧めする。

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