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話を聞いたキツネはひどく驚いた。
「その不思議な男ってのは森の精霊だぜ、滅多に
人前には現れないんだ」
傍らで聞いていたフクロウが
「雪ウサギは精霊の使いじゃ。そして…雪の糸はな、
妖精が認めた者にしか見えん」
ミクはただ驚くばかりだ。
やがて狼たちは地上へ下り、シリウスの背から
雪の妖精が降り立った。
「ミク、…望みはユウの心に入ることね。
森の精霊から聞いていますよ。
彼が導いた者なら私も認めましょう」
そう言うと妖精は
再びシリウスと共に翔上がって行った。そして星空で
その白い指先を地上に向けた。
指先からは輝く雪の結晶が溢れ出してたちまち一本の糸を紡ぎ、
ミクの前にふわりとその端が舞い落ちた…。
すると凛とした聞き覚えのある男の声が響いた。
「そいつは冬銀河へ渡る橋さ。
ユウの心は今冬銀河を渡りかけてる。向こうへ渡っちまったら
もう二度と会えないぜ。
今すぐその糸を渡って引き止めるんだ」
「こんな細い糸、渡れない!」ミクが叫ぶ。
(でもユウを引き止めなくては…)
「大丈夫、自分を信じろ。さあ勇気を出して!!」
男の声に優しく背中を押され、心を決めて
ミクは足を踏み出した。
もう随分長く登って来た様な気がする。
一歩一歩足を運ぶミクの周りで無数の星たちが明るく暗く
燐光の炎を燃やし、時おり
鮮やかな尾を引いて流れ落ちて行く……。
冬銀河。
そこは無限に輝く世界だった。
入り乱れる雪の結晶と煌めく星屑が
菫色や月見草色、薔薇色や竜胆色…その淡い色を微妙に変えながら
フワフワと浮き沈み渦巻き、視界の果てまで流れてゆく。
そして流れの中に
ひとつの影が浮かび上がった。
「ミク…ミクだね」
「ユウ!!」
「約束して…逝かないって!」
「伝えたかったの。どうしても。あなたがいないと私…」
「ミク…」
ミクの頬を伝わる涙が
握り合ったユウの両手をあたたかく濡らした。
すると
辺りは純白の光に満たされ…。
ミクは雪の広場に立っていた。
「お話はできたようね」
雪の妖精が静かに言った。
「あなたの涙に彼は大きな力を貰いました。
きっと意識は戻るでしょう」
ミクの目から再び涙が溢れた。
「さあもう泣かないで…これは今宵の印」
妖精はミクに何かを手渡した。
仄かな虹色を秘める半透明の美しい石だ。
「それは雪の結晶でできてるんだぜ」
煌めく緑の髪に濃緑のマント。あの
不思議な男だ。
「もう聞いたとは思うが…俺は森の精霊さ。どうも
心優しい者を放っとけない性分でね」
「精霊さん、あなたの言葉で
あんなに細い糸を渡る勇気が生まれたの」
「ああ、その勇気なら…元々心の奥にあったんだ。
誰かを愛したならきっと生まれる」
彼はそう言うと優しく微笑んだ。
そして天空を見上げて呟いた。
「満月がご退場か。祭りもそろそろ終わりだ…」
「又いつの日か会うこともあるでしょう」
雪の妖精は穏やかな表情を浮かべながらミクを見つめた。
すると俄に風が巻き起こり
雪の白い渦がキラキラと辺りを包み込んで行った……。
いつの間にかミクは森の入り口にいた。振り向くと
走り去る雪ウサギがちらりと見えた。
ミクは驚いた。
ベッドに横たわるユウの右手がしっかりと
握りしめている物。
「…この石は!?」
「……ミク……」
ユウがゆっくりと目を見開いた。
「ユウ!!」
「会ったんだ、ミクに……」
「それから白い妖精が現れてこれを…
この石をくれたんだよ」
「ふたつの石を合わせてみな」
男の声が響いた。
窓際にあの森の精霊が立っている。
ミクとユウがそれぞれの石をそっと合わせるとそれは
やわらかなハートの形となって
あたたかい光を放ち始めたのだった。
「お前さんたちの愛がある限りそのハートは
輝き続ける。大切にしな」
言い終わると精霊は窓硝子をすうっとと抜けた。
それから軽く片手を上げてひらりとマントを翻し
風に乗って一気に遠ざかって行った。
遥か西に横たわる雪花の森の方角だ。
やがて雪が舞い始め、いつしか吹雪となった。
ミクとユウは固く手を握り合ってじっと
窓の向こうの黄昏を見つめていた。
すると乱れ散る雪の中に
シリウスの背で優しく微笑む
雪の妖精が見えた。
そしてその煌めく姿は天空へと
翔去って行った。
( 完 )
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