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旧チェコスロバキアは第2次大戦以前よりヨーロッパでも屈指の銃器生産国であった。 元々、オーストリア・ハンガリー帝国から独立(1918年)する以前においても、 この地方はオーストリア・ハンガリー帝国内における重要な重工業地帯を担っていたわけで 地域的に優秀な兵器を開発・生産するだけの基盤が整っていたと言えるだろう。 帝国からの独立後、チェコスロバキアは国防の強化と外貨獲得の為に銃器生産に力を注いだ。 ブルーノ(現表記:ブルノ)に拠点を持つセスカ・ゾブロジョブカ・ブルーノ(旧ブルーノ兵器廠)が 1926年に開発したZB26軽機関銃は軽量で耐久性に優れ、 自国の軍制式にとどまらずZB30として海外へも大量輸出、その名を世界中に示した。 日本においては「チェコ機銃」あるいは「チェッコ」の名で知られ、 中国戦線でチェコ機銃を大量装備した中国軍に苦渋を舐めさせられたという逸話もあり、 チェコスロバキアの銃器開発の優秀さを身を持って感じさせられる。 セスカ・ゾブロジョブカはZB26以外にも、 Vz27ピストルやマウザー98系ボルトアクション・ライフルの製造などで ヨーロッパ諸国からの注目を集めるなど順調に銃器開発を行っていたのだが、 1935年にナチス・ドイツの侵略が始まると状況は一変する。 ナチス・ドイツの占領下になれば軍需工場も占領され、自国の為に生産され続けた銃器が ナチスのために稼動することになってしまう。 それがその時代のナチス・ドイツの常套手段であったからだ。 そこで危険を感じた多くの銃器開発者や設計者たちが海外へと亡命した。 行き先は当時協力関係のあったFN社があるベルギーだった。 だが、ナチス・ドイツの勢いはとどまることを知らない。 ポーランド侵攻によって第2次世界大戦が始まると、ナチス・ドイツはフランス、ベルギー、オランダへも侵攻、チェコスロバキアを脱出したセスカ・ゾブロジョブカの銃器技術者らはFN社を代表するベルギーの銃器技術者らと共に今度はイギリスへと脱出するはめになってしまったのだ。 イギリスにたどり着いた彼らは英国王立造兵廠に匿われた。 戦争下においての偶然か必然か、ここでチェコ・ベルギー・イギリス三国の銃器技術者たちに 強い協力関係が生まれることになったのである。 そもそも、イギリスはチェコスロバキアの造る銃器に非常に強い関心を持っていた。 イギリスを代表するブレン軽機関銃も、元をただせばZB30のパテント使用と技術指導の下に生まれた物だけに当然の如く彼らを快く受け入れたのであろう。 これらの過去を振り返れば、現在私たちがよく知るピストルの誕生が様々ないきさつを介して 開発されたことを知り、またそれがドラマチックに感じられるのも大きな喜びなのかもしれない。 今回のメインであるCZ75はご存知の通りベルギーのFNハイパワーをかなり意識して設計された モデルであるし、15発のキャパシティを誇るシングルフィーディング・ダブルカラム・マガジンは 特許を持つFN社の流用である。また、イギリスはFNハイパワーを軍制式として迷わず採用した。 もちろん、CZ75を設計したKoucky兄弟がその時の亡命者でないことは確かだが、 こうした過去の協力関係が現在の銃器開発に少なくとも影響を与えていたという事実は実に興味深いものである。 もう一つ。 セスカ・ゾブロジョブカと昔から縁が深いのがイスラエルのIMIだ。 ドイツの無条件降伏によって幕を閉じた第2次大戦後、 同じナチス・ドイツに迫害された者同士という感情からか、ヨーロッパの多くの国がパレスチナを 擁護する発言を繰り返す中、 チェコスロバキアはイスラエルに対し多くの銃器供給と技術支援を行ってきた。 イスラエルの造兵廠IMIのスタートが、チェコスロバキアからスイスを通して売却された マウザーKar98の生産機械を手に入れたことに始まっているのも縁の深さを感じるところだ。 そして有名なウージーSMGもチェコのVZ23やVZ25をベースに開発された物であることを知れば、現在IMIの主力モデルであるジェリコがCZ75をコピーしたモデルであることも納得出来るというものであろう。 このように、チェコスロバキアは以前から優秀な銃器生産国であった。 だが、ソ連侵攻後政治的に東欧諸国の一国として(地理的には中欧)共産圏下に組み込まれ コミュニストのレッテルを張られたチェコスロバキアの銃器が、 東西冷戦下の西側諸国からは縁の遠い知られざる物となってしまったのは大変残念なことでもある。 終戦後、セスカ・ゾブロジョブカ・ナロドニ・ボドニク造兵廠で造られたVZ52ピストルは、 ローラーロッキングというピストルとしては異端の作動方式を採用したにも関わらず良好な 作動性で完成度の高さと同時に技術の高さを見せつけたものの、 西側諸国がVZ52を評価していくのはもっと後年のことである。 1975年に完成されたCZ75は、VZ52とは違いオーソドックスなブラウニング式の ショートリコイルを採用した。デザイン的には前述の通りFN社のハイパワーの影響を色濃く受けているものの、フレームがスライドを包み込む形はスイスのSIG P210の影響も見られる。 ただ、CZ75がそれらの名銃と決定的に違うのはSA/DAを選択したことだった。 しかも、それまでのダブルアクション方式はワルサーに代表されるDAシアを介したアクセル方式か、 ベレッタやS&Wなどが採用した引き上げ方式かいずれかのメカニズムを採用するのが常識であったのだが、CZ75が身につけたのは全く新しいDAメカニズムで、 ハンマー基部に付いたレバーをトリガーバーが押し込む形でハンマーを起こす「押し込み型」とも言える第3の方式である。このメカニズムによってよりスムーズで軽いダブルアクションを生み出した。 CZ75が傑作と称えられる理由の一つでもある。 完成したCZ75が西側の目に止まったのは、翌1976年のスイスで行われた銃器ショーが最初ではないかと思う。その後、西ドイツの専門誌がチェコからCZ75のデモを借りてきて誌面で紹介したところから欧州でCZ75の火がついた。 そして、その火はそのままアメリカへと飛び火したのは皆さんもご承知のことだろう。 「世界最高のコンバット・オート」と今は亡きガンサイトのオーナーが称えた事から CZ75神話は始まった。 たしかにその当時はコンバット・シューティングが脚光を浴びていた時代でもあるし、 80年代前後に市場にリリースされていたモデルを見れば、 CZ75がいかに優れていたかは言うまでもない。 その時代、ハイキャパシティ+DAオートという時代の要求から生まれたスペックを満たしていたのは S&WのM59とベレッタM92あたりだ。M59では話にもならない。 初期のM92はコック&ロック出来るセイフティを備えていたもののアルミフレームと マグキャッチ・リリースボタンの位置がアメリカ人から嫌われた。 またDA時のトリガープルも重くて不評であった。 そんな時代にCZ75が現れたのである。 15発のキャパシティにスムーズなダブルアクションとスマートなグリップ、 そしてコンディション1に適したマニュアル・セイフティの機能性。 そして何よりも鋼鉄から丁寧に削りだされた仕上げの見事さばかりか、ザックリと削り取られたスライドの繊細さとそれに続くフレームのアーティスティックな造形美は「昔の銃は美しかった」という思いを 今更ながらに感じさせる。 贅肉を削ぎ落としたストイックなプロポーションが放つ攻撃性の高さは、まさに完璧なハンドガンだ。 コンバット・シューティングの神様と言われたクーパー大佐にとってみても、9ミリであるにせよ、 まさに理想的なピストルの出現だったろう。 欧州各国でベタ褒めされたCZ75の評価はアメリカではそれ以上の反応があった。 米国の極右体質で有名な専門誌でさえCZ75の優秀さを認めながらも 「どんなに優れた銃であってもアメリカ人なら買うのを止しなさい。これはチェコというコミュニストの国が作ったものだから・・・しかし、なぜアメリカはCZのようなピストルを作れないのだろう」と 痛烈に皮肉ったという。 さらに、あの米国軍制式ピストルトライアル<XM9>にもあくまでも参考品として提出され、 テストの結果当然だがかなりの高評価を受けた。 もし、CZ75が西側諸国の作ったピストルであったならばおそらく最終テストまで残ったことだろう、と言わしめたほどである。 こうして、CZ75神話は作られていった。 共産圏という簡単には手の届かないという政治的制約も神話をより盛り上げたに違いない。 手に入りにくい物ほど購入欲は増大する。それは何もコレクターだけに限られたものではない 人類共通の欲望だ。 もちろん、ココム規制の中で東欧の銃器が西側に正規輸入されない中、 西ドイツの銃器代理店バッフェン・フランコニアが輸入を開始したCZが少しずつアメリカへと 渡ってきたものや、パーツをスイスに送り組み立ててからスイス発として輸入したり、 あるいはカナダを経由してきたものなど、 あの手この手でなんとか共産圏のピストルをアメリカに持ち込んだものだった。 80年代半ば頃になるとバウスカが代理店として正規輸入を開始、俗に言うペイントCZだったが、 並行輸入に対する手数料の高さや金に糸目をつけないコレクターらのために異様に高騰する流通価格を 抑える意味合い、あるいはその頃から出回っていたイタリア製CZコピーの氾濫を抑止し、 オリジナルCZとして適正価格で流通できた意義は大きいものがあったと言える。 ただ、主役はあくまでもショートレイルと呼ばれる前期型だった。 1980年を前後してCZ75は常識的見地からレイルを約1インチ延ばした セカンド・バージョンへとスイッチした。 強度や作動の安定性から見てもレイルは長い方が良いのは当たり前だが、 CZ神話はこのセカンド・バージョンへのスイッチによりひとまずの終焉を受けえることとなる。 流通量の圧倒的な少なさと、透き通るようなブルーが美しいハイ・ポリッシュ仕上げの鍛錬された見事な肌を持つショートレイルは、たまたま、時代と政治的状況と環境が折り合って奇跡的に生まれたと言うべきピストルでもあり、現在においてもその価値は不変のまま貴重なコレクターズアイテムになっているのは言うまでもない。 とにかく、 こうしてCZ75の出現により、 チェコスロバキアのセスカ・ゾブロジョブカ・ウヘルスキー・ブロト=CZというメーカー名と その銃器開発技術の優秀さは西側諸国にも知れ渡ることになったのである。 P.S CZ75について語りだせばキリがない。
セカンド・バージョン以降のお話はまた次回ということで・・・ |
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セカンドは 骨太なスタイルなのにスマートなところが好きです♪
わたしもセカンドのシルバーを購入しています!(^^)!
2009/7/26(日) 午後 7:36
セカンドのシルバーはアリですよね♪
ホントはマルシンのCZ75で記事にしようかと思ってたのですけど、どうしても手が出せません(笑)
2009/7/26(日) 午後 11:55
さいきんのマルシンはガンバっていますよねー♪
新製品の発売スピードも価格も☆
新作のCz75は ハンマーの処理がネックなのでしょうか?w
わたし的には いいオモチャだと思います☆w
2009/7/27(月) 午前 0:05
マルシン、たしかに頑張ってますね♪
CZは推測なんですけど、
昔のガスオペの焼きまわしだとしたら寸法が少し大きいんです。
今回リアルサイズで作り直しているならいいのですけど・・・
あと、ハーフコックからでないとDAにならないのもイタイですね。
価格が低めなのでそのうち買うつもりではいますけど、
じょでぃーちゃんのレビュー見てから決めようと思います(笑)
2009/7/27(月) 午前 0:34
日本のコミックキャラクターの愛銃としても人気が高いですね。
当時の東欧諸国のデザインとは思えない流麗なスタイルで登場したCzですが、こんな背景の元で成長していったとは、、、。
マルシンのCz、どうしますかね〜。
2009/7/27(月) 午前 7:06
日本では銃はキャラクター商品にしかならない、というのも寂しい気持ちもしますが・・・
マルシンのは、排莢だけを楽しむのならいいんじゃないでしょうか。
個人的には1万以上出して買う気にはなりませんw
2009/7/28(火) 午前 0:27