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■ 北川民次アトリエ 春の公開日



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■ 平成22年5月3日(祝)〜4日(祝)
■ 愛知県瀬戸市安戸町(名鉄瀬戸駅より徒歩10分)
■ 公開内容 アトリエ・住居・ギャラリー  


先月のGWに愛知県瀬戸市にある画家:北川民治氏のアトリエに行ってきました。 北川氏は既に亡くなられてしまっていますが、北川氏を師と仰ぐ画家の方々や、元生徒さん達の手によって、「北川民治アトリエを守る会」が運営され、このアトリエは保存されているそうです。とはいっても、通年オープンしているわけではなく、GW頃と、秋頃の年2回(それぞれ2日程度)限定的に一般開放されるかたちになっています。昨年、瀬戸市美術館に訪れた際、このアトリエ公開を聞いて訪れたいと想っていたのですが、当時はタイミングが合わず、今回ようやく訪れるチャンスを得る事が出来ました。


■ 北川民治 (1894-1989)

北川氏は、明治27年に静岡県に生まれ、アメリカやメキシコに渡り、独特の画風を構築した後に帰国し、戦争を避けて妻の実家のある愛知県の瀬戸市へ移住し、余生を送った画家です。また、メキシコの地や、瀬戸市において、美術教師として子供達と接し、従来の価値観に縛られない自由な創作の大切さを説いてきた人物だそうです。(北川氏の作風や、経歴の詳細に関しては、以前に書いた記事をご覧頂ければ幸いです。)



■ 北川民次アトリエ 

北川氏のアトリエは、愛知県瀬戸市安戸町という瀬戸市の中心地にある小高い丘の上の住宅街の中にあります。この建物は、瀬戸地方で「ムロ」と呼ばれる陶器の生産工房で、民治氏自身が手を入れてアトリエとしたもので、長屋のように細長い平屋の建物となっています。道路側から、ギャラリー、アトリエ、住居の順に区分けされています。

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当日のギャラリーでは、「メキシコ・タスコ野外美術学校生徒版画と瀬戸の子供たちの版画作品展」という版画の展覧会が催され、北川氏に」縁のある土地の子供達による版画作品が複数展示されていました。それを見ると、メキシコの子供の作品と、日本の子供達の作品には作風に大きな違いが存在しました。メキシコの子供達の作品は、人物が良い意味で丸っこくて、北川氏の作風にソックリです。それとは逆に日本の子供達の絵は、どこか写実的な感じ。どちらの国の子供達の作品も、子供らしい大胆さというか、伸びやかな感じはあるものの、「絵」に対する価値観というものに「環境」というものは大きく影響しているのだなぁというか、子供の頃からそうしたモノは刷り込まれてしまうのだなぁと感じました。



■ アトリエの内観

アトリエの内側はこんな感じです。当時の面影を再現するような感じになっています。 このアトリエの真横というか、棟繋ぎで住居もあるのですが、ベッドも置かれていました。夜半にまで作品製作に集中している際、このベッドで身体を休める事もあったのかもしれませんね。ちなみに中央には、旧式のストーブが置かれています。(室内にイスが多数用意されているのは、一般公開日に訪れた方にビデオなどを楽しんでもらうためです)

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北川氏は物を大切に使う人物だったそうで、毛先がちびてしまった筆でも大切に使っていたのだそうです。実際、そうした筆も多数残されていました。



■ キャンバスとイーゼル

大きなキャンバスとイーゼルが見えますね。ちなみに北川氏は、キャンバスに用いる布の表裏を通常とは逆(裏返し)の状態で貼り、そこに白い塗料を塗って下地を作っていたのだとか。そうした方法で用意したキャンバスの方が、絵具の染み込み具合が、北川氏の作風にとって望ましい状態だったのだそうです。ちなみに、床に置かれた白黒のパネルに写っている方が北川氏です。

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部屋の中央にはTVモニターが設置され、生前のインタビューの様子を撮影したビデオなどが上映されていました。また、壁には絵具の付いた白衣と供に、軍隊か何かで使われたかのようなヘルメットが掛かっていました。生前の北川氏を知るという方に、このヘルメットの由来を伺ってみたのですが、北川氏は戦争を嫌っていたのに、何故こうしたモノが掛かっているのかよく判らないとの事でした。


 
■ 絵具

沢山の絵具のビンが並んでますね。それとともに、不思議な造形の人形や花瓶?なども置かれていました。

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■ パレット


壁にはパレットが数枚掛けられていました。画家によっては乾いて固まった油絵具が山のように盛り上がっているパレットを使っている人もいるのではないかと思いますが、北川氏はそのような使い方を行ってはいなかったようですね。(絵具を大切に使っていたという事ではないかと思われます。)

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■ ブーツ


ベッドの横には北川氏が友人から貰ったというブーツ(長靴?)も置かれていました。北川氏はこの靴を履いて山道などを歩く事を好んだのだそうです。

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■ バッタ

作品の中において、北川氏が何度もモチーフとして用いてきたバッタ。それに対するオマージュなのでしょうか。部屋の中央に置かれた古いストーブの上に、ササの葉のようなもので編んで作ったバッタが置かれていました・・・。

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■ アトリエからの眺め


アトリエの北側にある小窓に目を向けると、このような光景となっていました。北川氏も、創作活動に疲れた時はこうした光景に目を向けていたのでしょうか・・・。

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こうしたアトリエに残された品々や、つつましやかな住居などを拝見させていただくと、素朴で暖かな作品を多数残してきた北川氏の人柄というものが伝わってくるようでした。


所謂画家さんのアトリエに入ったのはこれで2度目です。(一度目は、岡本太郎記念館の中のアトリエです。) 我々にとって、こうしたアトリエというものは興味深い空間ですよね。とはいえ、生前に訪れる事は難しい場所でもあるわけです。本当はそうした創作活動そのものや、制作途中の作品に対する想いなどを直接聞けたりすると楽しい事だろうと思います。とはいえ、見知らぬ者がドカドカと訪れては邪魔なだけでしょうし、現実としては難しいわけです。

とはいえ、画家やその家族が居なくなった後では、その管理・保存というものもなかなか大変な事であろうかと思います。岡本太郎のようにかなりのメジャーなアーティストであれば記念館にしたり、美術館も作れるのでしょうけど、現実としてはそこまで出来ない画家の方が圧倒的に多いのではないかと思います。そうした意味で、年2回とはいえ、こうした一般開放を行っているのは素晴らしい事だと思います。運営費用や労力などの面で益々大変になるのではないかと予想されますが、今後もこうした活動が継続されると良いですね。




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