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先日読んだ「ジョン・レノン ラスト・インタビュー」に引き続き、本書も読んでみる事にしました。本書は、1970年代の初頭から、1980年代中盤にかけて(ジョンが亡くなる以前から、以降にかけて)オノ・ヨーコ氏が日本語で自ら書き綴ったものや、インタビューを纏めたものです。そこには彼女自身の半生、女性運動、前衛アーティストとしての活動、ジョンとの音楽活動、息子ショーンの事などについてが、赤裸々なまでに綴られていました。

「オノ・ヨーコ」 彼女は貴族と商人の血を受け継ぐ裕福な家庭環境に生まれ、お嬢様として育てられた。豪邸と呼べる家、迷子になる程の庭、おつきの者に囲まれた生活であった。多感な少女にとっては、近所の子供達とのギャップや孤独を感じさせ、階級社会や、男性権力社会に対する疑問を意識させる切欠を生んだという。

20歳となった彼女は、学習院大学を中退した後、ニューヨークのサラ・ローレンス大学へ進む。そこで詩や音楽を学び、音楽においても、アートにおいても前衛への道へ進む事となる。また、そこで出会った日本人音楽家と結婚もした。しかし、日本へ帰国した際に、男性社会の蔓延る日本の音楽社会に悩まされ、男性を愛していながらも離婚。

後に、ニューヨークから遥々日本へ彼女を追いかけて来た男性と結婚し、娘を産む。そしてニューヨークへ移り住んだ彼女は貧乏生活をしながらも前衛アート活動を本格化させ、パリなどにも赴くようになる。しかし前衛アートは、社会においても、独特の閉鎖感や、閉塞感を感じる事となる。(彼女は、前衛アートは中産階級の小さなサークル活動に過ぎなかった。としている。)また、2人目の夫との生活にも、すれ違いや価値観の相違のようなものが産まれる。そんな中、ジョン・レノンと出会い、恋に落ち、結ばれる。

彼女はジョンと共に音楽活動を行うと共に、当時の時代背景もあって、いち個人として女性運動等も行うようになる。それは彼女が生まれてから、社会に対して抱いていた疑問を、アートや音楽同様に、素直に表現しようとしたものであった。そうした活動にジョンは理解を示し、前衛的な音楽活動へのアプローチは、むしろジョンの方が積極的に面白がっていたフシもあったという。しかし活動は、唯でさえ元ビートルズのジョンの妻として見られ、理解されにくい前衛アーティストとして見られていた彼女にとって、よりいっそう風当たりを強める事にもなる。

その後、ジョンは凶弾に倒れる事となる。唯でさえ、誹謗中傷や社会構造と戦ってきた彼女は、今は息子「ショーン」を守る事が何よりも優先する生活を送っているという。

2度の離婚と3度の結婚。アルバムジャケットの為にジョンと共にヌードとなり、平和へのメッセージとしてベッドインと称した前例の無いイベント。フェミニズムというには、現代の時代から見ても強すぎると受け止められかねない程のニュアンスを含んだ女性上位主義発言。これらの行為は当時においては物珍しく、また前衛すぎて理解を得るには難しいものだったのでしょうね。実際、インタビュアーのひとりであるマーチン・ターゴフが評するように「残酷なまでに正直」な表現をとる行為は、人によっては嫌悪すら感じさせなかったのであろうと思います。

ジョン・レノンの妻という事から、唯でさえ注目を浴びるにも関わらず、そうした主張を発し続けた行為に対し、彼女は多大な誹謗中傷を受けたであろう事も想像に難くありません。それこそ、音楽活動等は、ジョンのバックアップを得たからやれて来れたのだと評される事も多かったとの事。(実際は、ジョンと出会う前から、前衛的な音楽活動は行っていた)

にも関わらず、彼女はそうした行為を止めようとはしなかった。むしろそうした保守的で誤解を受けやすい社会だからこそ、よりいっそうメッセージを発していかなければならないと感じていたのでしょうね。女性であるからこそ深く傷つき、不安になり心折れそうになる事があろうとも、止める事は出来なかった。

それこそ「残酷なまでに正直」という評価は、結果として攻撃を受けると判っていても、自分自身の信念を偽る事が出来なかった彼女自身に向けられたものであるとも言えます。そして彼女自身もそれを十分自覚していたのであろうと思います。「それが私である」と。

そうした行為は、何もジョンを夫とした(強力な後ろ盾を得た)から行ってきたわけではなく、以前から行ってきた活動の延長線上にいるだけなのだと。完璧でない部分があろうとも、前衛的で理解されにくくとも、誤解を恐れずに常に前を向いてみて来ただけである。と世間に対して訴えたいようでした。とはいえ、そんな彼女の真の理解者は、やはりジョンであったのでしょうね。実際、実験的な音楽への試みは、むしろジョンの方が楽しんでいたのだそうです。

とはいえ、ジョンが凶弾に撃たれてからは、主義主張を発したり、行動に移す事に対しては慎重にならざるを得なかったのだとか。というのも、ショーンが生まれる以前も、それ以降も、家族に対する誹謗中傷はもちろん、知名度や資産目当てで近づく者もいれば、脅迫めいた事も度々あったのだとか。普段からそうした心配をしていた中、ジョンが撃たれて帰らぬ人となってしまった事は、深い悲しみであると同時に、自身のみならず息子ショーンの身の危険を感じたのだそうです。

これらの内容を読んで、私は言いたいことをストレートに表現するという事はどれだけ難しい行為であるという事を考えさせられました。私達のような自由な立場のブロガーレベルでも、自らの意思の全てを表現し、不特定の他人に伝えるという事は容易いものではありません。それが知名度ある存在として注目を浴びるだけでなく、前衛的で、攻撃的な内容を含むとなれば、誤解を受けたり強い批判が返ってくる事が予想されます。実際、彼女はそれをジョンと出会う以前の前衛アーティストとしての時代においても、そうした事を既に経験し、生命の危機すら感じた事もあるわけです。にもかかわらず彼女はそれを止めなかった。そして今もなお、活動を続けているのです。

私は彼女のアーティストとしての作品の全てを知っているわけでもなく、その全てを支持しているわけではありません。また、女性上位主義発言のやり方の一部に疑問を感ないわけではありません。(とはいえ、男性至上主義を唱える気など毛頭ありませんが)しかし表現者としての信念に敬服する思いがしました。本当に強い人ですね。
Shiny Sky
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