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澄み渡る青の水鏡。
カバ一族がプカプカ浮かぶ。
燃えたぎるアフリカの熱線で茹で卵になった頭を並べて
いっせいに大アクビ。
よっぽど退屈らしい、そんなにヒマなんだろうか……。
いや、そうじゃない。
大真面目に励んでるんだ。馬鹿でかい口のストレッチにね。
熱い静寂を破ってバシャバシャ大きな水音が響いた。
2頭の若カバがあんぐり口を開け
にらみ合ってる。
その開き具合と来たら!!まあ半端じゃあない、ありゃ胃袋の
ずうっと奥までのぞけるね。
もちろん虫歯の見せっこじゃないし、アクビが止まらなくなっちゃった…なんて
ことでもない。
つまり競ってるんだな。口のでっかさ、牙の長さを。
その大きさと迫力でもって
キッチリ上下のハンコが押されてしまうのさ。
首尾よく「上」を勝ち取ったら
水辺の草場で余裕しゃくしゃく、優越感たっぷりの
グルメな食事ができる。
けど「下」の烙印を押された奴ははるか彼方、陸の奥までトボトボと寂しく
出張しなくちゃならない。
それにそこら辺りじゃ「猛ライオンに注意!!」の看板までついて来る。
カバの世界はなかなかに厳しいんだ。
だからこれでもかと目いっぱい大口を開ける。なにしろ…
運命がかかってるからね。
大口全開会話不可の都合上カバたちは、小さな目玉で精一杯にらみをきかせる。
(どうだオイ!おいらの方がでっかいだろうが)
(バカヤロ!!オレのが大きいに決まってんだよオ!!!)
(いいや、おいらだ)
(オレ様だ〜〜〜!!!!)
「!!アグ!!」
妙な声とともに突如「オレ様」は固まっちまった。
アゴが外れたんだ。
そしてカバのドクターの元へあたふたかつぎ込まれるはめになる。
「やれやれ、またお前かい」
めでたくアゴをはめてもらった若カバが帰ると初老のドクターは
ため息まじりに呟いたね。
「近頃の患者のえらい多いことときたら。前はこんなじゃなかったがなあ…」
「そりゃ又どういうこと」
水を飲みに来たシマウマがたずねた。彼は古い友達だ。
「まあ…時代かね」
「フフム!」
シマウマが黒い鼻を鳴らすと
盛大な鼻息がサワサワ青い水鏡をさざめかせたんだ。
「つまりな」
ドクターは若カバたちを小さな目玉でちらと見た。
「あいつら遊びに忙しいしなにしろ…
地味なストレッチをバカにして怠けるじゃろ」
「うちの若いもんが蹴りのトレーニングしたがらんのと一緒だな、ブルルッ」
シマウマが答え青空が波うつ。
「それでしょっちゅうアゴが外れるわけだ」
「確かにしょっちゅう脚がつる。ブルッ」
「何度言って聞かせてもダメ」
「何度となくね!!」
「まあいわゆる若気の至りって奴かね」
「………」
カバのひと言で急に押し黙ったシマウマ。
長い睫毛をパチパチとせわしくしばたたかせて本物の青空を
しみじみ見上げたのさ。
「……若気の……」
「若気の至りってのは…確かにあるよね……」
遠い記憶がその時
つぶらな黒い瞳をうるうるとメランコリーで満タンにしたんだ。
「はずれた!!!」
シマウマの青いセンチメンタルは突如、木っ端みじんに蹴破られた。
蹴破ったのはカバをかついだカバであり、はずれたのは期待でも予想でもなく
アゴだったね。
かくして…カバのドクターがヒマを持て余す日は遠いのさ。
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