アルジャーノンに花束を / ダニエル・キイス■ 早川書房
1960年 ヒューゴー賞 中篇小説部門(中篇版) 1966年 ネビュラ賞 長篇小説部門(長篇版)長編版は、一度発表されている中篇版に対し登場人物や物語のシチュエーションを幾つか追加したものです。 ■ wikipedia アルジャーノンに花束を&wikipedia ダニエル・キイス 先日から、BMI、バイオテクノロジーや脳科学の書物を読んでいる際、ずっと思い出していた本がありました。それが本書、ダニエル・キイス著の『アルジャーノンに花束を』です。高校生の時に読んで以来、何度も読み返してきた作品です。私にとってとても大切な位置をしめている本の一つです。それこそ、本書を友人へのプレゼントにもしてきた程です。何故この本を思い出したのか。既にお読みになった方は十分お分かりでしょう・・・。 産まれながらに知的障害を持った主人公「チャーリィ」。彼は純粋無垢で、学習に対する強いモチベーションを持ちながらも、同年代に比べてはるかに低い知能しか持っていません。そんな彼に突然振って沸いたような出来事が舞い込んできます。その出来事で彼の生活は一変するのです。そう、その出来事とは特殊な脳外科手術によって、脳障害を取り除き、高い知性をもたらそうというものだったのです。果たしてそれは彼にとってどのようなものをもたしたか・・・このSFは、そういった物語となっています。以下はネタばれを含みます。お読みでない方はご注意ください。 この本を読むと、本当に色々な感情がこみ上げてきます・・・。自分が置かれている状況を人はどれだけ把握出来ているのだろう。どのように他人から見られているのか理解出来ているのだろう。自分の事はどれだけ理解されているというのだろう。自分は他人をどれだけ理解できているのだろう・・・。確かに人と人の間には様々なギャップがある。しかし、そのギャップを埋めようとするからこそ、共感が生まれ、他人に対する感情移入が生まれ、愛が生まれるのかもしれない。それぞれの立場において、見えている世界や感じているモノが違うからこそ、それを伝え、理解し合うために知恵は存在するのかもしれない。しかし、多くの知識を得る事が出来たとしても、「それ」が全てに勝る価値であるとは限らない・・・。まして他者との結びつきを得られない知性は、結果として強い悲しみしか得られないのかもしれない・・・と。 それと同時に、主人公チャーリィが持っている人としての純粋さに触れると、自分という人間が、とても不純な存在にも感じてしまうのです。そう、大人になるにつれて、自分という人間は、いかに純粋な気持ちを失ってしまっているのだろうと思い知らされてしまうのです。そんな純粋であったチャーリィが、悲しみと孤独を味わいつつも、必死で獲得したものですら、その手からすり抜けていくのを見ると、本当に居た堪れなくなくなってしまうのです。彼が手書きで書いているであろう、定例の報告書の文面が、結局は数ヶ月前の様相と変わらぬものになってしまっていく様子を見ると、ページをめくるのすら辛くなってくるのです。 しかし、チャーリィを取り巻くパン屋の連中や、手術を施した者達をを卑下する資格など、私には無いのかもしれないとも感じてしまいます。そう、彼らもまた、生きる事に必死なだけであり、悪意など持ってはいないのですから・・・。とはいえ、彼らにおいても、そしてチャーリィ自身においても、もう少し互いの立場を思いやれる余裕があれば・・・。せめてもう少しだけでも時間があれば・・・違った結果にたどり着けていたかもしれない・・・。そう思わずにはいられなくなってしまうのです・・・。 そう、こうした革新的な技術が齎すであろう可能性と、その影に潜むリスクというものは、現実社会における遺伝子治療やBMIの技術においても、全く変わらないものがあると思うのです。どれだけ技術が、進歩したとしても、その急速な変化には人の心や身体は簡単に追いつけるものではないと思うのです。そしてこうした技術が齎すものは、手術を受ける被体験者のみならず、よくも悪くも周りの者にも多大な影響を与える可能性があると思うのです。そしてその影響は、どれだけ考え抜いても、簡単に導き出す事が出来るようなものではないのではないかと思うわけです。 今現在、人間への医療技術の研究・開発が進む上で、実験動物であるネズミの『アルジャーノン』は大量に生まれ、そして死んでしまっているでしょう。(ロボラットや、知能拡大の遺伝子治療を受けたラットがそうであるように・・・)実際、医薬品の研究には既に数え切れない程の生き物が我々の為に犠牲になっています。そうした事実を目のあたりにすると、この架空の物語のような悲しい出来事が、現実に起きないように。と、願わずにはいられなくなります・・・。
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これは、本の方は読んでおりませんが、テレビドラマの方は見ました。面白かったですね。でも、その半面で人間と言うものの恐ろしさと悲しさを感じたのも事実ですね。
[ gak*1*66* ]
2007/9/4(火) 午前 9:13
始めまして。
私もこの本を読んだ時はとても衝撃を受けました。
そうフィクションであっても、現実の世界のようで。
チャーリーが人生をかけて生きる意味を教えてくれているようで。
2007/9/4(火) 午前 11:58
gakiさん、こんにちは。
そういえば、この原作をベースとしたドラマがフジTV系列で放送されてましたね。
当時忙しかったせいもあってドラマの方は私は最初の数話しか見れていないのです・・・
ユースケは嫌いではないのですが、どうしてもコメディアンとしての彼のイメージが強すぎてしまって、上手く感情移入しにくかったせいもあるのですが・・・
TV版も人の心の奥に潜む様々な感情を映し出していたのえすね。
2007/9/4(火) 午後 11:46
garuさん、こんにちは。
この作品、フィクションなのに泣けてしまうんですよね。
彼の心をそのまま追体験しているかのように感じてしまうんですよね。
本当に生きる意味を深く考えさせられますよね。
2007/9/4(火) 午後 11:53
数年前に読みました。幸せってなんだろう?って自分に問いかけたことを想い出しました。兎角 何かと比べて 自分や子どもが劣っているなどと思ってしまうことが多々ありますが、幸不幸とは、外界にあるのではなく私自身の中にあるものなのでしょうね…あるがままの自分の今を受け入れる事を常々思っては、いるのですが・・・もう一度読んでみたいと思います。いつも素敵なきっかけをありがとうございます。
[ 寄り道 ]
2007/9/5(水) 午前 5:52
寄り道さん、こんにちは。
幸せって何なのでしょうね。
各々の立場やその時々によっても違う場合もあるでしょうし。
私も劣等感を感じる事は多々ありますが、それによって自分を責めてばかりいてはつらくなるだけですよね。
他人と比べて云々ではなく、自分として出来るところ、得意な所を伸ばしていって何かしらの幸せというものを手にしたいものですね。
2007/9/5(水) 午前 7:35
20年くらい前ですね、読んだの…(^_^;)
「タイタンの妖女」と双璧かなってくらい好きかもしれません。
大概、本は「面白い」以外は残らないのですが、筋が残っている稀有な作品でした。これはやっぱり文字がいいですね。
最初の1ページで「!?」となること間違いなし!
[ - ]
2007/9/5(水) 午後 4:13
いろいろ考えさせられる本でしたよね。
こういう純粋さを大事に出来る世界に
なって欲しいと願わずにはいられません。
2007/9/5(水) 午後 8:37
タイタンさん、こんにちは。
私が最初に読んでからも随分と時が経ちました。
でも、この本は色あせないものを沢山持っている作品ですよね。
私にとっても「ソラリスの陽のもとに」と同じくらい好きな作品です。
ほんと、あの出だしというか、表現方法は見事なアイデアですよね。
2007/9/5(水) 午後 10:54
mieletroseさん、こんにちは。
本当に色々な事を考えさせられる作品ですよね。
このような作品がこの世の中にあるのか。
こんな作品を生み出せる人がいるのか。
こんな作品を生み出そうと考える人がいるのか。
と、驚きました。
それこそ、世界とはどの国であっても同じような問題があるのだな。
いや、人間とは誰しも同じ問題、業を抱えた存在なのだな。と、感じました。
それこそ、説教くさい読書感想文のネタ本よりも、よっぽど多くの事を教えられたように思います。
本当に、純粋な気持ちで生きていくことが出来る世の中でありたいものですよね。
2007/9/5(水) 午後 11:00